インタルード1

 教会の一室に二人の外国人が居た。

 ひとりは、黒い縁取りのついた紺の法衣を着ている。顔は精悍で、目はぎらついた碧眼だった。短く刈り込まれた金髪が、活発な印象を与えている。左手に皮手袋をはめていた。

 もう一人は、深い青のスーツを着たサラリーマンのようだった。七三に分けられた金髪がそのサラリーマンらしさを強調している。目は暗い鳶色だった。どこか、物憂げな様子がその目に浮かんでいる。

『久しぶりだな。よくこんな遠くまで来てくれたな、チャールズ』

 そいうって、法衣を着た方の男が挨拶をし、手を差し出した。

『楽ではないが、これが、我々の仕事だからな、アイザック』

 スーツを着たサラリーマン風のチャールズも手を出し、親しみのこもった握手を交わした。

『やはり、英語の会話の方が楽だ。馴染があって言いたいことがすぐに表現できる』

 アイザックこと、アイザック・アイゼンクは、久方ぶりの英語に安心感を見せた。

『言いたいことがすぐに表現できるだって? 神父を辞めて詩人か、政治家になったらどうだい? 今なら受けるんじゃないか、そういうの』

 そうチャ-ルズは冷やかした。

『そういうな。次は、なんといったか。シティ、み、まさかだったか。日本の地名は発音しにくい』

『そうだ、美作市の大掃除だ。あそこは、なんなんだ? 神が、とうとう彼らにも恵みを与える気になったのかと少々、いや、中東に向かって額を地面にこすりつけろといわれるのと同じくらい驚いた』

『資料は?』

『いつもどおり』

 チャールズは、脇に置いてあったジュラルミンのスーツケースを重そうに、目の前のテーブルに乗せる。いつもなら、この中から一束の紙束が出てくるだけなのだが、今回はその中に、所狭しと紙が詰め込まれていた。

『チャ-ルズ、いつから我ら聖隷教会はサラリーマンとなったんだ?』

『知らなかったのか、随分前からだよ』

 今更だよ、といった風に肩をすくめて見せた。どこから、手をつけていいか戸惑っている友を助けるように、チャールズは封筒に入れられ、別になっている資料を取り出し、彼に渡す。

『魑魅魍魎が跋扈しているが、ピンからキリまで随分差がある。君の言葉を借りるなら、当たりとはずれが激しい。特に、その中でピンと言えて、当たりだと君が思うのは、恐らくその三人くらいだろう』

 アイゼンクは、クリスマスの朝が待ちきれない子供のように資料を受け取った。

 一枚目には、長い、この国の女達さえ憧れそうな黒髪に、まさに透き通るような白い肌。一見すると理想的な美人だが、その特徴的な切れ長の紅い眼の力強さは尋常ではなく、畏怖すら覚える。下には、シエリール・ダルソムニアと書かれていた。種族には、吸血鬼と記されている。特記として、白昼安歩所持デイウォーカー、黒い森、白昼悪夢ホワイトメアとあった。さらに欄外として、要警戒脱走者の文字。アイゼンクはなるほど、この芸術品を見たような錯覚はそのせいか、と納得した。

 黒いシュバルツバルト。これは、裏の研究機関であり、主に魔法使いという異端の集まりだった。聖隷教会の人間に言わせれば、成果のためならば禁忌など無に等しく扱う忌まわしい連中である。

 もちろん、彼らの崇めるものは“神”などではなく、“世界”だった。“神”を唯一無二の至上として崇める彼らにとっては、とても気に食わないことだ。人を救うのは“神”ではなく、人類自身であるという考え方も、異端として扱われる理由になっていた。

 研究員達は、必要ならば魔法を使い、人外と取引し、命の犠牲も必要悪として行う。まさに、教会とは相容れない存在である。

 黒い森の出身の吸血鬼という事ならば、通常研究する側だ。しかし、脱走者ということは、被験体である。研究に値する力をもっているか、そもそも誰の子でもない人造ということだ。

 今まで、実際に人造の吸血鬼など見たことはないが、魔法による人造人間ホムンクルスは割と昔から存在している。人造の魔族というのも見たことがある。人造の吸血鬼がいたとしても、そこに不思議はなかった。

 “世界”は常に“例外イレギュラー”を包含する。しかし、細かいことはどうでもよかった。アイゼンクは、シエリールという吸血鬼は、人造であるべきだと思っている。

 それは、今まで体験した事がないし、戦うために造られているとしたら。そう考えるだけで楽しみが募った。

『アイザック。楽しみに思い馳せているところ悪いが、今回のメインターゲットはそいつだ。すでに十七人やられている』

『十七人? なぜそんなにやられていて俺の耳に今まで入らなかったんだ?』

 世界でも有数の力を持つ、アイゼンクはその不可思議に首を傾げた。

『困ったことに一人も死んじゃないからさ。全員生きてるんだ』

『はははっ、そいつは面白い!』

 アイゼンクは豪快に笑い始めた。

『事態は手放しで笑えるものではないんだよ、アイザック』

『だが、ここで笑わずしていつ笑う? 愉快な話じゃないか。片手で我々の面に泥を塗りながら、空いた手で握手を求めてる。化け物の分際で我らとお友達になりたいのだろう? 支部長の眉間の皺まで想像できる。ふはははっ!』

『このまえ、チンピラどもに知恵を与えてやった。日本のマフィアのような連中だ。化け物の殺し方を丁寧に説いてやった』

 実際にチャールズが眉間に深い皺を寄せながら、話し始めた。

『ほう。で、結果は?』

『想像通り。チンピラはチンピラでしかない。結果というものを形にするならば、やつに銀の銃弾は特別な意味を持たないことがわかっただけだ』

『ふっ、何人片付いたのだ?』

『ゼロだ』

『なんと。チンピラは満足に減ることも出来ないのか! それは難儀なことを知った』

『まだ蓋にも皿にもなるバナナの葉の方がマシだ。あいつらは疑うということをしないしな』

『ふはははっ! 全くだ!』

 アイゼンクはひとしきり笑うと、次の紙にも目を通した。

 二枚目には、くすんだ白銀のような色の髪をした男の写真があり、四辻 巡季よつじ じゅんきと書かれていた。特記は、コードネーム:クロイツ。黒い森。人造人間ホムンクルス。とだけ書かれていた。

 教会は、人が神の真似事をしているのは神への冒涜と考えている。そのため、人造人間ホムンクルスを決して許容しない。造る事に特に嫌悪が向けられ、造られた人造人間ホムンクルスは、その存在を許されることもなくはなかったが人権を与えられた過去はない。少なくとも記録にはない。

 残りの一枚には、こちらは金髪で、少年よりは上で青年には少し足りないという感じの男が写っていた。名は、古木 龍造ふるき りゅうぞう。ドイツ方面の出身で、ドラッケン・バルデンバーグという名だったらしい。こちらも、種族は吸血鬼。特記として、その数と勢力に気をつけたしと書かれていた。

 造り物の吸血鬼と、本物の吸血鬼。どちらがより、アイゼンクを楽しませるだろうか。彼には、そのことが重要で、真贋などは吸血鬼と言う時点で無意味であった。

『この紙の山の大半が、そのバルデンバーグの勢力に関係がある。力の差が激しく、全員がこの紙の束のようにシュレッダーにかければ終わるというものではない。だが、看過できない。そいつは我々とお友達にはなりたくないようだからな』

『紙束などは、このまとめている紙の紐が無ければどこかへ飛ぶ。要は、バルデンバーグにどれだけ迫れるかだ』

 ともすれば、うきうきしながら、資料に目を通していくアイゼンクに、チャールズは静かに声をかけた。

『もしかしたら、これが最後になるかも知れんな』

 アイゼンクは、再び盛大に笑い、躊躇ない声で答えた。

『歳か? チャールズ。我々は、早くか遅くかそれはわからんが、いずれ神の御許に行く。そのとき、また昔を懐かしめばいいさ。神のご加護を』

『ああ、本当に。神のご加護を』

 チャールズは、神に許しを求めるように胸の前で十字を切り、空のアタッシュケースを持って、次の仕事へ向かった。

 

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