第6話 息抜き
本来なら皆が寝静まっている真夜中。しかし、あちこちから聞こえる悲鳴や怒声。それらによって村は騒がしく、村中の家屋から上がる火の手によって、まるで昼間のように明るかった。私は武装した兵士達から逃げ惑う人々の波に流され、母を見失った。
「お母さん……お母さんどこ?」
誰かに突き飛ばされて転んだ。足をくじいた……起き上がれない。助けて、誰か助けて……。銃声と村の男の悲鳴が重なる。また誰かが殺された。いやだ、死にたくない!
「ロゼ!!」
「お母さん!」
母が来てくれた。もう大丈夫、きっと助かる。私は母の背中におぶさった。人の波をかき分けて母は走った。そうしている間にも、次々と男は殺され、女は捕らえられていった。母は村の森に向かって走った。私をおぶさったまま、ぐんぐん森の奥へ進んでいく。
「おい! 誰か一人森に逃げたぞ!」
「とっ捕まえろ! 一人たりとも逃がすな!」
見つかった! 後ろの方から兵士達の足音が迫る。怖い、怖い、怖い! 母は草むらの中に私を降ろした。
「どうしたの? 早く逃げないと、こんな所にいたら見つかっちゃうよ」
「大丈夫、あなたはまだ小さいから、ここに座り込んでいれば見つからないわ。決してここから動いては駄目よ」
「でも、お母さんは……?」
母は何も言わず、しばし私の顔を見つめた後に、私を強く抱きしめた。
「愛してるわ、ロゼ」
母が立ち上がり、走り去っていった。
「お母さん!?」
母は振り返らない。待って、どこへ行くの? 置いていかないで。嫌だ、そんなの嫌だ。
「いたぞ! 魔女だ!」
母が兵士達に捕まった。殺される、母が殺されてしまう。お母さん……お母さん……誰かお母さんを助けて……!
「ロゼさん……ロゼさん!」
目を開けた。アイリスが心配そうに顔を覗き込んでいる。ここは……自分の部屋だ。身を起こすと肩の痛みに顔を歪めた。まだ傷が治りきっていない。
「大丈夫ですか? 凄いうなされてましたけど……汗もびっしょり」
「…………なに?」
「あっ、えっと……朝ごはん出来たので、起こしにきたんですけど」
「そう……」
ベッドから立ち上がった。汗が気持ち悪い。まずはシャワーを浴びよう。傷がしみるけどそうも言ってられない。
「珍しいですね、ロゼさんが寝坊なんて。何か悪い夢でも見てたんですか?」
「あんたには関係ないでしょう!!」
怒鳴ってからハッとなった。いまさら自己嫌悪しても遅い。アイリスは完全に固まってしまっている。十歳も年下の少女に一方的に八つ当たりする自分を殴ってやりたい。
「ご、ごめんなさい……なんか余計なこと言っちゃいましたね」
「……いいわ。先にシャワー浴びてくるから、朝食はテーブルに置いといて」
バツが悪く、アイリスと目を合わせることは出来なかった。そんな自分にまた自己嫌悪した。
*
「おっすー。お邪魔してるよん」
風呂からあがると、見慣れた顔がリビングにいた。アイリスの作ったサンドイッチを頬ばっている。カトレア……何でまたよりによって機嫌が最悪の日に遊びに来てるんだ。いや、違った。また忘れていたが、隣町のお祭りに一緒に行くことになっていたんだった。
「これ、少ないけど、三人で美味しいものでも食べておいで」
そう言って祖母が差し出してきた物はお金だった。お祭りのお小遣いとしては、決して少なくはない。
「そんな、こんなに……いいのよ、おばあちゃん。見に行くだけだから」
「孫が遠慮するもんじゃないよ。私がお金なんか持ってても使い道ないんだから。せっかくのお祭りなんだし、楽しんでおいで」
祖母は半ば強引に、私の手にお金を握らせた。
「……ありがとう」
「ありがとうございます!」
「ありがとお婆ちゃん!」
お祭りか……本当はそんな所に行ってる場合じゃないんだけど。でも、どちらにしても肩がこんな状態では大した特訓はできない。たまには息抜きも必要か。
*
カサブランカ村の隣町、マリーゴールド町。一年に一度のお祭りで、町はいつも以上の賑わいを見せていた。凄い人だかりだ。道端には出店が立ち並び、そこかしこから食べ物のいい匂いが立ち上っている。カトレアはもちろんだが、アイリスもかなりはしゃいでいた。次々と出店の食べ物をつまみ、射的やくじ引きなども存分に楽しんでいる。思えば、物心ついたときから親の顔も知らず、孤児院で育ち、こっちに来てからは畑仕事と家事と特訓の日々。こんな風に遊んだことなど、今までなかったのではないだろうか。今朝怒鳴ったことはもう気にしていないようだが、後でちゃんと謝ろう。
「ロゼさん、このクレープ凄く美味しいですよ。食べてみて下さい!」
アイリスに勧められ、イチゴとチョコの入ったクレープを頬ばった。
「……美味しい」
「ねえ、ロゼ、アイリス! あっちでパレードやってるよ!」
「うわ、ほんとだ! ロゼさんほら早く!」
アイリスに手を引っ張られ、人混みの中へ走りだした。本当に楽しそうだ。私はどうだろう。…………うん、楽しい。もちろんそんな感情は表には出さなかった。
*
お祭りの帰り道。村はすっかり暗くなっていた。最初は乗り気じゃなかったが、行って良かった。心からそう思う。真っ直ぐ伸びた田んぼ道。T字路に突き当たった。カトレアとはここでお別れだ。
「じゃあ、あたしはこっちだから」
「ええ、おやすみカトレア」
「カトレアさん、来年もまた三人で行きましょうね!」
「もちろん! ……ねえ、ところでさ、ロゼ」
「なに?」
「あんた、最近変わったことあった?」
「……ないわよ、どうして?」
「いや、何とな~くそんな気がしただけなんだけどさ。本当に何もない?」
「ないわ」
カトレアが探るような目で見てくる。私も目を逸らさずにじっと見据えた。しばらくすると、カトレアは諦めたようにため息をついた。
「……まあ、あたしの気のせいならいいけどね。でも何かあったら絶対相談してよね。あたし達、友達なんだからさ!」
「わかったわ。ありがとう」
それだけ言うと、カトレアは手を振りながら暗闇の田んぼ道に消えていった。途中足を踏み外して田んぼに落ちそうになっていたが、見なかったことにしておいてやろう。
「カトレアさん、急にどうしたんでしょうか?」
「さあね。さ、私達も帰るよ」
カトレアは結構鋭いところがある。最近の私の行動や態度に何か違和感を感じて心配してくれたのかもしれない。だが悟られるわけにはいかない。大切な友人を、こんな血生臭い戦いに巻き込むわけにはいかないから。
*
俺はチェリーと兵士達を連れて、バーチの拠点に来ていた。オークの時のように、通信が途絶えたのだ。それで来てみれば案の定というわけだ。下の階には兵士達の黒焦げの死体。そしてここ、バーチの自室では両腕両足が切断され、ダルマになったバーチが死んでいた。ノコギリが四つ転がっている。これで切断されたことは間違いないだろう。顔も相当殴られたようで、無残に腫れあがっていた。
「どうだ、チェリー」
「今回も同じ魔法の残り香が二種類。同一犯と見て間違いないでしょうね」
オークといいバーチといい、不必要なまでに惨たらしい殺され方だ。我が国に相当強い恨みを持っているようだ。魔女狩りで殺された同胞達の仇討ちか……ふざけやがって。兵士が報告に来た。
「ウォルナット王、駄目です……。管理室は滅茶苦茶に破壊され、監視カメラも壊されています。残ったカメラにも何も映っていませんでした」
くそっ、抜かりはないというわけか。チェリーに調べさせた四つの町村には結局魔女はいなかったそうだし、そう簡単には尻尾は出さないということか。
「チェリー、どうにかして犯人は見つけられんのか? その残り香とやらを辿って」
「近くにその魔女がいれば、私がいつもやっているように、警察犬のように残り香を辿って見つけ出すことはできるのですが、とっくに離れてしまっているので追うのは無理でしょうね。国中の魔女が私の目の前で一人一人魔法を使ってくれれば、誰が犯人かは匂いの一致で分かりますけど」
……そんな無茶なこと出来るはずがない。処刑されると分かっていて、魔女だと名乗り出る馬鹿がどこにいる。敵の次の狙いは、チェリーの素性は公表していないから俺かメイプルだろう。順番からいって恐らくメイプルか。奴ならやられることは無いと思うが、敵の戦力が分からない以上、万が一ということもある。せめて犯人が分かれば、こちらから攻めることができるのに。一方的にこちらの方だけが敵に知られているから不利なのだ。
……ん? 待てよ。そういえば、技術部に新開発させている物の中にアレがあったな。アレの完成を急がせて、メイプルの拠点に仕掛ければ……。ふふっ、よーし……最悪メイプルは殺されるかもしれんが、それでも犯人さえ特定できればこっちのものだ。別にそんなに大それた物ではないが、今回に限っては絶大な効果を発揮してくれるだろう。犯人が分かり次第、今度はこちらから潰しに行ってやる。
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