初デート前日

 家に帰り、ご飯を優美と一緒に食べた。

 卵は買い忘れてしまったが、特にメニューを決めていたわけではなかったので買ってきたレタスと豚肉で簡単に冷しゃぶにした。

 優美は食べ終わるとさっさと風呂を済ませて自分の部屋に戻ってしまった。

 いつもなら食べ終わってからもリビングでテレビを見たりしながら、雑談をしていることが多いのに珍しいことだ。

 そういえば、食事中もいつもより会話が少なかった気がする。

 食事中でもアニメや漫画の話題になるといつも口数が多くなる優美だが、今日は学校の授業の話をちょっとしただけだった。

 いつもなら優美からアニメや漫画の話をしてくるのに、学校の話だけで終わるのは珍しい。

 もしかして、体調でも悪いのだろうか?

 一緒に住んでいる相手の行動パターンがいつもと違うと少し心配になってしまう。

 

 「ちょっと様子を見に行くか」


 リビングのテレビを消して、二階へと向かう。

 自分の家の階段を上がっているだけなのに、少し心臓の鼓動が激しくなり、何やら変な汗が体全体の毛穴から吹き出している気がした。

 一緒に住んでいるが、やっぱり優美の部屋に行くのは今でも少し緊張してしまう。


 コンコン


 「優美、ちょっといいか?」


 部屋のドアをノックする音が廊下に響き渡り、その音をかき消すように俺は優美に呼びかけた。


 「隼人さん? どうしたんですか? どうぞ入ってください」


 返事はすぐに返ってきて、ドアを開く。

 ただの木のドアが、少し重たく感じた。

 

 「!?」


 バタン!!


 ドアの向こう側の世界を見て思わず勢いよくドアを閉めた。

 大きな音が廊下中どころか、家中に響き渡った。


 一瞬だけ見えたドアの向こう側の世界。

 優美は絵を描いていた。

 部屋はいつもより片付けられており、部屋の真ん中には等身大の鏡があった。

 自らの姿を鏡で見ながら絵を描く優美。

 おそらく自画像でも描いていたのだろう。

 しかし、問題はその優美の姿だ。

 

 そう、裸体である。


 美術の世界では、裸体を描くことは珍しくはないのだろう。

 実際に美術の教科書にも女の人の裸体が描かれた絵が載っている。

 もちろん、その絵は芸術的に美しく、いやらしい目で見ることはない。

 しかし、それはそれ、これはこれだ。

 描いてる現場をいやらしくない、芸術的な目で見ることは、俺には難しい。

 しかも、相手は同い年の幼なじみで同居人の美少女、優美だ。

 

 「ん? 隼人さん? どうしたんですか?」 

 

 少し薄暗い廊下で、ドア越しに優美の声が聞こえた。

 なぜ、不思議がっているのかが、不思議だ。


 「いや、なんで裸なんだ?」


 「裸婦デッサンの課題を練習中です」


 「じゃあ、なぜ俺を部屋に招き入れたんだ?」

 

 「絵を描いているだけなので」


 「つまり、恥ずかしくないと?」


 「絵を描くことを恥ずかしいと思ったことはありません」


 「いや、でも裸だぞ? 今のお前は裸なんだぞ?」


 「少しは…… 興奮しましたか? 私、女らしくなりましたか?」


 「ん? 急にどうしたんだ?」


 「なんでもありません。 もう裸じゃないので入ってください」


 「いや、特に用事があったわけじゃないから……」


 「そうなんですか? 隼人さんが部屋に来るなんて何事かなと思ったのですが……」


 「なんかちょっと元気がなかった気がしたから来ただけだよ。 元気そうだから、このまま部屋に戻るわ」


 「そうですか。 おやすみなさい」


 「あぁ、おやすみ」


 


 自分の部屋に戻り、深呼吸を一つ。

 平然を装っていたつもりだが、あんな姿を見た後に優美と部屋で二人っきりになるなど、いろいろまずいと思って逃げただけだ。

 まだ、優美の姿が脳裏に焼き付いている。

 

 透き通るような白い素肌、キラキラと輝く長い銀色の髪、豊満な胸に、スラッと伸びた脚。

 

 ダメだ!ダメだ!ダメだ!


 俺は思わず、頭を壁にドンドンとぶつけた。

 

 痛い…… 


 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。

 明日はどんな顔をして、優美と会えば良いのだろうか?

 しかも、デートの約束もしてしまっている。

 休みだからと言って部屋に引きこもるわけにもいかない。


 「デート……」


 口にしてから改めて優美とのデートを意識してしまう。


 そういえば、何を着て行けば良いんだろ?

 さすがに、普段着はまずいかな?

 デートの時ってどんな会話をすれば良いんだ?


 未知への畏怖。

 経験のないことをするには、不安がつきものだ。

 しかし、それでも人間は未知に興味を示す生き物だ。

 好奇心や期待という抑えられない感情。


 ん? 俺は、何を期待しているんだろう? 何に興味を示しているのだろう?


 いや、明日は漫画の参考のためのデートだ。

 いわば、資料みたいなもんだ。


 誰に言い訳をしているんだ?

 

 「よし、認めよう!」


 俺は、期待している。

 何を期待しているかはわからない。

 

 俺は、好奇心に胸を高鳴らせている。

 それが、何に向けられているのかはわからない。


 映画? クレープ? 女の子と二人というシチュエーション?


 そんなことすらよくわからない。


 なるほど。

 これが初デート前日の心境というものか。


 認めよう。

 経験しておくべきだと言った優美の意見は正しいということを。 


 明日のデートでは、もっと何かわかるのだろうか?

 

 良い物語を書ける人はやはり、いろんな経験を積んでる人が多いのだろう。


 もっと良い物語を書くために、明日のデート、全力で挑もう。


 明日の服を選んで、今日は早めに眠りにつくことにした。

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