残念だな

 今日は、安来さんと出かけます。昨日、メールで正門で待ち合わせと連絡がありました。

 ……どうしてこんな、作文みたいな語りになっているかって言うと。


「何だよ、嫉妬か? Fクラスのボスのくせに、心狭いな」

「狭くて結構。こいつは、おれと出かけるんだよ」


 笑顔の岡田さんと、後ろから抱き着いてくる安来さんに挟まれてるからです……ヲイ、どうしてこうなった?



「おう、谷。おはようさん、出かけるんか?」

「はい、おはようございます」


 寮を出ようとした時に、三毛猫を膝に乗せた寮長から声をかけられた。

 頷いて挨拶した俺に、足元の黒猫用にねこじゃらしを振っていた寮長が首を傾げた。


「って、今からだと昼までバスないやろ? 迎えが来るんか?」

「そうなるん……ですかね?」

「いや、俺に聞かれても」

「ですよね」


 当然、寮長に笑いながら言われたけど、時間と待ち合わせ場所しか聞かされていない俺としては、これ以上は答えられない。


「行って来ます」

「あぁ、気ぃつけて」


 だからそれだけ言って、俺は寮を出た。そう、約束の時間は十時半で、場所は通用門(休みなんで、バスの時間以外は正門は閉まってる)だ。


「おはよう」

「……おはようございます」


 出かける生徒には会わなかったけど、守衛の岡田さんは今日もいた。相変わらずの男前だけど、副会長にバラされた恨みがあるんで、挨拶にちょっと間が空いた。


「何だ、もうバレたか」

「そもそも、最初から話さないで下さいよ……まぁ、面倒にはならなかったですけど」

「そうか、良かったな」


 そう言って、岡田さんが俺の頭にポンッと手を置いてきた。おそらく変装中の真白も含めて、美形って他人に近づくのにあんまり抵抗ないみたいだよな。まあ、痴漢とかには間違われないだろうけど。


「いきなりそういうことすると、勘違いされません?」

「お前は、勘違いしないだろう?」

「はい」


 まあ、平凡な外部生なんで。何でもソッチの方向には持ってかないけどさ?

 即答すると、岡田さんが笑ってクシャクシャ頭を撫でてきた――うん、勘違いをしないんで『気を使わなくて良い相手』って認定されたらしい。

(平凡には縁のない苦労だな)

 そう思ってたら、不意に後ろから引っ張られた。

 ……そして安来さんの腕の中に収まり、話は冒頭に戻る。



「岡田さん、俺達で遊ばないで下さいよ……安来さん、おはようございます」


 挟まれたまま睨み合われるのも何なんで、俺は岡田さんにそう言って安来さんを見上げた。そんな俺に、安来さんが軽く目を見張る。


「……おう」


 と思ったら、安来さんはその目をフッと細めて笑った――これも、ツンデレって言うのかな? いや、でもツンは周りにでデレは俺にだから、ただのデレか?

 そんなことを考えてたら、俺と向き直った安来さんがコツン、と額を俺の額に当ててきた。


「何、考えてんだ?」

「……何も?」


 安来さんがツンデレかどうかって、わざわざ本人に言うことじゃない。だからそう答えると、しばしジッと見つめられた――何だ、動揺とか意識とかしないと駄目か? しないけど。


「行くぞ」


 平然としたままの俺に、安来さんが観念したみたいに言う。どうやってか聞こうとした俺は、今更ながらに安来さんの後ろにある物に気づいた――黒い、バイクだ。


「乗ったことあるか?」

「いいえ」

「じゃあ、あんまりスピード出さないようにする。曲がる時は、おれに体預けろ。逆に動いたらお互い危ないからな」


 ヘルメットを渡されながらそう言われたのに、俺は頷いた。頷きながら内心、感心してた。

(何て言うか、カッコイイな……これも一種の、エスコート?)

 バイクに乗るのも気に入った相手に甘いのも、安来さんはいちいちカッコイイ。唯一、本当に残念なのはその相手が俺ってことだ。


「岡田さんも安来さんも、どうせなら真白を構って下さいよ」

「いや、どうせならの意味が解らないぞ……もしかしてお前、柏原の同類か?」

「お前の頼みでも、それは却下」


 駄目元で言ってみたら、やっぱり駄目だった。そして一茶が腐ってるのは、岡田さんも知ってるらしい。

(いつもの調子で、岡田さんに突撃したのかな……頼むから今日は、真白と大人しくしててくれよ?)

 まあ、バイクだと追っかけてくるのは無理だろう。ちゃんと土産、買ってくからな?


「……行きましょうか」


 朝から拗ねてた真白と、宥めて?た一茶と奏水に心の中で声をかけ――いつまでも立ち話も何なんで、俺はヘルメットを手に通用門から外へ出た。



「まずは飯、食いに行くぞ」


 後ろに座り、ヘルメットを被った安来さんは、そう言うとバイクを走らせた。

 初めてのバイクで、緊張しないって言えは嘘になる。ただしばらくすると、何だか楽しくもなってきた。

(スピード落としてくれてるのと、自分で運転してないせいかな?)

 カーブで、安来さんの背中にくっつきながらそう思う――あと、頼れる安心感か?

 桃香さんが泣いて喜びそうだけど、この人を書くって言えばまた俺を主人公にって言われるかもしれない。

(てんはなだと、彼氏出すの難しいし……別の話、書く時かな?)

 ちょっと?不良なイケメンは、腐ってない読者にも人気あるからな――そんなことを考えてるうちに、バイクは目的地らしい店へと着いた。


 バイクが到着した店は大きな窓のおかげで明るくて、木のテーブルの並ぶ寛げる感じの店だった。

(洋食屋って、看板出てたよな……良かった、変に気取った店じゃなくて)

 お互い、普段着(安来さんはシャツ、俺はパーカーで下は二人ともジーンズ)。それでも、金持ちの感覚は解らなかったんで内心、ホッとしてメニューを取ろうとしたけど――その前に、水を運んで来た店員さんに安来さんが言う。


「オムライスとミックスセット」

「かしこまりました。お飲み物は?」

「オレンジジュースと珈琲」


(……えっ?)

 店員さんの前だからって言うより、驚いて咄嗟に言葉が出なかった。そんな俺に(勝手に)注文を終えた安来さんが言う。


「何だ、卵アレルギーでもあったか?」

「……いえ、アレルギーとか好き嫌いはないです、けど」

「じゃあ、おれがおごるからお前は黙って食え」


 そう言われると、頷くしかないんだけど――えっと、この流れだと俺がオムライス食うのか?


「オムライスもモツ煮込みも、美味いんだろ?」

「っ!?」

「けどお前、オムライス食ってないよな」


 それは昨日の昼休み、食堂で俺が言ったことだった。って、何で(昼飯含めて)安来さんが知ってんだ?

(いや、まあ、悪目立ちして噂になってんのかもしれないけど)


「食堂のとは違うけど、ここのも有名だから」

「……はぁ」


 我ながら間の抜けた返事になったのは、好き嫌い以前にしばらくオムライスを食べてないからだった。だって外食はしないし、自分一人の為にわざわざ作らないだろ?

 そこまで考えて、料理の前に出されたオレンジジュースをストローで飲む。

(食べてないから、食わせたくなったってことか? 俺のこと面白いって言うけど、安来さんも十分面白いよな)

 そう思い、目を上げるとこっちを見てる安来さんと目が合った。


「まだ、怖くないか?」

「そうですね、はい」


 返事をしたところで、安来さんが俺を誘った理由らしきもの――怖がらない俺が珍しい、を思い出した。しまった、嘘でも否定するべきだったか?

(けどなぁ、今更怖がっても白々しいし)

 そう思った俺の頭に、ポンッと安来さんの手が置かれる。


「……何でしょう?」

「消毒?」


 いや、俺に聞かれましても。

 さっきの、岡田さんとのやり取りのせいかな――そう思っている俺と、されるがままの俺の頭を撫でる安来さんに、店員さんが「お、おおお、お待たせしましたっ」と声をかけてきた。えっと、動揺しすぎです。


 確か、真白が食べてたオムライスはデミグラスソースで、ご飯の上にオムレツが乗ってるタイプだった。

 安来さんの言った通り、この店のはご飯を包むタイプのオムライスで、かかってるのもケチャップだ。でも食べてないけど多分、同じくらい美味しいと思う。

 安来さんの頼んだミックスセットは、ハンバーグとエビフライ、チキンのグリルが並んでいた。


「ほら」


 俺が見ていると、安来さんがエビフライを差し出してきた。


「自分で取るって言う選択肢は?」

「却下」

「……いただきます」


 笑って断られるのに、仕方なく口を開けて食べた。昼にはちょっと早いけど、チラホラとお客さんはいる。モタモタしてるより、さっさと食べて店を出た方が良い。

(うま……)

 カラッとしたエビフライを味わって、口を開く。


「ありがとうございます、美味しいです」

「だろ?」


 そう言った俺に、安来さんが得意そうな笑顔を見せた。

 そして俺は料理の美味しさと、安来さんの『俺なんかに』振る舞われるイケメン&デレの残念さを、しみじみとかみ締めた。



 真白達への土産にマカロンを買い、俺達は洋食屋を後にした――その後、再びバイクに乗ってやって来たのは。


「海、ですね」

「だな」


 目の前に広がる、水平線――とは言え、砂浜のある海水浴場じゃなく倉庫が並ぶ埠頭だ。まあ、まだ水遊びって季節でもないんで、ただ海を見るだけなら十分だと思う。

(人もいなくて静かだしな)

 そこまで考えて俺は質問って言うか、話をするなら今じゃないかって思った。


「……確かに、おれは安来さんのこと怖くないですけど」

「ん?」

「これだけ優しくされて、逆に怖がる方が失礼じゃないですか? あと、動じない俺を面白がってるかもしれませんけど、それこそいつあなたのことを意識するか解らない。そうなったら、珍しくも何ともないでしょう?」


 一気に尋ねた俺に、安来さんが軽く目を見張る。けど、すぐにハ、と笑って。


「何の説教だ?」

「安来さんがその気になれば、俺みたいなのはたくさんいるんで目を覚まして下さいってことです」

「……いるかよ」


 本当のことを言ったのに、何故か否定されてしまった――更には正面から抱き締められて、さて、どうしようかと思う。


「お前みたいな奴、他にいない」

「その根拠は?」

「この状況で、まだ言うか……おれは、怖がられるだけじゃない。媚びてくる奴も多い。なのにお前は、どっちでもない……おれに対して、まるで無関心だ」


 えっと、惚れた理由が生徒会みたいに『自分を見てくれた』じゃない(むしろ真逆)ってことか? ただ、無関心って言うのは心外だと思う。


「俺、安来さんの恋を応援したかったくらい、好きですよ?」

「……だったら、おれとつき合えよ」

「それなら尚更、おれがいつか安来さんを意識するようになったら、つまらなくなるでしょう?」

「むしろ、しろよ……させたい」


 そう言うと、安来さんは抱き締める腕に力を込めてきた。おかげで少し、爪先立ちになるくらいに。

(残念だな)

 こう言うシチュエーションは女の子か、せめて可愛い男の子とやるべきなのに。そうだったら俺は、素直に応援出来るのに。


「……今は?」


 そして安来さんは、俺の『過去形』に気づいたみたいだ。


「応援は全く出来ませんし、安来さんの気持ちに応えることも出来ません」

「好きでいるのは、いいんだな?」

「……止めるべき、なんでしょうけどね」


 そう、こんな平凡庶民に引っかかってないで素敵な彼女や彼氏を見つけて欲しい。

 だけど、こうして抱き締められてると安来さんの気持ちが解るから、踏みにじることも出来ない。困ったことに、それくらいは俺、安来さんのことが好きなんだ。

(だからって、ほだされて付き合うとかは出来ないけど)

 BLである展開だけど、流石にそこまでは好きじゃない。そう思ってたら、ボソリと安来さんが呟いた。


「クソ……嬉しいのが、ムカつく」


 ……あぁ、また安来さんのイケメンぶりが無駄に大盤振る舞いされている。

 安来さんの腕の中でそんなことを考えてる辺り、俺と安来さんの気持ちは完全に平行線なんだって思った。



 告白を断ったんで、埠頭で解散も覚悟した。

 だけど、安来さんは紳士だった。ちゃんと俺をバイクに乗せてくれて、学校まで送ってくれた。


「夕飯、良かったのか?」

「はい、真白達が待ってますから」


 食材なんかはあるけど、ちょっと買いたいものがあるんでコンビニに寄ることにした。

 ヘルメットを渡し、頭を下げると安来さんが無言で撫でてきた――これはすっかりデフォルトか、そうか。


「……名前」

「え?」

「お前が下の名前呼ばれるの、苦手なら……代わりに、おれのことは刃金って呼べ」

「……刃金、さん」

「おう」


 あ、そっか。真白達のことは下の名前で呼んでるからな。

 言われた通りに名前を呼ぶと、安来……刃金さんは、嬉しそうに笑った。うん、もうデレ確定ですね。


 食べ物も充実してるけど、このコンビニは冷却ジェルシートやドリンク剤、あとちょっとした薬もドラッグストア並にある。

(あれ?)

 夜更かしするのに、カフェインドリンクを買おうとしたら先客がいた。


「こんばんはー」

「お疲れ様で、す……」


 笑顔で声をかけてくる会計に、挨拶をしながら棚を見ると――目的の、カフェインドリンクが無い。

 まさかと思って会計が持ってるカゴを見ると、カフェインドリンクの箱が三個入ってる。


「あ、ゴメンねぇ? 一個いる?」

「……いえ」


 俺の目線から気づいたのか、会計が尋ねてくる。それに短く答えつつ、俺はあることに引っかかっていた。

(ドリンク剤までなら、新歓準備で疲れたからとか「流石、チャラ男会計」って思うけど……カフェインドリンクって、ガチすぎるだろ?)

 それこそ趣味にしろプロにしろ、創作活動してないと知らないんじゃないか? そう言えば「もう一人、腐男子いるかも」って思ってたよな?

(会計がチャラ男キャラ作ってるのって王道だし。まぁ、腐ってても読み専って可能性は勿論、あるけど)

 でも、だけど……悩む俺の横を、会計が通り過ぎる。


「考え込むと無言で固まる癖、変わってないんだね……りぃ君?」


 ……その呼ばれ方に、俺は驚いて振り向いた。

 俺はキャラ的に、ほとんどあだ名や愛称で呼ばれない。だけど昔、一人だけ……そう、幼稚園で一緒だった友達とだけはお互い愛称で呼び合ってた。


『……なら、どうだ?』

『うん! じゃあボクは、りぃ君って呼ぶねっ』


「かー君……?」


 レジへと向かう会計の背中を見送りながら、俺はポツリと呟いた。

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