どれも正解、数学じゃないですからね

「「僕達もおやつ食べたい!」」

「…………は?」


 現在、時間は午後の二時。

 気分転換と、一茶からリクエストされたのとで、バナナケーキを作ることにした俺だったけど。

 ……何で、ここ(コンビニ)で庶務双子におねだりされてるんだ?



 昨日は、カフェインドリンクが無くても眠くならなかった。

 けど、小説も書けなくて……観念した俺は、ベッドに寝転がりながら昔のことを思い出してた。


『かー君』と会ったのは幼稚園の時だった。大きな目。見た目もだけど、名前も女みたいだってよくからかわれてた。

 ……もっとも中身は結構、しっかりしてて先生(主に女性)や女の子を味方につけて、苛めっ子達の株を急降下させてたけどな?

 そんなあいつを俺は名前じゃなく、苗字の『梶山(かじやま)』から取った愛称で呼んでいたから、下の名前はすっかり忘れてた。


『りぃ君』


 普通、俺の名前だと『いっ君』とかになると思うけど、あいつは特別だって言ってそう呼んでた。そして親が迎えに来るまで、二人で『お話』を作って遊んでたんだ。

 俺が、話を考えて。

 あいつが、それを絵に描いて。

 だけど『かー君』は、急にいなくなった。引っ越したんだって、後から母親から聞かされた――その後は、俺の父親が事故で死んだせいもあり、時折思い出す程度だったけど。

(苗字は違うけど、確か名前は『サキ』だったし……あの呼び方だと多分、間違いないよな)

 ……そんな昔の友達が、思わせぶりなことを言うだけ言って、立ち去ったのは何故か。

(もし、あいつが腐ってたら……今の状況って、面白いって言うか萌えるよな?)

 うん、一茶を見てる限りありえる。俺からすれば真白だけでいいじゃんって思うけど、平凡受けって需要あるからな。

(幼なじみ投下で、新展開を狙ったか?)

 うん、まあ、成功してるよな? 現にこうして俺、あいつのこと考えてるし。BL的な萌えって言うより、シミュレーション感覚だけど。

 それにしても、萌えの為に体を張るとは大したもんだ――会計、もといかー君の目的らしきものが解り、スッキリした頃には朝だった。



 今日は出かけないので、少し遅めの朝飯を真白達と食べた。

 昼はそれぞれ食べたり、食べなかったりするそうなんで洗濯と、部屋の掃除でもするかと考える。と、食器を洗って戻ったところで、一茶からリクエストが出た。


「谷君、俺、ケーキ食べたい」

「ケーキ? あぁ……」


 そう言えば一昨日コンビニで、そんな話をしていたなと思い出す。


「一茶って甘党だよね……まあ、僕も谷君のなら食べたいけど」

「オレも食いたい!」

「前も言ったけど、簡単なのしか作れないぞ?」


 一応、確認してみたが三人からキラキラした目で見られたんで、おやつとして作ることにした。

そして掃除洗濯を終わらせた後、材料を買いにコンビニへと来たんだが。


「「あー、浮気者だーっ」」

「……お疲れ様です」


 バッタリ会った双子庶務に、随分と人聞きの悪い呼ばれ方をされた。

 制服を着ているところを見ると、明日の新歓準備だろうか? 挨拶に労いの意味を込め、バナナを買いに行こうとしたら何故か前を立ち塞がれた。


「「ちょっと待ってよ!」」

「えっ……あぁ、新歓楽しみにしてます?」

「「違うよ!」」


 言葉が足りなかったかと思って付け加えたけど、揃って否定されてしまう。意味が解らず首を傾げると、双子庶務がクルクルと場所を入れ替わった。


「「どっちが、どっちでしょう!」」

「……やりませんよ」

「「何で!?」」


 いや、ここコンビニだし。真白にもう、見分けて貰ってるし、そもそも解らないし――それに、何よりも。


「本当は、別に見分けて欲しくないんじゃないですか?」

「「っ!?」」


 いや、だって本気で見分けて欲しいなら髪型変えたり、目印つけたりするだろう?

 だからそう言って、立ち去ろうとしたんだけど……両側から腕を掴まれて、動けなくなった。


「「真白には、言わないで!」」

「……言いませんよ」


 言っても真白は気にしないと思うけど、まあ、断る理由はない。


「前も言ったけど、それって別に決めつけなくていいんじゃないですか?」

「「……えっ?」」

「数学じゃないんですから。今までは違ってても、口止めするってことは見分けて貰って嬉しかったってことでしょう? 真白に会えて、良かったですね」


 ここぞとばかりに言ってみる。あとは、最終的には真白『に』見分けて貰うのが嬉しいになるといいな。

 そう思いながら言うと、双子は大きな目を更に見開いて――何故だか、ますます俺の腕にしがみついてきた。


「あの……俺、おやつの材料買いたいんですけど」

「「僕達も、おやつ食べたい!」」

「…………は?」

「「紫苑がプリン用意してたけど僕達、違うのが食べたくて……だから、ちょうど良いよねっ」」


(……えっ、と)


「口に合わなくても、知りませんよ?」

「「うんっ」」


 けなしてた手作りなんだけど、と思いつつも、真白に会いたいんならまあ、良いか。そう結論づけると、俺はやっと離れてくれた双子庶務にホッとして、バナナを取りに行った。


「……驚いたね?」

「うん。真白とは違う」

「「あいつ、ビックリ箱みたいでワクワクする」」


 だから、二人がそんな会話を交わしてたなんて知らなかったんだ。



「空青、海青! どうしたんだ?」

「「おやつ食べに来た!」」

「谷君は本当、一級フラグ建築士だね!」

「一茶……うん、でも否定出来ないかな?」


 両腕に双子庶務を連れて帰ってきた俺に、真白達が口々に言う。


「今、準備する」


 基本、生徒会メンバーには敬語使ってるけど、ここ俺の部屋だし。双子庶務とは同じ年だから、ちょっとくらい良いよな?

 そう思ったけど、目を真ん丸くされた。失敗したかな、と思いつつ俺はキッチンへと向かった。

(ホットケーキミックスと卵と牛乳、砂糖……計って、バナナ切って、一本は潰して……と)

 簡単な作業だけど、いや、むしろだからこそ頭が真っ白になる。そして混ぜ合わせたそれらを、俺はバターを塗ってもう一本のバナナを並べた炊飯器へと投入した。


「「何それっ!?」」

「……炊飯器、知らないんですか?」

「「じゃなくて! ケーキ、作るんだよね!?」」

「作ってますよ? あとは、炊飯器がやってくれます……三十分くらいかかるんで、ジュースでも飲みますか?」


 どうやらこう言うレシピには馴染みがないらしく、双子庶務はマジマジと炊飯器を見た。

 そんな二人に声をかけると、何故かほっぺたを膨らませてしまう。


「いや、時間かかりますから」

「……そうじゃなくて」

「何で、さっきみたいに話さないの?」


 あれ、この二人、それぞれ喋れるんだ?

 当然のことにまず驚き、次いで言われた内容に首を傾げる。


「すみません、タメ口なんて庶務様方に失礼でしたよね」

「「それもっ!」」

「……も?」

「「もう……解ってるのに、解ってないよね? 面白いけど、ムカつくっ!」」


 ますます訳が解らず、おうむ返しになった俺を庶務双子が揃って指差す。と、ブレザーのポケットから青いヘアピンを取り出して、それぞれの頭につけた。


「僕が空青」

「僕が海青」

「「解ったら名前で呼んでよ。あと、敬語も禁止!」」


 左右逆につけたヘアピンを指差し、主張してくる双子庶務――空青と海青に、俺は眩暈を覚えた。断っておくが、寝不足が原因じゃない。

(えっ? 何で真白じゃなく、俺に見分けて欲しいんだ?)

 思わず救いを求めるように視線を巡らせると、一茶が爽やかな笑顔で親指を上げてきた。

 それに親指を下げて応え、俺はほとんど変わらない目線の空青と海青を見返した。

(あぁ、これは確かにチワワってか小動物だわ……目、落っこちそう)


「……空青と海青、ジュースでいいか?」

「「うんっ!」」


 結局、俺は双子庶務の言う通りにした。

(考えてみれば、懐かれはしたけど『好き』とか言われた訳じゃないんだから。突っぱねたら、逆に自意識過剰だよな?)

 途端に笑顔になる二人を見ながら、俺は誰にともなくそう言い訳をした。

 ……あぁ、時間が逆回転出来だらいいのにな。そしたら、コンビニで『やりたいようにやって正解』的なことを言った自分を止めるのに。



 バナナケーキを食べた後、空青と海青は部屋を出て行った――その手に、残りのバナナを使って作ったケーキを持って。


「「明日の新歓準備、頑張るから……ご褒美、ちょうだい!」」

「こんなんでいいのか?」

「「うんっ、美味しかったもんっ」」


 そう言えば忘れてたけど、まだ明日の鬼ごっこの準備中だったな。さっきも言ったけど、材料混ぜたらあとは炊飯器に任せられるし。

 だから、俺は言われるままにもう一個バナナケーキを作って、双子を見送ったんだけど。


「んっ?」


 いつかみたいに、真白が俺のTシャツの裾を引っ張ってくる。


「どうした?」

「……ずるい」

「えっ?」

「オレが、一番最初に谷と仲良くなったのに……なぁ、やっぱり谷に親友になって欲しい。ダメか?」


 眼鏡と鬘(推定)で、相変わらず顔はほとんど隠れてる。

 だけど、声や向けられる視線から必死さが伝わった。真白はアンチじゃなく、毬藻は毬藻でも白毬藻だからな。こうしてちゃんと聞いてくる辺り、律義って言うか何て言うか。

(何で俺かはともかく、皆で仲良くって言ってた時よりは成長したよな)

 つまりは、色んな友達の中で俺を特別にしたいってことだよな。

 そこまで考えてかー君を思い出し、俺は微笑ましい気持ちになった。幼稚園児と同じって言うのも何だけど、何か可愛いんで言うことを叶えてやりたくなる。

(でも、下の名前で呼ばれるのはちょっと)

 我ながら悪足掻きだと思うけど、変に派手だから人前で呼ばれると恥ずかしい。

 だから俺は、代わりに小指を差し出して真白に言った。


「指切りするぞ」

「えっ……えっと?」

「真白の親友だから、怖がらないし嫌わない。嘘ついたら、針千本飲んでやる。指切っ……」


 戸惑う真白の小指に絡め、淡々と誓うと――切ろうとした指が、真白のもう片方の手に包まれて引き止められた。


「真白? 切らないと、指切りにならないぞ?」

「……もうちょっと、こうしてる」


 そう言うものじゃないと思ったけど、何か――下向いてて余計に顔は解らないけど、手とか全身から嬉しそうな感じは伝わってくるからまあ、良いか。


「二人とも可愛いよ、可愛いよ!」

「良かったね、真白」


 そんな俺達に対して、一茶はスマートフォンで写真を撮り、奏水は微笑ましそうにそう言った。

 ……奏水はともかく、平凡と毬藻が指切りしてるのって誰得なんだ、一茶?

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