経験は大事

 桜山高校の漫研に入り、いよいよ漫画制作が始まった。

 入部初日の活動は、自己紹介や好きな漫画の話をしてから、みんなに俺が考えた物語のあらすじを簡単に説明した。

 まだ、プロット作りの段階だが自分の考えた物語を人前で話すのは少し緊張した。

 けれど、ストーリー展開、キャラの特徴などを話していたら徐々に熱中してくるのが自分でもわかった。

 みんなはバカにすることも、口出しすることもなく、しっかりと俺の話に耳を傾けてくれている様子だった。


 「一応、こんな感じのストーリーでいこうと思うのだが、何か質問や感想などあれば是非聞きたいと思う」


 「うちは、キャラの個性が少し弱いと思ったけど、ストーリーはおもしろそうかな」


 真っ先に口火を切ったのは美香だった。

 美香はいつも感心するぐらいに行動がはやく、自分の思ったことはすぐ言わないと気が済まない性格なので、俺が話をしていた時は我慢していたのだろう。


 「キャラの個性か。 まだ、細かくは設定していないが、それぞれの過去話と主人公の女の子と二人っきりになる展開を作って、そこで特徴を出していこうと思っている」


 「私は、主人公の女の子と結ばれる相手との距離の詰め方のテンポが少し早すぎるんじゃないかなと思いました。 逆ハーレムなので、ライバルたちより不利な場面を作って、それを乗り越えたりするほうが盛り上がるかなと」


 白石さんは、いつもはおとなしいがしっかりとしたアドバイスをくれた。

 授業中や教室では、いつも下を向いているのにちゃんと、説明をしている時は俺のほうを見ながら聞いてくれていた。


 「たしかに、白石さんの意見には一理あると思う。 そこら辺は重要なフラグにもなりそうだから展開を少し練り直してみるよ」


 「俺は、普通におもしろそうだと思ったが、ちょっとエロが足りないんじゃないか?」


 「一応、少女漫画のコンテストだから抑えてみたんだが……」


 「少女漫画のほうが過激だったりするんだぞ?」


 「なんで、お前がそんなこと知ってるんだ?」


 「姉貴の漫画を暇つぶしに読んだりしてるからな。 少女漫画もけっこう読んだことはある」


 「なるほど…… ちょっと増やしてみるよ」


 勇太らしい意見ではあったが、しっかりとした根拠があったので一考の余地有りと判断した。


 「優美は何か気になったとこはないか?」


 「私が思ったことは皆さんが言ってくれたので、大丈夫です」


 優美にしては、謙虚というか少し意外な答えが返ってきた。


 「そうか。 また何か気になることやアドバイスがあれば遠慮せず言ってくれ」


 気付けば時刻は夕方18時だった。

 それぞれの作業分担などは、後日、話合うということになり今日の部活は終了とした。

 部室を出て白石さんも含めた5人全員で下校しながら昨日のお笑い番組など、雑談をして盛り上がった。

 白石さんを気遣うように美香がずっと話かけていた。

 新しい仲間に対して美香のコミュニケーション能力の高さはさすがだと思った。

 各々が順番に別れ道で手をふりながら帰路に着く。


 

 家に帰り、冷蔵庫の中にあまり食材がないことに気付いた。

 明日は日曜日だし、明日買い物に行こうと思っていたのだが、仕方なく今からスーパーに行くことにした。


 「優美、ちょっとスーパー行くけど、一緒に行くか?」


 「はい。 着替えてくるので少し待ってください」


 制服のまま、リビングでテレビを見ていた優美を誘うと着替えると言い出したので、俺もなんとなく制服から私服に着替えに部屋に戻った。

 スーパーぐらい制服で行こうと思っていたのだが……

 着替え終わり、優美と一緒にスーパーに向かった。

 俺は、普段着のパーカーにジーパンというシンプルな格好だが、隣を歩く優美はまるでデートにでも行くような服装だ。


 「スーパーに行くだけなんだから制服で良かったんじゃないか?」


 「隼人さんは制服デートがお好みでしたか。 私としたことが……」


 「いや、デートじゃないよ? お肉とレタスと卵買いに行くだけだよ?」


 「隼人さんと二人っきりならそれはデートなんです。 例え、行く場所がスーパーとその隣にあるゲームセンターだとしても」


 「ゲームセンターを勝手に足すな!」


 「プリクラだけでも良いんですよ?」


 「それでそんなかわいい格好してきたのか! 撮らないからな」


 「か、かわいいとか言ってくれるなんて、ちょっと意外ですね」


 もちろんうっかりミスである。


 「とりあえず今日はスーパーに行くだけだからな」


 「じゃあ、明日。 明日デートしましょう」


 「なぜ、そうなった?」


 「明日は日曜日ですよ?」


 「知ってますよ?」


 「何か予定があるのですか?」


 「特にないけど、漫画のストーリーを形にしていこうかなと」


 「それは、大事なことですが…… 隼人さん、真のデートしたことあるんですか?」


 「なんだよ、急に? 真のデートってどんなデートだよ」


 「大人な感じのちゃんとしたデートってことですよ。 自分自身で経験しといたほうが、書きやすいし、展開にもリアリティが出るのでは?」


 「なんか正論っぽいこと言ってるが、若干顔がにやけてるぞ」


 「別に遊びに行きたいだけとか、そういったことではないですよ。 あくまで、漫画制作のために必要なだけです」


 「ちなみに、どこか行きたいとこがあるのか?」


 「映画です! あと、美味しいクレープ屋さんがあるってクラスの子に聞きました!」


 「昼からで良いなら……」


 「じゃあ、決定ですね!」


 おかゆのお礼もあるし、優美が俺の家に来てから街の案内もしてなかったから、たまにはいいか。


 そんなことを考えながら、スーパーで卵を買い忘れた。

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