新しい仲間

 午後の授業が終わり、気付いたら放課後。

 教室では、勇太と俺だけが残っていて、勇太は何やらぶつぶつ言いながらノートとにらめっこしている。

 校内には吹奏楽部の演奏が響き渡り、窓の外を眺めていると野球部が必死に練習をしていた。

 しばらくして、優美と美香が「お待たせ」と言いながら教室に入ってきた。

 いつもの四人が揃い、部員の勧誘方法について作戦会議だ。


 「さっそくなんだが、部員の勧誘をする前に我らの部の名前を決めようと思う。 一応、俺なりに考えて見たんだが、これを見てくれ」


 すっかりやる気満々の勇太が、さっきまでにらめっこしていたノートを見せてきた。

 ノートには、部の名前候補がいろいろ書いてあったが、どれも実に勇太らしいネーミングセンスというか、活動内容を誤解されそうな名前ばかりだった。


 「勇太、青春部って何? 名前からして暑苦しくなるんやけど」


 「勇太さん、この恋愛部ってなんですか? 脳内お花畑なんですか?」


 素直な意見だと思うが、美香と優美は相変わらず容赦ない。

 何より、勇太を見る目が冷たすぎる。


 「まぁ、ネーミングセンスはともかく、部の名前を考えてきたやる気は認めようぜ。 それより、昨日調べたんだが、すでに漫研はあるみたいだぞ」


 「じゃあ、そこに入れてもらったらすぐ作業できるんやない?」 


 「今から部員を集めて部活を作るよりは効率は良いですね」


 「俺は反対だ! そもそも部活を自分達で作ることに意味があるのだ!」


 「とりあえず見学に行ってみるか?」


 「そうですね。 あまりにも雰囲気が悪そうとかだと入りたくないですし」


 「とりあえず行ってみようよ。 隼人、どこにあるの?」


 「おい! 俺は、反対だと言ってるだろ!」 


 「美術室とかがある別館にあるみたいだな。 三階の一番端っこに使われてない教室があるだろ? あそこみたいだ」


 「ちょっと遠いけど仕方ないですね」


 「何人ぐらい部員いるのかな?」


 「人数とか詳しく書いてなかったから直接聞いてみようぜ」


 「だから! 俺は、反対だと何度も言ってるだろ!」


 俺と優美と美香が鞄を持って教室を出ると、勇太も文句を言いながらついてきた。

 別館に向かう途中、中庭ではバレー部の女子が柔軟運動をしていた。

 鍛えられてはいるが、やはり発育途中の女子高生らしい体つきで開脚している姿は素晴らしかった。

 いや、もちろん健全な意味での話だ。

 勇太は完全に釘付けになっていたが、俺はチラチラ見る程度にしといた。

 もちろん、やましい気持ちは微塵もないが、練習の邪魔になってはいけないと思っての俺なりの配慮だ。

 断じてエロい目で見ていたとかはない。

 女子バレー部の皆さんのおかげで勇太も何やら機嫌が良くなったようだ。

 全く、わかりやすいやつだ。


 別館に着き目的地の三階の教室の前、先頭を歩いていた美香がドアをノックした。


 「は、はい。 どなたですか?」


 聞き覚えのある声で返事が聞こえると、ゆっくりとドアが開いた。

 俺達四人を出迎えてくれたのは、白石さんだ。


 「み、水町くん!? どうしてここに!?」


 「見学に来たんだ。 入って大丈夫かな?」


 「あ、は、はい!」 


 始めて入った漫研の部室、真ん中には長テーブルがあり、壁際には本棚に漫画がズラリと並んでいる。 

 西側にある大きな窓は少し開けられていて、春風がカーテンレースを揺らしていた。

 その大きな窓の前には、デスクトップ型のパソコンが大きな机の上に置かれていて、パソコンの横には赤と白の綺麗な花が花瓶に入れられて飾られている。


 「漫研ってもっとホコリっぽくて暗い場所っていうイメージがあったけど、けっこう綺麗な部室ね!」 


 「そうですね。 もっと散らかってると思っていました」


 「あっ、良かったらそちらのイスにでも座ってください」


 「じゃあ、遠慮なく。 他の部員はまだ来てないのか?」


 「え~と…… 実はですね……」


 「あっ、白石さんこの漫画読んでいい?」


 「うちも、これ読みたい!」


 「私は、これが気になります」


 「あっ、はい! どうぞ、どうぞ」


 素直にイスに座ったのは俺だけで、他の三人は本棚の漫画を物色しながら好き勝手に漫画を選んで読み始めた。

 しかも、俺と白石さんの会話の邪魔になるという不始末。

 俺が思わずため息をつくと白石さんが気にしてないよと言わんばかりの笑顔を向けてきた。 しかし、どこか遠慮気味というか引き攣った笑顔を見て、余計に申し訳ない気持ちになる。

 決して遊びに来たわけではないのだから、俺だけでもちゃんと白石さんと話を進めよう。


 「なんか急に来てごめんね。 白石さんがここの部長なのかな?」


 「あっ、いえ、全然来てもらえて嬉しいです。 部長というより、今は私しかいなくていつも一人なので……」


 「え? 部員が白石さんしかいないってこと?」


 「はい。 元々、活動目的が曖昧な部活だったので、遊び半分で入部した人が次々と辞めてしまい私だけになってしまいました……」


 「それっていつの話かな?」


 「部員規定人数の5人を切ってしまったのは、2ヶ月前ですね。 仕方がないことですが後一ヶ月以内に部員が5人揃えわないと廃部になります」


 「規定人数を切ってから3ヶ月以内に部員補充ができなければ廃部だもんね……」


 「じゃあ、ちょうど良いじゃない? うちら4人が入れば5人になるわけだし」


 「そうですね。 昼休みの一件もありますが、それはそれ、これはこれです」


 「勇太はどうだ? やっぱり、まだ反対なのか?」


 「ちょっと待ってくれ。 今めちゃくちゃ良い所なんだ!」


 美香と優美は漫画を読みながらも話を聞いていたようだが、勇太はすっかり漫画に熱中していたようだ。

 全くめんどくさいやつめと思っていたら、優美が立ち上がり勇太の漫画を取り上げた。


 「ちょっと! 何するんだ!? ん? 優美ちゃん?」


 「部員になりますか? なりませんか?」


 勇太から奪った漫画を右手でひらひらと弄びながら、笑顔で質問する優美。

 俺には部員になるかならないかの質問というより、続きが見たいか見たくないかの質問にしか聞こえなかった。


 「な、なります」


 「はい、どうぞ」


 どうやら、勇太にもそう聞こえていたようだ。 


 漫画を返してもらった勇太は続きを読み始めた。

 二人のやり取りは、優美というご主人様が「待て」をしていて、勇太という犬がようやく「よし」と言われたかのように見えた。

 優美は何事もなかったかのように、イスに座り白石さんに視線を向けた。


 「では、今日からよろしくお願いしますね。 部長さん」


 「え? 本当に良いんですか……? そんなにあっさり決めてしまって……」 


 「はい。 私達の目的は部活を作ることじゃなくて漫画を作ることですから」


 「そうね! うちは美香、これからよろしくね!」


 「よろしくな。 白石さん」


 「白石 香織です! みなさん、よろしくお願いします」


 いきなりのことに驚きながら、白石さんは立ち上がって深々と頭を下げていた。

 頭を下げられるようなことをした覚えはないのだが、白石さんからしたら廃部を免れて嬉しかったのだろう。


 彼女の瞳にはうっすらと光る雫が見えた。

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