06:生産者と加工者 - 1

 西暦二二〇三年七月一五日

 仮想世界〈プルステラ〉日本サーバー 第〇六三一番地域 第五五三番集落


 カタカタと針を打ち込む音が木造平屋である教室の空気を震わせている。トレースミシンを様々な角度に持つ僕と同い年の子供たちは、とにかく思い描いたものを作りたいために真剣だ。


 今日で四時間目となる家庭科の授業。黒板の代わりとなるデジボードには、今日作る予定のエプロンの仕上げ方についておさらいのポイントが記されていて、生徒達のデジタルノートにも同じ内容がコピーされている。


 少し前までは現世でもミシンが扱われていた時代もあったようだが、大人がミシンではなく三次元プリンターを使い始めてしまったことですっかり廃れてしまい、家庭科の教科書からもミシンの項目が丸ごと消えてしまった。

 それが、プルステラでは小学生の必須科目となっている。非常に操作が簡単な、「トレースミシン」というものに姿を代えて。


 トレースミシンは従来のような、布を針とおさえの間に挟み込むような形状のミシンではない。布の上にホチキスのようなスティック状のそれをあてがい、側面にあるボタンを押すと、小さなレーザー針が布を貫き、糸を次なる決まった方向へと運んでくれる。

 また、指を痛めない事故防止機能もあり、例え布の裏側に指が来ていても、糸だけが布を通すよう配慮されている。子供たちは扱いやすい方向からミシンをなぞって動かすだけで、まるでハサミを扱うかのように好き放題に縫うことが出来るのだ。


 プルステラはモノづくりを楽しめる仮想世界でもある。だからこそ、多少文化が原始的に遡っても、人の手で色々なものが作れるようにと様々な工夫を凝らしてあるのだ。言うまでもなく、三次元プリンターのような超便利品は、この世界にはない。


 先生曰く、このような授業を通して身につけた技術で、入居当時のいわゆる初期仕様デフォルトから脱していくのだという。

 やがて、各々の個性と共に様々な取引方法が生まれ、独自の市場も生まれていく。自然と現世のようなシステムを、学びながら作っていくことになるのだそうだ。

 トレースミシンのような便利な道具があれば、少しばかりの勉強で誰にでも服が作れる。このヒマリのような小学生でも簡単にマーケットに出品出来る、というわけだ。


 僕は二十分かけて作り上げた初めての作品を広げてみた。インベントリで確かめると、エプロンという名称の他に、「クリエイター:ミカゲ ヒマリ」という名前が入っている。隣には「カスタマイザー」という項目があるが、ここは何らかの改造や改良――例えばこのエプロンならアップリケなどを施した人の名前が入るため、今は空欄だ。

 脳内が十八歳というだけあってか、それなりにまともに仕上がったとは思うが、如何せん中身は男の頭脳。もともと細かい作業が苦手なだけあり、身体に似合わず無骨な仕上がりになった気もしなくはない。


(ま、今回はこれでいっか)


 気に入らなければ、また試せばいい。時間はいくらでもあるのだから。



 ◆



 ハッカーの犯行声明と、ドラゴンが集落を初めて襲った日から約一週間が経過した。集落では先日の補修作業を終え、武器の製造法を巡って様々な検証が進められている。

 あれから二日おきぐらいに、小型の爬虫類や肉食の哺乳類、はたまた凶暴な鳥類なんかが襲撃を仕掛けてきている。――公にはされていないが、学校の同級生も、何人か殺されていた。

 小型は農具や警察のショットガンでどうにか退治することは出来るが、先日のドラゴンのような大型が襲ってきた場合はただでは済まない。襲撃するのが常に一匹だけとも限らないのだ。今すぐにでも戦う術を見つけなくてはならないだろう。


 そこで、警察では集落を城塞化しようという計画が進められていた。例えるなら、一昔前に流行ったファンタジー世界の実時間制戦略ゲームR  T  Sのように、集落全体を木製の柵で囲い込み、少し内側に監視塔を置くというものだ。これだけでも小型の肉食獣相手には足止めが通用するし、監視塔からの警官の射撃が加われば、柵を突破される前にある程度は撃破出来るだろう。そうして時間を稼いでいる間に武器を開発し、頑丈な石造りの壁を内側から造って、より堅固な防衛にすればいい。


 そういった柵や監視塔、或いは武器を造るのも、モノづくりという作業の一環である。木を伐採し、木材を加工し、別途造る縄で固定する。そのためには、トレースミシンに並ぶ、プルステラ独自の道具が欠かせないのだが、その独特の操作ゆえに、現世で職人だった人間すら、まずは高校生と一緒にレクチャーを受けなくてはならない。

 とはいえ、それでも利便性や安全性を挙げれば現世の道具の何倍もの効率を叩き出せるのだ。大人で苦労するような力作業ですら子供に出来てしまうのだから、多少時間を費やしてでも学ぶ価値はあるだろう。


 そんなわけで、ヒマリという少女になってしまった自分は、とにかくその小さな身体に慣れるということも含め、小学生としての教育を受けることが最優先となっていた。

 道具の操作だけではない。現世で学んだ知識の大半は、このプルステラでは通用しないのだ。現世には現世の、プルステラにはプルステラの生活の仕方がある。覚えなくてはならない科目は実にたくさんあり、高校生のタイキも同じようなことをやらされていた。


 家庭科の授業が終わると、栄養価が高くて美味しい給食を食べた。昼休みには外で子供に混じってボール遊びをし、残りの授業で日が傾きかけた頃にはいつもの放課後がやって来る。清々しいまでに健康的且つ規則正しい生活だ。

 すっかり汗で身体がベトついてはいるが、しばらくすると何事も無かったかのようにすっきりする。他人の女の子の身体にこう言うのも失礼な話だが、匂いすらしてこない。

 汗が染みついたはずの麻のワンピースだって、いくら汚しても綺麗そのもので、転んだ際の傷なんかは残るものの、毎日洗ったりしなくてもいいようになっている。それはそれで妙な感覚ではあるが、所詮、データ上の汗なのだ。


「ヒーマーリーちゃん♪ 一緒に帰ろっ!」


 鞄を背負って帰ろうとしたところ、同級生の少女、春日井カスガイ美駈ミカルが声をかけてきた。

 騙しているようで悪いが、ヒマリをロールする上では正体を隠しながらこの子と付き合いを続ける必要がある。特に断る理由もないし、二つ返事で頷いた。


 校門を出て、舗装もされていない土の通学路を歩く。


「家庭科、面白かったねー」


 ミカルはのほほんとした表情で言った。僕はうん、と頷く。


「ヒマリちゃんはどこまで作ったの?」

「え? あ、うん。一応出来たよ?」

「すごーい! あたしなんてまだ半分なのにー!」

「あはは……」


 作業が早過ぎるのも問題だ。年頃の子ならもう少し時間のかかる作業なんだろう。

 初めて扱う道具という意味ではスタートラインは同じはずなのに、やはり年の功というものが出てしまうんだろうか。


「このエプロン完成したらさあ」と、ミカルは目を輝かせて言った。「今度は自分の服作ってみたいと思わない?」

「あー、そうだねー。それは同感だよ」

「だよねー!」


 小学六年生の女の子。この歳にもなると、ティーンズ向けファッション誌に手を出している頃だ。男子はともかく、女子は特に学校へ行くにも派手に着飾ろうとする。大人のファッションとどう違うのかと思える程に。

 そんな年頃の女の子がこんな素朴で地味な服装では物足りないはずだ。ヒマリ本人だってそう思うに違いない。

 ファッションにそれほど興味があるわけでもないが、VRMMOをやっていた自分でも、アバターのように何かしらで着飾ってみたいとは思う。何せ、集落の皆が同じ格好をしているのだ。個性のない服装で時々人の見分けがつかないことも多い。


 僕は家庭科で取ったデジタルノートをインベントリから引っ張りだし、もう一度授業の内容を確認した。


「えっと、確か、トレースミシンと糸と布地があれば、作れるんだよね?」

「そうそう。ちょっと頑張ればプロ顔負けの服装だって作れるんだよ。そしたら、ファッションリーダーになれるかな!」


 ミカルはびしっとピースサインで決めポーズをする。カメラがあればここでフラッシュが焚かれるんだろうか。


「あはは。ミカルちゃんならなれそうだ」

「ホント!? よーし! 頑張っちゃおうかなー!」


 ミカルはぐっと拳を作ると、元気よく天に振り上げた。

 ミカルは優等生ってほどでもないが、授業中のエプロンの出来を見る限り、割といいセンスをしていると思う。お世辞でも何でもなく、腕さえ上がれば服飾店ぐらいは経営できるかもしれない。


 しかし――と、僕は考えながら柔らかい布の靴の爪先でトントン、と土を蹴った。

 この世界に降り立った時からずっと履いている靴だが、靴底にゴムが付いているわけでもなく、本当に丸ごと布で出来ているのだ。それなりに頑丈とはいえ、放っておけば近いうちにすり減って破けるんじゃないだろうか。

 それに、足裏も直接衝撃が伝わるので決していいものとは言えない。むしろこれは、早く自分で作れと言っているようなものだ。


「わたし、革製品を作りたいな」僕は自然と自分の気持ちを露にした。「靴とか、バッグとか……布だけじゃ物足りないと思うんだ」


 ミカルはしばらくぽかんとした表情で僕を見つめていたが、やがて、うんうん、と何度も頷いて賛同してくれた。


「ヒマリちゃんは器用だから期待できそうだねー。カッコいいブーツ作ってよ!」


 任せて、と僕は親指を立ててみせた。それから二人で笑いあい、まるで名残惜しく引っ張るかのような長い影を背に、彼女の家の前で手を振って別れる。またね――と。


 集落の中央にある開けた広場まで歩いてくると、大勢の大人達が輪になって何かをしていた。

 残念ながら僕の身長は低くて、中で何をしているのかがさっぱり見えてこない。


「失敗だ!」


 誰かがそう言うと、一斉に嘆息が聞こえてくる。それで何人か抜けたので、隙間を縫って様子を伺った。

 僕ことヒマリの父、大地ダイチと、鍛冶屋を勤めているゲンロクさんの姿が見える。


「今度こそ上手く行くと思っていたんだがなー」


 ダイチはいかにも現場監督のように仕切っているようだが、特に職人だったりするわけではない。

 ただ、有名なVRゲーム会社で何年も専属デバッガーを勤めたとかで、こういった仮想世界の仕組みに関してはとことん強いらしい。


「ダイチさん、どうも根本的に何かが足りない気がするんですよ」


 ゲンロクさんは加工用の重たい金槌を土の上に下ろし、滴る汗を肩にかけた白いタオルでぬぐった。

 この人、現世では人間国宝と称された五十畑イソハタ玄六ゲンロクという鍛冶職人であり、その時に使っていたのと同じ重さの槌や玄翁でなければ、いいものが創れないのだという。実際、この集落にある数々の農具や工具は彼の銘が入った作品が全てであり、その腕の凄さが伺える。


「んー、もう少し刃を縮めてみますか? 殺傷力がありすぎて倫理コードに引っかかってしまったのかも」

「扱いにくくなってしまいますが、モノは試しですな」


 いいぞ、やれやれ、と口々に声がかけられる。

 そこで、僕はダイチと目線が合ってしまった。


「ヒマリ、おかえり! 下校の途中か?」

「ただいま、パパ。何か騒いでたから見に来ちゃった。何してるの?」

「怪物に対抗する武器を作っているんだ。ヒマリにはちょっと危ないから、先に家に帰ってなさい」

「はーい」


 どうやら小さな炉も含め、鍛冶道具一式をわざわざここに用意したらしい。確かにそれなりの熱が伝わってくる。

 槌も叩けば火花は飛び散るし、夏のこの時期には厳しい熱さでもある。言われなくてもだったが、そそくさと退散した。


 その先へ行くと、どうやら酪農家があるらしく、少しだけ寄ってみることにした。

 裏手の窓のない建物から何やら牛の鳴き声が聞こえてくる。表に牛舎があるので違う建物なのだろう。

 まさか、と思ってその建物に近付き、こっそりと重い引き戸を開くと、やはりそこは牛の屠殺場だった。


「おや、子供のお客さんかい? こんな場所に来ちゃ駄目だよ」


 射し込む西日に気付いてしまったのだろう、体格のいいおじさんが顔を出した。


「ごめんなさい。どうやって加工しているのか知りたくて」

「おや、勉強熱心だねえ。お肉はこのボーニングナイフで加工するんだ」


 とおじさんが見せてくれたのは、刃に緩やかな角度が付いている両刃ナイフだった。


「このナイフじゃないと加工が出来なくてね。うっかり包丁で裂いてしまうと肉が台無しになって消えちまうんだ。目的外の道具の傷は、殺傷と見なされるらしい」


 学校でも少しだけ習った。プルステラでのモノづくりは、必ず素材に見合った道具を使わないとエラーにより素材が消えてしまうという措置が取られる。

 恐らくはそのボーニングナイフとやらも牛が相手でなくてはならないのだろう。そのナイフで人を刺そうものなら、ナイフの方が壊れるか、消滅することになると考えられる。

 それほどまでに、先程ダイチの言っていた倫理コードとやらは厳しく設定されている。武器を作ろうにも作れない理由はそこにあった。


「牛革は剥いだりしないんですか?」


 少しだけ覗いた屠殺場に牛の革の残骸はなかった。その事が疑問で問いかけてみると、おじさんは困ったような表情で諸手を上げるジェスチャーを示した。


「残念だけどね。革を剥ぐようなナイフ、スキニングナイフってのは初めから無かったんだ。こういう特殊ナイフはあるってのに、何でだろうね。一応ゲンロクさんに頼んでるんだけどさ、それらしい形状に作ってみてもあの倫理コードとやらに引っかかるらしくて、消えちまうんだ。かなりヘコんでたよ。……まぁ、牛自体は現世よりか何倍も成長速度も速いから、試す機会はいくらでもあるさ」


 ここでもゲンロクさんの名が上がっている辺り、集落中で相当頼りにされているのだろう。とはいえ、ゲンロクさんにも請け負った仕事に責任を持つという職人魂があるはずだ。作りたいものが作れないというのは、さすがに悔しいに違いない。

 もし、この身体で出来ることがあるならゲンロクさんのお役に立てればと思うが、何から手を付けていいのかが全く見えてこない。そもそも、道具そのものの加工だから、僕なんかがどうにかなる問題でもないんじゃないだろうか。


 気付けば、赤い夕陽は完全に西空の彼方に沈んでしまっていた。

 僕は軽く礼を言っておじさんと別れ、夜の帳が下りる屠殺場から踵を返して帰路についた。

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