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「つまり、黒龍石は、宝珠マニのひとつであると?」


聖球ジェムの中に幼竜まで退化した黒竜の化石を抱えている【りょうたま】は、宝珠マニの一つではあるのだね」


ラナードの説明にアイヒシュテットは少し考え込んだ。


――黒龍石は暗黒物質エネルギーマテリアではなく聖球ジェムの類で、尚且つその中でも忌獣を取り込んだ宝珠マニと呼ばれるものであり、それはこの地ではりょうたまと呼ばれている、という事か。


りょう。東方で言うそれは、グロックドルムでは【リヴァイアサン】と呼ばれる大海に住みし竜を指す。近隣に海の無いこの興部町に何の縁があって海の怪王が祀られているのか。


皆目見当もつかない。彼の語った内容は自分が持っている情報とはかなり異なる。しかしそれにしては具体的な内容――よく知らなそうな口ぶりに反して一字一句正しいのではないかと思われるしっかりした芝居口調――であったし、その情報が嘘だと断言できる材料もない。その話に納得し「そうですか、我々の勘違いでしたか、残念です、それでは失礼します」と帰る訳にもいかない。


まずは情報の裏を取る必要がある。そもそも黒龍石という物自体がアイヒシュテットに言わせると胡散臭い物なのだ。今の段階ではこの地で暗黒物質エネルギーマテリアの力を初めて目の当たりにした誰かが、無知故に勝手に有りもしない昔話をでっち上げ、黒龍石とりょうたまを同一視してしまった可能性も無いとは言い切れない。


――ラナードの話は参考程度押さえておくとして、やはり実物を入手ないし確認し、出来る事なら貸与を了承させ検証まで漕ぎつけたい。


アイヒシュテットがあれこれ考えていると、それを見越したようにラナードはにやりと口元を歪め、言った。


「伝承が真実かどうかよりもソレが黒龍石なのか無価値な路傍の石なのか、本当に知りたいのはそんなところだろうかね」


「あ、いえいえ、興味深い話でした」


図星を突かれたアイヒシュテットは内心慌てたが、咄嗟に彼が歴史学者という点を踏まえ――伝承にとても興味がある様子を演じ――返答した。


りょうたまですか。なるほど。それは是非、拝見したいものです」


アイヒシュテットは老人の語った御伽噺の内容には心底興味をひかれなかった。だが彼の提示した情報には無視できない価値を感じていた。自国の調査力を疑っているわけでは無いが、この老人の話を無視するのは危険だ、その説を否定しうる決定的な材料が出ない限りは。――そのふとした違和感は、アイヒシュテットには珍しい根拠の無い予感であった。


「そうかね。それなら行って確かめてみるかね」


「……はい?」


ラナードは立ち上がりティーカップの茶を飲み干すと、悪戯っぽい笑みを浮かべ「なぁに遠慮する事は無いのだね。百聞は一件に如かずと言うし、行ってみるといいね」と、半ば強引にアイヒシュテットを誘った。

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神霊樹の巫女―再演・Myosotis(ミュオソティス) にーりあ @UnfoldVillageEnterprise

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