第5話 足手まとい

 次の標的をバーチに定めた。拠点はガーデン城の南西。気性の荒い剣の達人の小男。手下は推定で約五十人。肺を患い、少し前から医者の往診を受けている。現状判明している情報はこれだけだ。だが、上手く医者に化けて侵入出来れば、オークの時同様、内部から一気に潰せる。


 アイリスには地下室で自主練させている。全ての禁呪を覚えさせるのは不可能なので、使い勝手の良い禁呪に絞って実演して見せた。自分の身は自分で守れと言ってある。それにしても、アイリスは私が思っていた以上の天才だった。修得の早さは私以上だ。後はそれらを自在に操れるようになれば、この上ない戦力になりうる。


 私の方は、時間を見つけてはバーチの拠点で張り込みを続けた。医者が現れるのをひたすら待った。バーチの拠点はオークのよりも大きく、館というより城だった。粘ること一週間、遂にそいつは現れた。白衣を着た男が一人、身分証明書のようなカードを警備員に見せてから中に入っていった。医者と見て間違いないだろう。更に待つこと二時間。出てきた。あの医者だ。私は医者を尾行し、人気の無いところに出るのを待った。路地裏に入った、チャンスだ。私は音を立てずに後ろから近付き、指揮棒を取り出した。


「ぎゃっ!」


 首筋に電撃を食らわせた。倒れた医者を物陰に引きずってから、こいつの荷物を漁った。あった、医師免許だ。こいつを上手く偽造すれば、怪しまれずに中に入ることが出来る。運良く、個人経営の町医者のようだ。大病院の雇われの医者だと、病院に身元を確認されるとバレてしまうからな。スケジュール帳も見つけた。次の往診は来週の同じ曜日、つまり一週間後に決行だ。


 使えそうなネタはこれぐらいか。私は医者にもう一度指揮棒を当て、少し強めに電気を流した。これで一週間は目が覚めないだろう。後は放っておけば誰かが救急車を呼んでくれるだろう。この医者が意識を取り戻したときには、既に用は済んでいるというわけだ。





 地下室では、アイリスが汗だくになって杖を、つまり万年筆を振り続けていた。まだ少し不安が残るが、やはり飲み込みが早い。


「あ、ロゼさん。どうでしたか?」


「上手くいったよ。ほら」


 私が放り投げた医師免許を、アイリスは慌ててキャッチした。複製と偽造はアイリスに任せることにしていた。私は正直なところ、十一歳の頃から禁呪の修得にかまけていたせいで、戦闘に使えない一般の魔法はあまり得意ではないのだ。


「期限は一週間だ。それまでに作りな。それがあんたの最初の任務だ」


「は、はい。頑張ります」


 そう、残り一週間。今から楽しみだ。待っていろバーチ……お前の処刑方法は、既に考えてある。





 準備は整った。医師免許は思った以上に上手く出来ている。それぞれ私とアイリスの顔写真入りだ。名前は当然偽名。文字も材質もほぼ完璧と言っていい。魔法を使っても普通はなかなかここまではいかない。


「よし、それじゃ出発だ。これ、あんたの分」


 白衣を投げてよこした。医者に扮するには免許だけじゃ駄目だ。


「あ、ありがとうございます。……でもちょっと大きいですね」


「そう?普通のサイズ買ったつもりなんだけど」


「……ロゼさんの基準だと、普通のサイズでもだいぶ大きくなりそうですが」


 私がキッと睨むと、アイリスは視線を逸らしてそれ以上何も言わなかった。





 列車に揺られて数時間。私達はバーチの拠点に到着した。警備員が、近付いてくる私達に気付き、警戒心を露わにした。アイリスはガチガチに緊張している。


「もっと澄ました顔をしてな。私達は往診に来ただけなんだから」


「わ、わかってます」


 ある程度近付くと、警備員の方から歩み寄ってきた。


「止まれ。ここはバーチ様の拠点だ。部外者は立ち入り禁止だぞ」


「失礼。私達はそのバーチ様の往診に来ました。いつも診させて頂いているウィロー先生が体調不良で、急遽私が代任で来た次第です。それと彼女は私の助手です」


 私達は偽造した医師免許を警備員に見せた。特に怪しんでいる様子はない。


「そうか、ご苦労。ついてこい」


 警備員の案内の元、私達はまんまと侵入できた。あとは、上手いことバーチと二対一で対面出来ればいいが……。しばらく歩いた後、待合室に通された。


「ここで待っていろ。バーチ様が準備出来たら呼びに来る」


 ソファーとミニテーブルが置いてあるだけの質素な部屋。私達はソファーに腰を下ろした。


「……」


「……」


「……遅いですね」


「……そうね」


 確かに遅い。いつもこうなのか? いや、何か嫌な予感がする。私は指揮棒を持って立ち上がり、扉に向かった。


「どうしたんです? って、ロゼさん一体何を!?」


「大きな声出すんじゃないよ。あんたもこっち来な」


 私達は扉側の壁の両端に張り付き、扉を凝視した。しばらくすると、足音が聞こえてきた。一人じゃない……複数のそれが、この部屋の前で止まった。扉が勢いよく開けられ、武装した兵士が一気に乗り込んできた。それと同時に爆音と悲鳴。今さっき扉の前に仕掛けた地雷魔法にまんまと引っかかり、室内に兵士の身体が飛び散った。


「くそっ、やはりバレてたね。アイリス、一旦部屋を出て隠れるよ!」


「は、はい!」


 何故バレた? どこかに落ち度があったのか? 考えても仕方がない。幸い先制はとれたのだ。こうなってしまった以上、もうやるしかない。私達は隣の部屋に隠れ、扉の隙間から外の様子を伺った。すぐに兵士達が駆けつけてきた。今度は約十人。兵士達がこの部屋を通り過ぎたのを見計らい、部屋を飛び出した。奴らが振り返り武器を構えるが、私の魔法の方が早い。指揮棒から火炎放射器のように炎を噴出させると、奴らは一瞬で火だるまになった。


「すごい……」


「感心してる場合じゃないでしょう。その万年筆は字を書くために持ってきたのかい?」


 更に援軍が来た。前から後ろから、槍と盾を持った兵士が突っ込んでくる。狭い廊下で挟み撃ちにあった。


「そっちはあんたに任せる! 一人も近づけさせるんじゃないよ!」


「はいっ!」


 背中はアイリスに預け、目の前の敵に集中した。先ほど同様に火炎放射を放った。しかし、人の大きさほどもある盾によって阻まれた。それならば……。私は指揮棒で大きく円を描くと、空気中の水分が凝縮され、巨大な氷の塊が現れた。それを兵士達に向かって飛ばしてぶつけると、ドミノ倒しのように兵士達がバタバタと倒れた。そんなでかい盾を持っていたら、この程度の攻撃も避けられまい。


「もう一度こいつをくらいな」


 再度火炎放射。今度こそ火だるまの出来上がりだ。こっち側はこれで全部片付いた。


「ロゼさーん!」


 後ろを振り返ると、逃げるアイリスと追う兵士達がこちらに向かってきていた。全然敵の数が減っていない。よく見ると、壁、床、天井のあちこちがえぐれている。魔法を連発して足止めは出来ていたものの、どうやら全く当たらなかったらしい。


「何やってんだい! 逃げてないで迎撃するんだよ!」


「ま、魔力が切れました……」


 私は頭を抱え、深くため息をついた。私はさっきと同じように氷をぶつけ、火炎放射でまとめて片付けた。


「すみません……」


「……もういい、足止め出来ただけで充分だ。さっさと行くよ」


 アイリスはしょんぼりしながら後ろをついてきた。まあ、あまり期待しすぎるのも酷というものだ。初めての実戦にしては上出来な方だろう。それより、早くバーチを探さないと。


 その後も何度か兵士達に襲われたが、禁呪の数々を駆使して何とか一人で切り抜けた。アイリスはもう戦力にならない。兵士を一人捕まえ、脅してバーチの居場所を聞き出した。最上階の突き当たりの部屋。ここにバーチはいる。私はトラップに注意しながら、勢いよく扉を開けた。


「……あん? 何だよ、手下共は全滅か? ったく使えねえ奴らだな」


 椅子にふんぞり返って座っている。こいつがバーチか。箒みたいなツンツン頭に、チンピラみたいな人相の悪い顔。私よりも四十センチは低そうな低身長。新聞で見たとおりだ。


「よく見抜いたじゃないか。私達が敵だって事がさ」


「けっ。ウォルナット王から連絡があったんだよ。二人の魔女が俺らを狙ってるから気をつけろってな。そしたらこのタイミングで、いきなりいつもの医者に代わっててめえらが来たってわけだ。察しがつくぜ。まあ、間抜けにもてめえらを入れちまった警備員はさっき処刑したがな。ったく、せっかく治りかけてんだから安静にしろって医者から言われてんのに手間かけさせやがってよ」


「……おい、どうして敵が二人の魔女ということが分かった?」


「は? 知らねえよ。ウォルナット王がそう言ってただけだ」


 おかしい……。オークが死んだことから何者かがフォレスト軍を狙っていることは推測できても、それが二人の魔女ということまでは分かるはずがない。一体どうして……?


「第一そんなこと知ったってしょうがねえだろ? てめえらはここで……死んじまうんだからよぉ!」


 バーチが剣を抜いて襲いかかってきた。指揮棒から火球を三つ飛ばしたが、素早い動きで避けられた。


「おらあ!」


 至近距離に入られ、剣を振り回された。何とか躱すが、いくつかの攻撃は避けきれず、体に切り傷ができる。


「ロゼさん!」


 ちっ、アイリスの魔力が切れてなければ、私が引きつけている間にアイリスに攻撃してもらえたものを。しかしそんなことを言っても始まらない。私一人で切り抜けなくては。だが、さすがに武闘派の将軍というだけあって強い。こちらの攻撃はことごとく避けられ、すぐに距離を詰めてくる。


「ひゃはは、おらおらどうした! 殺しちゃうぞ? 殺しちゃうぞぉ~?」


 徐々にバーチの攻撃が正確に私を捕らえ始めた。白衣が血で赤く染まっていく。仕方ない、出来ればこの魔法は使いたくなかったが……。私は指揮棒を自分に向け、魔法を放った。その直後、バーチの剣が私の左肩を突き刺した。


「あったり~! んっ…………!? い、いってええええ!!」


バーチが左肩を押さえて転げ回った。私はその隙を見逃さず、魔法を連射した。光弾がバーチの右足に命中。これでもう、ちょこまかと魔法を避けることはできない。


「形勢逆転だな」


「て、てめえ一体何しやがった!?」


「痛み移しの魔法だ。移すのは痛みだけだから当然ダメージを受けたのは私の方だし、効果もすぐに切れるから安心しな」


 自分で言ったように、徐々に左肩に熱い痛みが襲ってきた。だが、痛がってる場合ではない。ここからが、一番のお楽しみなのだから。突如バーチが立ち上がり、右足を引きずりながら走りだした。


「えっ!? きゃあ!」


 バーチの予想外の行動に、逃げる間もなくアイリスが捕まった。首に腕を回され、刃を喉元に押し当てられた。


「ぎゃはは! またまた形勢逆転~! このガキの命が惜しけりゃ、その棒を捨てやがれ!」


「……」


 私はバーチに一歩近づいた。


「おい、動くんじゃねえ! 棒を捨てろと言ってるんだ!」


また一歩近づいた。


「て、てめえ聞いてんのか! ガキをぶっ殺すぞ!?」


「やれば?」


「は!?」


 その言葉に、バーチとアイリスの顔が凍り付いた。


「自分の身は自分で守れと言ってあるんだ。人質にとられて弱点になるようなら、はなっから連れてきてないんだよ」


 私は指揮棒を向けた。恐らくこのまま撃てばアイリスにも当たる。でも私は一切躊躇しない。その瞬間、バーチに隙が出来たと見たアイリスが、万年筆をバーチの腕に突き刺した。


「うぎゃあ!」


 そう、それでいい。アイリスがバーチから離れた。バーチに光弾をぶつけると、その体は吹っ飛び床に転がった。間髪入れずバーチの首と両手両足に魔法を放った。それはホチキスの針のようにバーチと床を固定し、大の字に張り付けにした。これで完璧に動きを封じた。さあ、お仕置きの時間だ……。私は脚を振りかぶり、思い切りバーチの顔を蹴飛ばした。奥歯が飛んでいった。


「ぶはっ! ち、ちくしょう、てめえ殺してやる!」


 今度は顔面を踏みつけると、鼻血が飛び散った。馬乗りになり、今度は拳を叩き込んだ。左右交互に、何度も何度も。私はアイリスを見て言った。


「アイリス、あんたもやる?」


「い、いえ……私はいいです」


「あっそう。別にいいけどね」


 私は最期にもう一度殴ってから立ち上がった。そろそろ仕上げといこうか。


「くっ……さっさと殺しやがれ」


「ほう、いいのか? 仲間の情報を洗いざらい喋れば、考えてやらないこともないぞ」


「誰が喋るかよバーカ! だが、一つだけ教えておいてやるぜ。てめえはこの後メイプル軍にも攻め入るつもりなんだろうが、てめえは奴には勝てねえぜ。認めたくはねえが、奴の強さはフォレスト軍一、俺よりも遙かに上だ」


 フォレスト軍一の猛将ということは知っている。しかし、このバーチもかなりの実力者だった。こいつをも遙かに上回る、か。私はチラッとアイリスを見た。アイリスの成長次第だな。


「さて。ところでお前は、魔女狩りの斬首処刑担当だったな。そんなお前に相応しい処刑方法を用意してきたぞ」


 オークの時同様に、ヒマワリの種入りの小袋を取り出し、種を四つ取り出した。今度はネズミではない。放り投げてから指揮棒を振りかざすと、四つのノコギリに変化した。それをそのままバーチの両腕両脚の付け根に、刃を押し当てる形で制止させた。


「な、何をする気だ」


「あっさり首をはねられて楽に死ねると思ったか? このノコギリはな、これからゆっくりと前後移動を始める。そして、一グラムずつ……これまたゆっくりゆっくりと重くなっていくんだ。すると、どうなるかな? 子供でも分かることだが」


 私が言ったとおり、ノコギリが動き始めた。服が裂け、ノコギリの刃が肌に触れた。それぞれの部位から血が滴り始めた。


「うぐっ! こ、この糞魔女がぁ!」


「もっと叫びなよ。拠点の外まで聞こえるぐらいにさ。もしかしたら、誰かが助けに来てくれるかもよ?」


「殺してやる! 殺してやるうぅぅ!!」


 終わった。あとはダルマになった後に出血多量で勝手に死ぬ。肩がますます痛んできた。早く手当てしないと今度は私が危ない。


「アイリス、行くよ」


「はい……」


 ホッとした表情だった。まだまだグロ耐性は低いようだ。





 帰りの列車内、窓の外の遠くに見えるバーチの拠点をボーッと見ながら考えていた。とりあえず出血は止まった。後は帰ってからちゃんとした治療をしよう。帰り際、監視カメラを壊しながら何か役に立ちそうな資料はないか各部屋を探したが、特に何も情報は得られなかった。もっとじっくり探したかったが、前回みたいな事になりかねないから仕方がなかった。


「あの……今回はすみませんでした」


 アイリスが謝ってきた。あれからずっとテンションが低い。


「私、全然お役に立てなくて……それどころか足手まといに」


「別に足は引っ張られてないよ。人質にとられても私は気にしないしね。大して役に立たなかったのは否定しないよ。百点満点中二十点ってとこだね。期待外れもいいとこさ」


 アイリスはガックリと肩を落とした。今にも泣き出しそうだ。


「泣くんじゃないよ。逆に言えば、まだ八割も本来の実力を出し切れてなかったって事だよ。それに、その二十点がなければやばかったのも事実だ」


「……私、もっと強くなります」


 結局泣いた。もういい、疲れたから寝よう。次の標的はメイプル。今のところ作戦は何も無し。今度こそ、真正面からのガチンコ勝負になるかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る