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ラナードは手にしたティーカップに入っている茶の色合いを確かめる様に覗き込んだかと思うと、静かにテーブルにティーカップを置いて、視線をテーブルの中央に置かれたガラス茶器に移した。茶器の中では濃い黄金色の茶に沈んだ――最初は小さな蕾だった――花々が満開になっていた。


「所謂ポテンシャルはそうだがね」


彼は神妙な顔をして独り事の様にそう呟く。


「ポテンシャル? とは、どういう事でしょうか」


アイヒシュテットの問いに対してラナードはおもむろにズボンのポケットをまさぐると、中から直径二㎝から三㎝程度の球体を取り出し彼に差し出した。


「今のアレは、これの類だね」


「これは、真珠……ですか?」


「これは聖球ジェムと呼ばれるものだね」


それは白く美しく輝く小さな丸い球体だった。


アイヒシュテットは初めて見る神秘的な光を放つその宝玉に目を奪われた。一般に出回っている真珠とはまるで違う【至高の一品レアアイテム】と呼ばれる域の宝石だと少し遅れて気が付いた。


「アイシス地方に伝わるサーガ・クラリオンネメシスだったかね。『天界から遣わされた神の国の戦士は、この世界を支配していた暗闇の王との戦いにおいて、小さな太陽を用いて世界を覆う闇を払い、地の奥底にこの世のすべての悪を閉じ込めた――』という様な内容だったかね」


ラナードが急に歌を詠むかの様に重厚な――かなり大袈裟な――口調で語りだしたためアイヒシュテットは驚き、反射的に聖球ジェムから目を逸らし彼を見る。


「い、いいえ。初めてお伺いしました」


独特な語尾の癖を持つ初老の歴史学者に一瞬圧倒されたものの、彼はそれを表には出さぬよう努めてビジネスライクに対応する。


「『暗闇の王は最期の瞬間残された己の力を小さな太陽に潜り込ませ、太陽を内部から砕き割り世界に昼と夜をもたらした。砕かれた太陽の半分は、欠片となって世界中に散らばり世界を巡った。巡る事で角がとれ、磨かれ、不思議な光を発する珠となった。いつしかそれらは、【聖球ジェム】と呼ばれ、中でも暗闇の王の化身といわれる忌獣を取り込んだそれは【宝珠マニ】と呼ばれた』」


吟遊詩人風な台詞の後、ラナードは一口茶をすすってまた続けた。アイヒシュテットも茶を飲もうとしたが――あ、続くのか。と気が付き――飲むのをやめた。


「『宝珠マニは、それ単体にも強大な力を宿していたが、もしそれらを全て揃える事が出来たなら、その者は全知全能を得てどの様な願いも叶える事が出来る』――かの地では、そういう伝承だったと思うね」

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