第9話 チェリー
「おい、何かバケモノがこっち見てるぜ」
「ほんとだ。何だよ、俺たちに何か用かよ」
「あ、あの……一緒に……遊びたくて」
「やだね。バケモノと一緒に遊んじゃ駄目って母ちゃんに言われてんだよ」
「一人で遊んでろよ、しっしっ」
「……」
「ママ……また、みんなにバケモノって言われた……」
「はあ? あんたがバケモノだからだろ? ったく冗談じゃないわよ。あんたのせいで、あたしまで近所から白い目で見られてんだよ。旦那にも逃げられるし、ほんと最低。さっさと死ねばいいのに」
「!!」
「……うっ……うっ」
「おい、そこのガキ。そんなところで何やってる。何だ、泣いてるのか? 何を泣いてる?」
「! おにいさん、誰……?」
「質問しているのはこっちだ。答えろ」
「みんなが、ママがバケモノって呼ぶの……」
「バケモノ? 何故だ?」
「そ、それは……。あっ! 見ないで! 違うの、これは……!」
「こ、この力は! ……ふはは、なるほど、そういうことか」
「えっ……おにいさん、怖くないの?」
「馬鹿言え。驚きはしたが、何を恐れることがある。まあ、お前をバケモノ呼ばわりする愚民共には恐怖の対象かもな。馬鹿馬鹿しい……お前のその力は実に素晴らしい物だぞ。蔑まれるなんてとんでもない。普通の人間には決して持ち得ない、誇るべき才能だ」
「ほ、ほんとうに……?」
「お前のその力、こんなド田舎で埋もれさせるには惜しい。俺の下で働け。お前の力を最大限発揮できる場所を用意してやろう」
「…………うん」
「よし、決まりだ。おいガキ、まだ名を聞いていなかったな。名乗れ」
「名前は……」
*
元々カサブランカ村からそれほど離れていないこともあって、車を少し走らせると、ガーデン城がすぐそこまで迫ってきていた。その外観は戦争前から変わっておらず、まるで巨大な一つの美術品のような美しさだった。しかし、今の私にはそれが悪魔の巣窟にしか見えない。側道に見事に咲き誇っている様々な種類の花も、こんな時じゃなければ、その美しさを堪能できたのだろうか。
「綺麗ですね……」
アイリスがつぶやいた。
「私、この国が大好きです。空気は綺麗で、景色も良くて、食べ物も美味しくて、みんないい人ばかり」
「でも、そのせいでフォレストに目を付けられた」
「そうですね……。私、フォレストのいない平和なガーデンで、違った形でロゼさんに会いたかったです」
「フォレストのいないガーデンは、もうすぐ作れる。私達が作る」
「……はい」
私達は正義の味方でも平和の使者でもない。動機はあくまで復讐だ。しかし、結果的にそれがガーデンを救うことになる。今まであまり考えなかったことだが、フォレストがいなかった頃のガーデンはどんな国だっただろうか。もう随分昔のことだから、あまり思い出せない。ガーデン城はもう目の前だ。これ以上近づくと、先に向こうに気付かれる。私達は車を止めて下りた。
「準備はできてるだろうね」
「はい」
私は指揮棒を、アイリスは万年筆を持った。最終決戦を挑むには、端から見ればあまりにも滑稽な武器だ。しかし、私達にとってこれ以上に頼りになる武器はない。闘志が湧いてくる。魔力が溢れてくる。今なら、かつてない力が出せる。さあ、行こう。
*
「ん~、やはり紅茶はレモンティーに限る」
ストレートは苦すぎる。ミルクティーは甘ったるすぎる。程よい酸味のきいたレモンティーこそが絶品。カップ一杯に、レモン汁を四滴垂らすのがポイントだ。三滴でも五滴でも駄目だ。さて、それより魔女共は上手く生け捕りに出来ただろうか? そろそろ帰ってきてもいい頃だとは思うが。そう思うのと同時に扉がノックされた。
「失礼します」
「おおチェリー、待っていたぞ。で、どうだった?」
「魔女はいませんでした。襲撃前に村を包囲していたので、逃げられたとも考えられませんから、たまたま留守だったようです」
「なに!? ちっ、運のいい奴らだ……」
これで、こちらが奴らの所在に気付いてしまったことがバレてしまうか。また身を隠されたら面倒だな。いや、顔も名前も判っているんだ。ならば国中に指名手配をかければいい。国境には特に注意を呼びかけねば。魔女共め、このウォルナットから逃げられると思うなよ。
「ウォルナット王! チェリー将軍! 大変です!」
いきなり兵士が部屋に飛び込んできた。
「なんだ、騒々しいぞ」
「敵襲です! 例の魔女が二人、城に攻めてきました!」
「は!? 何だって!?」
馬鹿か……? 激情にかられて、せっかく運良く拾った命をわざわざ捨てに来やがった。飛んで火に入る夏の虫とは正にこの事。切れ者だと思っていたが、どうやら俺の買いかぶりだったようだな。
「出払っている兵全てに連絡を取り、城に集結させろ。総力をあげて魔女共を迎え撃つぞ」
「はっ! 了解しました!」
兵士が大慌てで出て行った。とはいえ、メイプル軍との戦いを見る限り、兵士達が束になっても奴らは倒せないだろう。やはり、魔女を倒すには魔女狩りの専門家に頼るしかあるまい。
「おい、チェリー」
「分かっております。奴らの襲撃を許してしまったのは私の責任。私の命に代えてでも、奴らを仕留めてご覧に入れます」
「ふっ、命など賭けんでも、お前なら勝てるだろう。俺はお前を誰よりも信頼しているのだ」
「……ありがとうございます。身に余る光栄です」
それだけ言うと、チェリーは足早に部屋から出て行った。今度こそ終わりだ。チェリーにはガキの頃から、俺自らありとあらゆる戦闘術を叩き込んだ。さらに、突然変異のように生まれ持ったあの力。そしてチェリー自身が鍛錬によって、まさに魔女を殺すためだけに会得したあの能力。負ける要素はない。さあ、十五年前の戦争の再現といこうじゃないか。
*
軍用車を魔法で持ち上げ、ガーデン城の門扉に向けて思い切り飛ばすと、派手に大爆発が起こった。まずは挨拶代わりだ。蜂の巣をつつかれたように、兵士達が城からワラワラと出てきた。そうだ、一人残らず出てこい。全員この場でぶち殺してやる。指揮棒を向け、レーザービームを放った。レーザーが着弾する度に小爆発が起こり、兵士達を次々と葬っていく。
アイリスは空間に万年筆で大きく円を描くと、水色の穴が現れた。その穴から、まるでマシンガンのように氷の矢が発射されていった。その威力は凄まじく、次々と兵士達の鎧を貫いていった。命中率は低いが、まとまった敵を一気に片付けるのには効果的だ。この勢いのまま、私達はガーデン城内部へ侵入した。
「くそっ! こっちも兵器を用意するんだ!」
アイリスに対抗してか、敵もガトリングガンを引っ張り出してきた。咄嗟に柱に隠れた。断続的に続く銃声。身を隠そうが敵はお構いなしに撃ってくる。オークの拠点から逃げる時と同じような状況になったが、もう焦る必要はない。私は懐から小袋を取り出した。メイプル戦の時の余りだ。調合薬はもう残り少ないが、惜しむ必要はない。三粒取り出し、ガトリングガンに向けて魔法で飛ばした。爆薬に戻りながら飛んでいくヒマワリの種は、さながら手榴弾のように、兵士や兵器を吹き飛ばした。
「ロゼさん、後ろからも来ます!」
私達が入ってきた城の入り口から、兵士がどんどん沸いてくる。さすがに本拠地が襲撃されてるとあって、敵も総力戦というわけか。いいだろう。指揮棒を上に向けた。直径五メートルほどの巨大な大火球が作り出された。
「う、うわああああ!」
それを見て後退する兵士達に、大火球をぶつけた。火柱が上がり、まとめて十人ぐらい燃え盛った。その間に階段から銃を持った兵士達が降りてきていたが、アイリスが一人一人正確にウォータージェットで眉間を撃ち抜いていった。
「だ、駄目だ、こいつら人間じゃねえ! チェリー将軍を呼べ、早く!!」
なに。チェリーがここにいるのか? ちょうどいい。探す手間が省けた。ウォルナットを殺す前に、まずはそいつから始末してやる。その後も様々な武装をした兵士達があらゆる手段で襲いかかってきたが、その全てを私達は返り討ちにしていった。自分でも信じられないぐらい力が沸き上がってくる。フォレストに殺されていった皆が、私達に力を貸してくれているのだろう。負けられない。チェリーだろうがウォルナットだろうが、今の私達に勝てる者などいない。
静かになった。城内の兵士は全て片付けたようだ。とはいえ、また外から援軍が来るかも知れないから、もたもたしてられない。私達は階段を上り、だだっ広い部屋に出た。玉座がある。ここは謁見の間か。チェリーとウォルナットはどこだ。
「ロゼさん、玉座の後ろに階段があります。あの奥にいるのでしょうか」
「しっ。静かに」
足音が聞こえる。何者かが階段を下りてきているようだ。私達に緊張が走る。そいつが姿を現した。ウォルナットじゃない。こいつがチェリーか。顔全体を布で覆い隠している。武器も持っているように見えない。不気味な奴だ……今まで戦った将軍達とは随分雰囲気が違う。だが油断は出来ない。私は慎重に指揮棒を向けて言った。
「お前がチェリーだな?」
「……………………ええ、そうよ」
この声、こいつ女か? 四将軍最期の一人は女……。私が驚いていると、チェリーは自ら顔に巻いている布をほどき始め……やがて、その素顔が明らかになった。
「えっ!?」
アイリスが驚愕の声を上げた。私は声すら出なかった。自分の目を疑った。わけが分からない。そんなバカな……。何故……何故なんだ…………カトレア。
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