夜: 襲撃 [ルキウス]
石橋を進みます。
コツコツコツと私達の靴が石を叩きます。間隔の違う二種類の足音が辺りの暗闇に響いていきます。
‘見事なものですね’
思わず、その光景にため息が出ました。
荘厳に佇む聖遺物、その上に建てられた見窄らしくも貴い町並み、結界を維持するために島全体を恩寵建造物とする発想、聖人の奇跡と俗人の欲望が入り交じった空間——醜悪の美と言うべきでしょうか、良くここまで発展させることができたものだと感心するしかありません。故に、見事と。
‘あァ? ただのサル園だろうが’
惜しむらくは、隣にいる人物はそんな感傷を理解する高尚な心など持ち合わせていないことでしょう。
私達は今、『
全てはそう、私達の目の前に立つあの罪深き島に入るため。
‘だいたい何で俺らがサル小屋通んだ? 臭過ぎてお前の首をへし折りそうだぞ、あァ?’
‘ゲオルグさん、それは説明したでしょう? あの島には<存在強化>の結界が何百年にも渡り張り続けられています。突破するなど到底不可能です。仮に万一できたとしても、我々は結界から『侵入者』と判断され、行動するのに相当な重圧を受けるでしょう’
陸の孤島——私達の目的地鳥上島はそう呼ばれています。
山奥の湖の中に浮かぶ島への出入り口はただ一つだけ、今私達が通っている島南端部に通じる石橋しかありません。湖の外周は大きな塀で囲まれています。
物理的には船を使った侵入は可能です。ですが、島に張られている結界はどうにもできません。聖人の偉業を利用し、何百年にも渡り脈々と張り続けられた代物です。もはや『島に存在する暗黙のルール』と呼ぶのが正しいでしょう。
‘カッ! うぜェ。中に入って八本ぶっ潰して出てきたもんを叩き殺すだけだろうが’
‘はぁ、ゲオルグさん。そうするために我々は今こうしてやっかいな手順を踏んでいるのですよ’
我々の目的を果たすには、まず第一に、この結界を理解することから始まります。
つまり島へ侵入するには、正規の入場手続きである『決められたルート』——即ち、『出入り口を通って入る』しか方法はないのです。
島に入ってしまえばこちらのものなのですがね。
彼の苛立ちは実にもっともですが、我々は果たすべき使命があってここにいるのです。御主の洗礼を受けていない人間もどきへの罵倒に付き合う時間などありません。
石橋が終わりに近づくと、入口部分に建っていたものと同じ形の塔が私達の行く手を遮ります。門は開け放たれていますが、上部の空いた穴からは私達からは見えない位置に衛兵が二人いますね。警戒するのは構いませんが、弓に矢を番えながらこちらを見るのは止めて貰いたいものです。
ようやく……到着しましたか。
門をくぐると中にいた衛兵が私達を奥へと案内します。
少し歩き、
そこはかがり火がたかれており、真昼のようにとはいきませんが、この夜の闇を照らすには十分すぎる明るさがあります。
中央へと歩きます。広間には白い小石が敷き詰められており、歩を進めるとジャリジャリと音が鳴ります。薪がパチパチと燃え、木の燃える独特の香りが辺りに漂っています。
衛兵が四人、中央に立った私達を囲むように立ちます。一段高くなっている建物には、正面に位の高い
懐から手形を、そして首から下げているロザリオを取り出し、前に置かれている木机の上に置きます。
私の隣にいる男は気怠そうな態度を崩さないまま、私と同じように手形とロザリオを机の上に置きました。
私の斜め右にいた衛兵が私達の手形を取って、正面にいる諮問官へと渡します。
手形には、私達の氏名、性別、身長、体重、恩寵、瞳や髪の色、人種、持ち物、滞在地、滞在目的、これまでに通過した関所での判と取り調べ結果が暗号化され記載されています。
そして、通行人が所持する手形と同調する手形が各関所に配られており、内容に違いがないか、寄り道をせず正しく滞在地へ向かっているか、不審なものを持っていないか、等々、事細かに調べられているのです。
鳥上島には、この国が誇り、国家として独占している恩寵兵装鍛冶集団と幻想鉱石採掘場が存在します。恩寵は生まれた時点で決められていますが、使い手の恩寵を増幅させる兵装は幾らでも作り、進化させることができます。
故に、一つしかない通り道に二つの関所を設け、出るもの、入るものを人、物を問わず厳重に監視しているのでしょう。
我々の手形は、
これまでの諮問は形式的なもので、ろくに調べられないまま通過できました。記録には残りますが、諮問自体を拒否することも可能です。無論、諮問官の裁量により諮問の有無は決定されますが、中央から睨まれたいと思う地方役人などいないものです。
「ゲオルギウス殿にルキウス殿、このような辺ぴな島によう参られたの」
中央に座るご老人が、受け取った手形を見ながら我々に声を掛けます。
「お二人とも、島では山ノ手の教会にお泊まりかの?」
声を出さずに頷いて肯定します。
「そうかそうか。いやの、儂ら島のもんはあそこを『山ノ手の教会』と呼んでおるが、この前来たお嬢ちゃんに小一時間程説教をくらっての」
あれは昨日だったかの、と隣に侍る衛兵に声を掛けると、昨日です、と答えが返ってきました。
さて、面倒になりそうです。
完全自由通行許可証を持っている以上、不毛な問答など無視してこの関所を抜けることは可能です。ですが、ここにいる衛兵達の中には、武術系の恩寵者がいるのは間違いないでしょうし、真偽の見極めや尋問用の恩寵を持つ者もいるはずです。
無理に通ろうとするのはリスクがあります、かと言ってここで会話を続けるのも危険です。私の隣に立つ男が何をしでかすのか予想がつきますから。
「あそこを教会と呼んではいかんのかの?」
「間違いではありまセン。カンベント、もしくは修道院と呼ぶのガ正しい呼称デスネ。あの修道院はこの地で秘跡をなした者に捧げられた建物デスから。私が言うのも変デスが、教会と修道院ガどう違うと言うのは我々の宗派に深く関係する話デスので、我らの御主を信奉しない皆様には退屈な話デショウ」
「いやいや、あのお嬢ちゃんの演説は中々見事なものでしたぞ! いや、説法と申し上げるべきかの! 『何時如何なる時も警戒を怠るべからず』と言う諮問官の基本を部下に徹底させる良い機会になりましたわい」
カッカッカ、と大きな口を開け笑い声を上げるられるも、
マズい。隣の男が何の反応も示しません。これは、マズいですね。
「しかしの〜」
途端に、問いのトーンが落ちました。
「この修道院と言うのは、男子禁制ではないのかの?」
ほう、と思わず感嘆の声が口から出そうになりました。
どうやら、そのお嬢ちゃんとやらの説法は中々良い話であったようです。
「救いを求めるもの全てに御主の門ハ開かれていマス」
「しかしの、山ノ手の教会は聖コンスタンスと言う女性の聖人のために建てられたものなのであろう? 管理しておる司祭殿も女性であると記憶しておるし。はて、何と言ったか……」
老人は首をひねった後、ポンと手を叩く。
「おお、そうじゃそうじゃ。聖コンスタンス騎士修道会じゃ。その騎士修道会とやらが管理しておるのであろう?」
「ハイ」
「そこは、男子禁制の女性のみで成す会であると聞いたぞ。つまり、お主の言う御主を信じる者であるならば、女性しか留まることを許されとらんのではないかの?」
「ハイ」
「ならば、お主らは山ノ手の教会に留まることを許されないのではないかの?」
「ハイ。厳密にハ」
パチりと、大きく薪が爆ぜました。
広間の空気が、不穏なものへと変わります。
この人物の口調は全く変わりません。ですが、我々を取り巻く四人の衛兵達は手に持っている鉄棍を構え、その他の衛兵は腰に差している剣の柄に手を伸ばしています。
「ふー〜ーむ。しかし、手形に書いてあるお前さん達の滞在場所は山ノ手の教会だの」
「ハイ」
通行許可証の権威を振りかざしましょうか? いえ、無駄な時間を過ごすだけでしょう。周りにいる衛兵は既に我々を敵と認識しているのですから。
私も説法しこの人達を収めますか? いえ、既に敵と思われている以上、無事収められる可能性は低いですね。ましてやこのような罪人に説く法など存在し得ません。
自嘲してしまいそうです。常に真実のみを喋ることがこれほど難しいとは。
「ほれ」
その掛け声を待ち構えていたかのように、我々の首と胴を目掛け、四人の衛兵が繰り出した鉄棍が唸りを挙げて左右から襲いかかりました。
ピタリと、皮一枚隔てて棒の勢いは止まりましたが、肌に押し付けられた鉄棍からは鍛え上げた戦士のみが持つ腕力が伝わってきます。
「お主らを島に入れる訳にはいかんようだの」
やはり、マズい。
「すまぬが——」
‘おい’
始まってしまいます、
「ぬ?」
‘何触ってんだ、クソカスザルが’
——虐殺が。
その言葉を耳で理解したのは私だけでしょう。
ゲオルグさんの左手から伸びた黒い刃が、彼の首に鉄棍を押し付けた衛兵の顔へ深々と刺さります。
状況が理解できずに生じた空白の内に、彼の左手の刃は赤い液体を周囲にぶちまけながら美しい弧を二度描き、彼の後ろと私の前にいた衛兵をその鎧ごと二つに断ち切っていました。
「くせ者ぞ! 皆、出会え出会え!」
瞬時、私の首に当たっていた鉄棍が三つに増え、三つの鉄棍が三角形を作り、三人の衛兵達が、私を地面へと弾き飛ばしました。
凄まじい勢いで石に頭から突っ込まされましたが、痛みを感じるよりも、私の意識の中に異教の悪魔を称える呪文が突然湧いてきました。呪文は音となり、私の体内で何度も何度も反響し、意識を集中させることはもとより、外界を認識することすら難しくなります。
<人物増幅>の恩寵と、<意識混濁>の兵装を組み合わせたのですか! なるほど、悪意ある敵対者を取り押さえるには見事な術です。
霞んでいく視界の奥に、完全武装した無数の衛兵達が建物の奥から飛び出してくるのが映りました。
‘カッ、良い眺めだな。えぇ、おい?’
この男は左手の黒刃を体内に収めながら、雑言を放ちます。何も言い返せない自分が情けないですね。
「せいーッ!」
彼の意識が私に向かった一瞬、前方にいたはずの衛兵が疾風のような目も眩む速度で走り、木の机を吹き飛ばしながら、この男との距離を零にし、
‘おっ——?’
彼の驚きが終わるより早く、腰の剣を爆風のような速さで抜き、彼の胴を両断せんとします! その一撃、まさに暴風! 全てを吹き飛ばす嵐を凝縮したような速さと力がその一刀にかかっています!
「なっ——!?」
故に、この剣士は驚かざるを得ないのでしょう。
武術に疎い私でも今の一撃は見事だったと分かります。敵の意識が逸れた一瞬の奇襲、申し分の無い威力、身をよじることすら許さない速度——スピード・パワー・タイミング、全てが完璧でした。
しかし、
‘おもしれぇサル技だな、オイ’
問題は、仕掛けた相手がこの男だった、と言うことでしょう。
この男は、体を半分まで斬られていながら、何事も無かったかのように平然としているのですから。
体に食い込んだ剣を左手で固定すると同時に、右手を振りかぶります。
その拳が白から鉛、そして黒へと変色し、引き金を引かれたボウガンのように一直線に襲いかかります! 必殺の一撃を無惨にも止められた剣士に、成す術等あろうはずもありません。
人の顎が砕け散る気味の悪い音が響き、血と肉をまき散らしながら敗北者が宙を舞い、奥の建物の壁を突き破ります。運良く生きていたとしても、余程良い医術の使い手に見てもらわない限り、二度と食べ物を噛むことは無いでしょう。
「な——!」
「そんな……
「バカな! 効いてない、のか……?」
彼は胴に刺さっている剣を抜き取ると、刃についていた血を舌で拭います。そうしている間に、斬られた部分が濃い緑色に変色しながら傷を塞いでいくではありませんか。
‘サルにしちゃ上出来だ’
彼としては最大限の賛辞を敗者に贈り、その剣を口へと運び——ガリ、ゴリ、ガリゴリ、と何とも形容しがたい固い物を噛み砕く音をたてながら、
「うっ……!?」
「ひぃ——!」
‘うぇっぷ。いい味じゃねぇか’
喰いました。
これこそがこの男が持つ恩寵<
『鉱石』であれば全てを喰い己のものとすることができるのです。アダマン、オリハルコン、ダマスク、ミスリル、ノスフェリウム、エーデルリヒト、エターナルグリーン、竜骨、仙骨、聖人の骨、この男の雑食ぶりにはあきれ果てる限りですが、ありとあらゆる幻想鉱物を喰ってきました。
それだけではありません、恩寵とは自らの修練により鍛えることができます。つまり、この男の肉体は最硬を誇るアダマンよりも硬く、最鋭を謳うダマスクよりも鋭くすることが可能なのです。
あのカザマと言う剣士はこの衛兵達の中でも腕の立つ者だったのでしょう。
それがこの男によりあっさりと撃退され、衛兵達は誰もが動揺し、目の前で起こったことを理解できないでいます。
「皆の者、取り乱すな! 己が本分を全うせよ! 」
その大声に、周囲を取り囲んだ衛兵達が自らの職務を取り戻します。弓を矢に番え、槍をこちらへ構え直し、剣を鞘から払い抜き、襲撃の号令を待とうとするではありませんか。
広場を新たな暴力が塗り潰そうとする中、その発端となった男は石の中に埋もれていた自分のロザリオをのっそりと取り上げ、私のものはこちらへ投げつけてきました。
‘自分のケツは自分で拭けや、クソガキ。<
我々が持つロザリオは単一目的恩寵具です。通常、<治癒>や<水質浄化>と言う目的のために練成されています。それこそが我々が信徒を増やすことのできる第一歩でもあるのですから。
ですが、我々のような敵地へと赴く任務を帯びた者に取ってロザリオが持つ単一目的とは、例えそれが御主に背きかねない愚挙であろうとも、自らが本来持つ恩寵兵装の<偽装>に他なりません。
「構えィ!」
私の首を抑える鉄棍に力が入ります。
見上げた兵士です。この場に留まっていれば、仲間の一斉攻撃に巻き込まれてただでは済まないでしょうに。正体不明の敵対者の片割れである私に一切の行動をさせずに抑え続けることができるならば、もう一人への対処に集中できます。確かに良い手です。自らが傷を負うことよりも任務の達成を優先させますか! 鉄棍からは震えも揺らぎも全く何も伝わってきません。ただの地方役人と侮っていましたが……実に——見事な覚悟です!
あの男の恩寵兵装が、その本来の姿を見せないまま『展開』されようとしています。ロザリオを握っている右手の指の間から、黒い霧状の何かが漏れだし、その全身を包もうとします。
「ゆけぇぇィ!」
豪声一発! 空を裂く矢が、剣の銀光が、槍の閃光が、直線、曲線、放物線、ありとあらゆる形状の線を夜の宙に描きながら、湧き出し始めた黒い霧の中へと一斉に突き刺ささります! 彼らの仇にして侵入者、今正に恩寵兵装を解き放とうとしているこの敵対者へと!
‘
彼は謳います、その契約を。
‘
矢も、剣も、槍も、いかなる恩寵も止めることはできません。
何故ならそれは——
‘
我らだけが持つ唯一無二にして不朽不滅の武器なのですから。
そう! 何人たりとも!
‘————<
その声で、黒い霧が、晴れました。
「な——!?」
「ば、バカな!」
「くっ、くそ!」
そこに、彼は立っていました。剣も槍も棍も矢も、いかなる傷も与えていません。
両目、喉元、心臓、みぞおち——彼等の放った矢と繰り出された槍は数ミリの狙いも違わず身体の急所に突き刺ささりました、いえ、突き刺さったのではありません。ただ当たったのです。その目標が、矢や槍が刺ささるほど柔らかくなかっただけのことです。
頭、腕、肩、手、胴、腿、首——彼等の剣と鉄棍は、かがり火と月光に照らされながら美しくも恐ろしい軌跡を残し、敵の肉体を破壊せんと振り下ろされました。が、その軌跡が完成することはありませんでした。
‘どいつもこいつも臭ェ、臭ェ’
黒い騎士がそこにいました。
剣と槍と棍をその身に受けながら、辺りに矢を弾き返しながら、敵に囲まれながら、さも当然のように何の疑問も驚きもなく、ただ立っていました。
全身が黒に染まっています。瞳の光すら外に漏れず、一見、黒い物体があるようにしか見えません。その場所にだけ明かりがぽっかりと消えたようです。騎士の鎧に当たっている刃の煌めきすら、その黒に毒されて段々と光を失っているよう見えるではありませんか。
龍の頭部を模したヘルメット、歪な形状ながらも荘厳さを感じさせるボディアーマー、獣のかぎ爪のようなガントレットとソルレット——全身を覆う甲冑からは黒い模様が浮かんでは消えていきます。黒一色の中から黒が見えるとはおかしな話ですが、事実そうなのです。まるで呼吸しているかのように浮かび上がる漆黒の紋様が、見る者全てに威圧感と恐怖を与えます。機動性などまるで考慮していない形状ですが、だからこそ言葉に表せない不気味さがあります。
騎士が手に持つは、一本の鎌です。柄の中央に持ち手があり、刃の反対側には石突きがついています。質素と言えましょう。装着している甲冑とは真逆に余計な飾りが一切ありません。柄も刃も、全てが黒で一致しています。
これが、この男の恩寵兵装を展開した姿です。
黒衣の悪魔、黒い死神——敵だけでなく味方からもつけられた不名誉なあだ名なら数知れずあります。しかし、私にはこの姿にピッタリ合う名はこれしかないと思っています——『狩りとるもの』、と。
‘どうしてこうカス野郎ってのは死なねェと理解できねェのかよォ。頭はサル以下か? あァ?’
「くっ!」
「!?」
自らの刃が通じないと悟り、衛兵達は後方に下がり黒い騎士から距離を取ろうとします。
しかし、音も無く振り払われた黒刃が、それを許しません。衛兵の一人をその鎧の上から、手に持った剣ごと胴体をやすやすと深く切り裂きます。
「ぐぁ……」
衛兵は苦悶の声を漏らし、辺りに鮮血をまき散らしながら、地面へとどうと崩れ落ちます。
恩寵兵装には、その数だけ独自の特徴があります。ですが、装着可能な武具を展開するものには二つ共通点があります。同調と増幅です。
その兵装を持ち主の恩寵が及ぶ肉体の一部と成す、これが同調です。この男の場合、装着している兵装が、最硬とされるアダマンよりも硬くできる<鉱物喰い>の力が及ぶ一部となるのです。ただ、この男に限っては甲冑と自分の肉体、はたしてどちらが元々より硬いのかは定かではありませんが。
恩寵兵装による増幅は爆発的かつ驚異的です。自身の修練による恩寵の成長が足し算とすれば、兵装による増幅は乗算や累乗です。桁の違う恩恵を使用者に与えます。
つまり、この男の鎧の硬さは、もはや筆舌に尽くし難いのです。
自身を最硬と謳われる幻想鉱石より硬くできる者が、恩寵兵装によりその硬度を倍増させた甲冑を全身に纏っているのですから。
『恩寵を破るのは、より優れた恩寵のみ』とは至言です。この男の『鎧』を突破したければ、この男の築き上げた硬度を越す恩寵を用意すれば良いだけのこと。
もしそれが、できれば——の話ではありますが。
「伝令! 伝令ィィ! 狼煙を上げよォ! 笛を鳴らせィ! 外町への橋を遮断し、各地の門を起動させよ!」
「は、はっ!」
「承知!」
その声に、二人の衛兵が建物の奥へと消え失せます。
‘オイ、ここはサル小屋じゃねェのか、あァ? 見せもんがねェならとっとと終わらすぞ、テメェら’
この男は、一つ大きく振って刃の血払いをし、右手に鎌をぶら下げながらも、その威圧を崩しません。
黒い騎士を取り囲む衛兵達は、距離を保ちながらも、その瞳に怯えや恐れは無く、どこか悲壮な覚悟すら感じられるではありませんか。
彼等の長の指示を考えると——なるほど、そう言うことですか。
私は右手を伸ばし、地に投げ捨てられたロザリオの鎖へ指を掛けようとしますが、
「く! 動くな!」
首への圧力が増し、体内に響く呪詛がひと際大きくなります。
もはや音と言う範疇を越え、内臓や骨を破裂させる程の衝撃波が体内を駆け巡ります。
ですが、それがどうしたと言うのです?
‘ぐ、がが! ぐああああ!’
震える指を伸ばします。指先と鎖の距離が近づくにつれ、体内の破壊音が激しく膨張しだし、出口を求めて奇怪な声が口から出てしまいます。
この衛兵達は死ぬことを覚悟しています。先程の言葉を考えれば、島内の防衛体勢を整えるため、一秒でも長く、この場に侵入者を留めたいはずです。黒い騎士との戦力差は刃を交えた彼等自身が知っていましょう。
ならばどうするか、簡単です、捨て石になれば良いのです。自らの命が残ることを前提とするかどうかで、稼げる時間は格段に違ってくるのですから。
「おい、小僧! 無駄な抵抗は止めろ! 指一本たりとも動かすんじゃない!」
そうです、この異教徒どもが己の死を恐れていないのです! 御主の御祝福を受けずに永遠の獄に繋がれ、悶え苦しみ続けることが既に決定していますのに! この男達はただ己が使命を全うしようとしているではありませんか!
‘ガァアアァアアアア!’
それなのに、この私が何を恐れるというのです!?
御主の御意志を果たさんとする使命を背負ったこの私が! 誰よりもこの使命の重さを知っているこの私が! この背教者共に後れを取るですと!?
そんなこと断じてあってはなりません! 絶対に認められる訳がありません!!
届け! 届けぇ! 届けぇぇえぇぇ!!
‘<偽装解除>——……——。……<
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