第10話 敵

「カトレアさん……ですよね?」


「そうだよ、アイリス。この国で名乗ってる名前はね。でも、フォレスト国の四将軍チェリー。それが本当のあたしなの」


 アイリスは呆然としている。おそらく私も同じような顔をしているのだろう。だが、受け入れなければならない。五年間も友人として付き合ってきたカトレアが、いま敵として私達の目の前にいるという現実を。


「本当は正体を明かさないまま、あんた達を攻撃することも出来た。いや、そうするべきだった。でもしなかった。何でだと思う?」


「……知らないわよ、そんなこと」


「ロゼ……あんたと最期に話がしたかったから。全てを話し終えた後で、あんたにお願いを聞いてほしかったから」


 私も聞きたいことが山ほどある。私との友情は全て偽りだったのか? それを知らずに、このまま戦う事なんて出来はしない。アイリスも同じだろう。


「話しなさい。あんたをどうするかは、それから決めてあげるわ」


「ありがとう。そうだなぁ……どこから話せばいいかな。いいや、最初から順に話すね。でもその前に、見てほしいものがあるの」


 カトレアが、ポケットからナイフを取り出した。ナイフといってもステーキなどを切るための食事用のナイフだ。何故そんなものを……まさか……。カトレアがナイフを床に振るった。すると、床からいくつもの植物の芽が生えてきて、つぼみとなり、すぐに花が咲いた。造花ではない、本物の花だ。魔女……カトレアも魔女だ。しかし……。


「これは、魔法なの? でも、そんなはずは……」


「魔法では生命を生み出すことはできない。そう言いたいんでしょ? あんた達ガーデンの魔女とあたしは、多分いろいろと違うと思う。だって……フォレストの魔女は、どんなに歴史を溯ってもあたし一人なんだもん。あたしの母親も、先祖も皆普通の人間だったんだから」


 魔女はガーデンにしか存在しない。仮に他の国に存在するとしたら、ガーデンの魔女が国を出て、そこで子供を産んだ場合に限る。魔女の血を引かない者が、魔法を使える事などありえない。


「原因は今でも不明。突然変異なのかな。しかも、子供の頃は魔力をコントロールできなくてね。杖もないのに、勝手に魔法が暴発してたの。まるであたしの周りだけ怪奇現象が起こってるみたいにね。おかげで、あたしは皆からバケモノ扱いされたわ。母親からも死ねとすら言われた。あたしは絶望した、死のうと思った。そんな時に、ウォルナット様があたしに声をかけてくださったのよ」


 ウォルナット様……カトレアの口からごく自然にこんな言葉が出たことに、私は哀しみを覚えると同時に改めて実感した。カトレアは敵なんだということを。


「その時にも、魔法が暴発したわ。周りの小石にヒビが入り、落ち葉が弾け、ウォルナット様の装飾品も壊してしまった。でも、ウォルナット様はそんなあたしの力を、素晴らしい、誇るべきだと言ってくれたのよ。自分の下へ来いとまで言ってくれた。嬉しかった……本当に嬉しかった」


「……あんたは利用されているだけよ。それがわからないの?」


「それでもいい! 誰からも必要とされず、蔑まれ続ける人生なんかよりも、誰かに利用される方がずっといい! 親からも見捨てられ、誰一人味方のいない人生が一体どれほど惨めでつらいか、あんたには分からないわ!!」


 カトレアがウォルナットに心酔している理由はよく分かった。いつの間にか、アイリスが涙を流していた。アイリスもカトレア程ではないにしろ、辛い人生を歩んできた。彼女なら分かる何かがあるのだろう。両親や祖母の愛情を一身に受けて育ってきた私には、この二人の気持ちを心から理解することは出来ないのだろう。


「……ごめん、大きな声出して。ええと、どこまで話したっけ……そうそう、それから間もなく戦争が始まったの。あんた達も知ってるように、最初は持ち前の軍事力でフォレストが優勢だった。でも魔女が戦争に参戦すると状況は一変した。このままではフォレストは負ける。だから、あたしが戦争に志願したの。当時まだ十二歳だったけどね。あたしの力でフォレストは見事逆転勝利。その功績を評価されて、晴れて将軍になったってわけ。異論を唱える者は誰もいなかったよ。その頃から正体を隠してたから、まさか十二歳の小娘だとは誰も思わなかっただろうしね。身長もバーチと大差なかったし」


「馬鹿言わないで。たった一人の子供の魔女が、戦争をひっくり返せるわけないでしょう」


「信じられないだろうけどね、事実だよ。そのおかげであたしはウォルナット様から絶大な信頼を得た。終戦後のあたしの役目は、生き延びた魔女の狩り。ガーデンにはまだまだ魔女の生き残りがいるからね」


「終戦後は魔女は皆、魔法を自粛したはずよ。だって、バレたら処刑されるんたがら。フォレストの目の前で魔法を使うなんて馬鹿なことをしない限り、簡単には見つけられないはずだわ」


「これも多分あたしだけの能力だと思うんだけどね……あたし、魔法を感知できるの。魔法は使用されると必ず見えない痕跡が残る。あたしは残り香って呼んでるけどね。バレたらやばいって分かってても、やっぱり使っちゃう人多いのよ。だって便利だもんね。その残り香を辿れば、その魔法を使った魔女に辿り着けるってわけ。そいつが近くにいればだけどね」


 残り香……そんなものがあったのか。私はまったくそんな物を感じたことがない。アイリスに目をやるが、首を横に振られた。アイリスも知らない。やはりガーデンの魔女にそんな技術はない。


「そうか……道理でフォレストに魔女の存在がバレてたわけだ。オークの拠点で、私達の魔法の残り香を感じ取ったのね」


「正解。あたしがいつも旅行に出掛けるのは、定期的にガーデンを巡回して、そうやって残り香を探して魔女を見つけ出すためよ。そのために、カサブランカ村以外にもあたしの家はいくつかあるの。一番長くいたのはカサブランカ村だけどね。ちなみにウォルナット様はあたしがどこに住居を構えているかは知らないよ。あたしのことを信用してか、何でも自由にやらせてくれたから。だから、あの日カサブランカ村に視察に来たのも偶然だし、さっきの襲撃もあたしの家がそこにあることは知らなかった」


 ここまで聞いて、一つ気になったことがある。私は戦闘以外では地下室でしか魔法を使ったことがない。防音にはしてたが、残り香なんてものには全くの無警戒だった。


「私のことは、気付いていたの?」


「……正直ね、ロゼが魔女なんじゃないかってのはずっと前から思ってた。あんたの家からほんの微かにだけど残り香を感じた気がしたから。でも、あたしはそれ以上あんたを疑うことを避けた。怖かったから……友達が魔女だと知ってしまうことが」


「……」


「でも、どうしても疑いが強まってしまうきっかけがあった。アイリス、あんたがロゼの家に住み始めてからね」


 突然自分の名前が出てきて驚いたアイリスが、ビクッと体を震わせた。


「わ、私……ですか?」


「オークの拠点には二種類の残り香があったから、二人組の魔女の仕業だとあたしは予想した。だからもしロゼが魔女で、オークに攫われてたとしても、やったのは多分あんたじゃないとその時は思ったよ。そしたら何? いきなりそのタイミングで、親戚の子供を名乗る少女が現れ、一緒に住み始めたじゃない。しかも聞いてみたら、キャメリア村出身ですって? 奇偶ね。オークが殺される直前に女狩りしていた村の中にも、キャメリア村の名前があったよ。疑惑が五パーセントから八十パーセントぐらいに跳ね上がったわ」


「あっ……」


「だからお祭りの夜、真実を確かめようとして探りを入れた。でもロゼ、あんたの目は何も隠しているようには見えなかった。だから、結局あたしの思い過ごしだったと思うことにした。でも、その期待は裏切られたわ。メイプルの拠点の映像は、既にこのガーデン城に送られてきていたの。そこには言い逃れしようのない確たる証拠映像が映っていたわ」


 そういうことだったのか……。不覚だった。後からカメラや機器類を壊せばいいと思っていたが、既に手遅れだったということか。それで私達の素性がバレて、結果カサブランカ村が襲われた。


「ウォルナット様は魔女を生け捕りにし、カサブランカ村の人間を皆殺しにしろと命令を下された。ウォルナット様の命令は絶対なの。だからあたしの手で村を滅ぼした。あたしの手で自分の家を燃やした。あたしの手で……お婆ちゃんを……殺した」


「カ、カトレアさんが……おばあ様を……!?」


 アイリスは驚きを隠せなかった。だが、カトレア=チェリーだと分かった時点で、私には予想はついていた。


「私の家は無傷だったし、おばあちゃんにも外傷が見当たらなかった。あんたなりの、せめてものお情けだったってわけ?」


「そんな言い方はしてほしくないけど、まあそうなるのかな。あの家にはあたしも思い出がある。家族の愛を知らなかったあたしに、本当の孫のように接してくれたお婆ちゃんがいる。兵士にやらせるとどんな殺し方をするか分からない。だから真っ先にロゼの家に走り、最も苦しくない方法でお婆ちゃんを手にかけた。あんた達が留守だったのは予想外だったけどね」


「カトレアさん……私には、未だに信じられません。お祭りの時も、あんなに優しくしてくれたじゃないですか。もう一人お姉さんが出来たみたいで、私嬉しかったんですよ? 来年も一緒にお祭り行こうって……約束したじゃないですか……!」


 止まっていたアイリスの涙が再び溢れ出した。お祭りで楽しそうにしていた二人の様子が思い出される。まるで本当の姉妹のようだった。


「ごめんねアイリス。あたしも、今でもロゼのことは友達だと思ってるし、あんたも妹みたいだと思ってるよ。でもね、天秤にかける相手が悪すぎるのよ。ウォルナット様より優先するものなんてないの」


 アイリスの悲痛な叫びもカトレアには届かない。私も何を言っても無駄だろう。カトレアにとって、ウォルナットの存在はあまりにも大きい。


「あたしの話はこれでおしまい。ここからはあたしのお願いなんだけどさ」


「……なによ」


「……このままここから立ち去って。ガーデンから出て行って。そして、二度とこの国に戻ってこないで」


「は?」


 いきなり何を言い出すんだ。私達を殺すのがウォルナットの意思じゃないのか。ここで私達を逃がして何の意味がある?


「あたしは今まで一度もウォルナット様に逆らったことはなかった。嘘をついたこともないわ。でも、今初めてウォルナット様に背こうとしている。あんた達と……戦いたくないから」


「私達がこのまま逃げたとして、あんたはどうなるの?」


「心配ないわ。その辺に転がってる兵士の死体を魔法であんた達二人に変化させる。ガーデンの魔女にはそんな技術はないだろうけど、あたしには出来るから。それであんた達は死んだってことにする。あんた達がウォルナット様を倒すのを諦めてくれれば、それで全て丸く収まるのよ」


「……」


「でも、あんた達がどうしてもウォルナット様を倒すというのなら、あたしは容赦しない。ウォルナット様をお守りするため、あんた達をここで殺さなければならない。お願いだから、あたしにそんなことをさせないで」


「ロゼさん……」


 アイリスの視線を感じる。アイリスはおそらくこう思っているだろう。このままカトレアと戦うぐらいなら、ここで身を退こうと。ここまでやったんだ。もう充分じゃないか、と。


「ふざけるな」


「えっ」


 アイリスとカトレアが同時に言った。


「全て丸く収まる? 都合のいいこと言ってんじゃないよ。つまり、今までウォルナットがやってきたことを全て水に流せってことだろ? 冗談じゃないね。私はこの十五年間、ウォルナットを殺すことだけを考えて生きてきた。誰であろうと、邪魔する者は許さない」


 私はカトレアに指揮棒を向けた。


「答えはノーだ。ウォルナットを殺す。これだけは絶対に譲れない。そうするために必要なら……カトレア、あんたも殺す」


「……どうしても?」


「あんた、ブレブレなんだよ。ウォルナットの忠臣なら、徹頭徹尾ウォルナットに従え。私達が怪しいと思った時点で徹底的に調べろ。素顔なんか見せず、黙って私達を攻撃しろ。確固たる信念もない奴が、偉そうに私に指図するな」


「…………そっか。残念だよ……本当に……」


 一瞬空気が冷たくなり、アイリスは思わず身震いした。まるで急に別次元に迷い込んだようだ。カトレアがゆっくりとナイフを私に向けた。


「……反逆者ロゼ。反逆者アイリス。我が主君ウォルナット様の命により、お前達を抹殺する」


 顔つきが変わった。私の友人カトレアの顔はそこにはなかった。四将軍チェリーが初めて敵意を露わにし、ウォルナットへと続く道の最後の壁として立ちはだかった。

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