オンリーワン?

「「「キャアァアッ!! 」」」


 そして、次の日。

 食堂に入った途端に上がる歓声と向けられる敵意に、俺はこっそりため息を吐いた。

(それでも表立って文句言わない辺り、会長の一言が効いてんだな)

 一茶によると昨日、食堂で会長は「真白に手出ししたら承知しない」と言ったらしい。確かに昨日から、おおっぴらには罵られてはいないよな。

(その分、内に篭ってそうだけど)

 内心、肩を竦めながら俺は食堂奥へとついて行った。生徒会と風紀委員用には、専用席がある。最初、聞いた時は大げさだと思ったけど、あの雰囲気の中で食べるよりはマシだ。

(……雰囲気悪いのは、こいつらだけで十分だ)


「真白、今日も可愛いな」

「紅河の目は節穴ですか? 真白は『いつも』可愛いんですよ」

「……ん」

「抱き心地も最高だし♪」

「「あーっ、沙黄ズルいーっ!!」」


 生徒会の面々は、呼び出しておいて俺には全く話しかけてこない。まあ、それはむしろ願ったり叶ったりなんだけど、真白をチヤホヤしながらも俺の様子を伺っている。

(俺、友達ですから。ヤキモチなんて、妬きませんから)

 直接、言った方がいいのか? でも、変にプライド高そうだから逆ギレされても嫌だしな。


「真白、昨日はお腹空きませんでしたか? 今日は何を注文しますか?」

「モツ煮込みて……」

「真白には、少し辛いと思う。俺の一口食わせてやるから、他の頼め」


 そして、副会長が注文を仕切り出したけど――真白が注文しようとしたのを、俺は止めた。

 だってこいつ、お子様舌なんだよ。一昨日のカレーも、牛乳とかトマト入れて真白の分だけ甘くしたし。


「「「「「っ!?」」」」」


 って言うか、これくらいのことで怒るのやめてくれ。イケメンのくせに、心が狭いにも程がある。


「随分と、知ったような口を叩く庶民だな」

「……はい?」


 あれ、注文が終わったと思ったら何か、俺様会長が絡んできたぞ?


「貴様も、真白とは会ったばかりだろう? 真白の何を知ってるって言うんだ?」

「そうですね、食べ物の好き嫌いくらいです」


 朝晩作るんで、真白だけじゃなく一茶や奏水にも聞いた。だからそう答えると、途端に生徒会の間に沈黙が落ちた。

 と思ったら、真白の後ろで顔を突き合わせて内緒話を始める。


「あいつは何だ? 真白の嗜好を把握とか、執事でも目指してるのか?」

「落ち着きなさい、紅河。庶民は店に行けないんで、下手なくせに手料理だからと勝手に価値をつけてアピールするんですよ」

「……ライ、バル」

「まあ、健気っちゃ健気? 正直、手作りとか重いけど」

「「真白が可哀想ー」」


 内緒話、聞こえてるぞ。ってか、価値観が別物すぎて怒る気にもならない。

(そんなに真白が好きか、お坊ちゃん共……盲目っぷりが本当、残念だよな)

 ベタ惚れ馬鹿は萌えるって聞くけど、萌える……か? 同じ男としては本当、残念としか思えないけど。

(夜にでも、桃香さんに聞いてみよう)

 ただ、あまりにも馬鹿だと無駄にページ取りそうなんだよな。

 生徒会と進展させようかと思ったけど、他の相手探そうかな。まだ見ぬ風紀委員長とか、親衛隊隊長とかどうかな?


「……ろ」


 そんなことを考えてたら、生徒会に囲まれた真白がボソリと呟いた。あぁ、まあ、俺に聞こえるんなら真白にも聞こえるよな。


「「「「「えっ?」」」」」

「いい加減にしろよ、お前ら……オレのしっ、親友に酷いことを言いやがって!」


 あ、親友発言で照れた。真白、和みをどうもありがとう。

 まあ、アンチじゃなきゃ普通、友達悪く言われたら怒るよな。今更ながらに気づいたのか、生徒会の間に動揺が走る。


「真白、いいって」

「だって!」

「ここの飯、美味いだろ? これが、プロの料理。素人の俺が下手なのは当然。むしろ、比べるのは失礼」

「……でも、谷の飯も美味いのに」


 話をすり替えてるのは承知の上で、俺は真白を宥めようとした。

 だけど、真白はプクッと頬を膨らませて機嫌を直そうとしない。さて、どうするかと思ってるとウェイターさんが料理を運んできた。

 一瞬、モツ煮食わせて真白の機嫌取るかと思ったけど――駄目だ、今やったらそれはそれで生徒会を刺激する。

 内心、頭を抱えてたら思わぬところからフォローが来た。


「……申し訳ありません。少し、言い過ぎてしまいましたね」


 驚いた。まさかの変態改め副会長の口から、謝罪の言葉が出るなんて。たとえ真白を気遣ってだとしても、十分偉い。本当にちょっとだけど見直したぞ、副会長。


「俺の方こそ、申し訳ないです。会長の仰る通り、知り合ったばかりなのに真白を振り回してしまって。同級生の分を弁えて、これから気をつけます」


 ここぞとばかりに、俺は「もう皆さんには近づきません! 真白も任せた!」とアピールしてみた。そのおかげか、生徒会からのプレッシャーがちょっと弱まった気がする。


「……やだ! 谷はオレの親友っ、なんだぞ!」


 とは言え、当の真白はと言うと俺の同級生発言を受け入れなかった。ところで、二回目はちゃんと照れずに言えるようになったんだな。


「真白? 友達は、別に何人いてもいいだろ?」


 別に、俺だけにこだわらなくていい。そう思って、モツ煮の入った皿をさりげなく前に出して言ったら、何故だか真白だけじゃなく生徒会一同にも驚かれた――えっ? 俺、何か変なこと言った?


「真白を前に、よくそんなことが言えるな貴様」

「真白の代わりは、いませんよ」

「……ん」

「何、実は俺と同類?」

「「浮気者!」」


 えっ? 俺、友達って言ったよな? 何で恋バナになっちゃうんだ? こいつら頭と目だけじゃなく、耳もご都合主義なの?

 ……そこまで考えて、俺はあることに気づいた。

(これって、男同士だからか?)

 結果は違うけど、スタート地点は――一緒にいたいって言うのは、同じだし。だから、友達の俺でも敵視されるのか? そして、何人もって言うのが信じられないになるのか?

(理解は出来たかな。共感は全く出来ないけど……ただ、なぁ)


「モツ煮込みも、オムライスも美味いですよ」

「「「「「「は?」」」」」」

「オンリーワンは素敵ですけど、それぞれの良さもあるじゃないですか。どっちか一つに決めて、もう一つを食べないなんて、勿体無い」


 あと、言わないけどオンリーワンよりナンバーワンの方が上なんじゃないのかな? だって他もしっかり見て、その中で選んだってことだろ?

 また浮気って言われるか。それとも、勿体ないが庶民発言かって嫌味の一つも出るかと思ったけど――俺の予想に反して、誰も何も言わなかった。正直、真白はもう少し粘るかって思ったから意外だった。


「いただきます」


 昼休みの時間には限りがあるので、俺は両手を合わせた。そんな俺に促されるように、真白達も食事を始める。

 モツ煮込みはやっぱり辛かったみたいだけど、美味いとも言っていた。嘘はつけない奴なんで、本心なんだろう。うんうん、その調子で周りに視野を広げろよ?

(一人だけを想うって、怖いからな)

 主に、その相手と死に別れた時に――俺の親みたいに、人なんて本当あっさり死ぬんだから。



「さっきは、ありがとうございました」


 真白の言葉が効いてるのか、生徒会のメンバーはこの後も新歓準備に勤しむらしい。

 もう会うこともないだろうから、俺は食堂を出たところで副会長に礼を言った。と、何故か腕を引っ張られて真白達から離された。


「僕はただ、借りを返しただけです」

「えっ?」

「守衛さんから、転校生が保健室に運ぼうとしてくれたと聞きました。真白だと思ってましたが、違うと言われて……べ、別にあなたに気遣われなくても平気でしたけど!」


 おぉ、出たよツンデレ。ってか岡田さん、言わなくていいって言ったのにお喋りめ。


「ですね」


 まあ、年上(会長と副会長は三年)なりの精一杯の努力は認めよう。謎が解けてスッキリした俺は、それだけ言って教室へ戻ろうとした。

 ……そんな俺の手が、再び引っ張られる。


「怒らないんですか?」

「はい?」

「僕なら、あれだけ失礼なことを言われたら怒ります。何が目的ですか?」


 目的って言えば、まあ、俺は新作の取材だけど――これだけのことで疑ってかかるとか、苦労してんだなこの人。

(金持ちって、大変だな……ただ、ここで「副会長の性格は解ってる」とか言うと、変なフラグ立ちそうだし)

 厳密に言うと、解ってるのは王道学園物の副会長で『この人』じゃない。

 ただ、解らないながらも何かしら答えを返さないと、不安だろうなとは思う。とは言え、新作云々は言えないし俺、恋の応援ってキャラじゃないし……あ。


「世界が違うからです」

「は?」

「たまたま同じ学校になりましたけど、庶民の俺とお……王子様みたいな皆さんとでは、世界が違います。でしょ?」


 危ない危ない。もうちょっとで『王道』って言うとこだった。

 とにかくそんな訳で怒ったり、ましてや喧嘩したりなんてありえない。世の中ってそう言うものだろ? まあ、媚びを売るって選択肢もあるけど面倒だし。

 後半は口に出さなかったけど、何となくは通じたみたいだ。妙な顔をしながらも、副会長は手を離してくれた。

 そんな副会長に頭を下げて、俺は真白と教室に戻った。

(これで月曜に新歓が終われば、ちょっとは落ち着くかな?)

 さっきも言ったけど、これでもう生徒会と会うことはないだろう。俺は、そう思っていた。


「……変な子ですね」


 だからぽつり、と副会長がそんなことを呟いていたことには気がつかなかった。



 その日の放課後、俺はコンビニと言う名のスーパーに行った。明日は安来さんと出かけるし、日曜は小説の修正をしたいんで、今日の夜のうちに作り置きしておこうと思ったからだ。


「谷! オレ、ハンバーグ食いたいっ」

「えっ、リクエストいいの? デザートもOK?」

「……モヤシのナムル、また食べたいな」


 もう十分、目立ってるんで一茶達にも荷物持ちでついて来て貰った。貰ったけど――高校生の筈だが子供か、お前ら。


「真白、ハンバーグの挽き肉でロールキャベツも作るからキャベツ取ってこい。一茶は、迷わないようについてってやれ。ちなみにデザートは、凝ったものは作らない。奏水はありがとな、辛いの結構好きか?」

「うん、見かけに合わないって言われるけど」

「見た目で飯食う訳じゃないのにな?」


 真白と迷子防止の為に一茶へと指示を出し、奏水の言葉にそう言うとクスクスと言う笑い声が返された。うーん、可愛いのが笑うとますます可愛くなるな。


「ん?」


 不意に、制服のポケットに入れていた携帯が震える。見ると、桃香さんからのメールだった。

(何だ?)

 仕事関係のメールは夜、原稿とかを送った後に来ることが多い。何だろう、と思って中を読むと。


『今日、Lasah(ラサ)さんとグッズの打ち合わせしたんだけど……出灰君の新作の表紙も、描いてくれるって!』


(…………は?)

 Lashaさんって言うのは、デリ☆で活動してる絵師様で、俺の小説の表紙を描いてくれた人だ。サイトだけじゃなく、書籍化された本のイラストも担当してくれている。

 ちなみに、Lashaって言うのはクリエーター名(ペンネームみたいなもの)で直接、会って話したことはない。年とか性別も公表されてないけど、サイト内のメッセージでやり取りした感じだと、穏やかで優しそうな人だった。

(イラストも繊細で、可愛くて綺麗で……そんな人に、BLのイラストを描かせる、だと?)


『駄目ですよ。何、パワハラしてるんですか桃香さん! 恩を仇で十倍、いや、百倍返しになっちゃうじゃないですか!?』


 俺は慌てて、桃香さんにメールを送った。本音を言うと電話したいが、今は真白達がいる。

 桃香さんの暴走に内心、頭を抱えていると俺の携帯がまた震えた。


『大丈夫大丈夫。Lashaさん、腐属性ガッツリあるから。むしろ喜んでたわよ?』


(……へぇ……)

 ちょっと、いや、かなり知りたくなかった情報を聞かされて、俺は何とも言えない気持ちになった。そりゃあ、俺もこうだからさ? 作品と本人は違うって解ってるけどさ?


「ちょっ、大丈夫か!?」

「奏水……谷君、どうしたの?」

「いや、何か……メール読んでから、急に……大丈夫かな?」

「谷君? 架空請求のメールは、返信しなけりゃ問題ないから安心して?」

「谷! 悪い奴は、オレが追っ払うからっ」

「あー、うん……ありがとな」


 どうやら俺は、傍から見て相当落ち込んでいたらしく――三人に、随分と心配(多少、的外れだけど)をかけてしまった。うん、反省しよう。

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