前夜祭〈1〉



 キサラ姫との面会を終え、リシュはユフラの薬根を受け取ることができた。


 宵の宮へ戻り早々に解毒剤を作り始める。


 集中しなければと思うのに、キサラの言葉を思い出し作業の手がときどき止まった。


 リサナの過去。母の祖国。


 わたしの知らない母の真実───。


 キサラ姫が言った通り、わたしは何も知らない。


 まだなにも……。


 リシュは鬱屈な思いを振り切るように大きく息を吐き視線を窓へ向けた。


 空はいつの間にか明るさが消えていた。夕暮れの茜色は薄紫へと変化し、暗く冷たい灰色と青がそれを飲み込んでいくかのようだった。


 少し前にリィムが来て、部屋の中に灯してくれた蠟燭の炎が温かく感じられてホッとする。


 もうすぐ夜。


 前夜祭と称した舞踏会が始まる。なにも起こらなければいいが。


 ……今はわたしがやるべきことに集中しよう。あと少しで薬は完成するのだから。


 リシュは再び手を動かし、作業に専念するのだった。



 そうして一時間ほどが過ぎ、侍女としての雑務を終わらせるため、作業の手伝いから一旦離れていたリィムが部屋に戻った。


「どうしたの。なにかあった?」


 慌てた様子で部屋に入ったリィムにリシュは尋ねた。


「姫様、ラスバート様がいらっしゃいました」



「おじ様が?」



「はい。ロキルト陛下の使いだと仰って。応接室でお待ちです」



「そう……。仕方ないわね、わかったわ」



「では私はその間、解毒剤作りのお手伝いを。何からやりましょうか」



「もういいわ、リィム。薬が完成したの」



 リシュの言葉にリィムは驚きと感嘆と、ここまでの間、緊張もしていたのか安堵した表情を次々と浮かべながら言った。


「ひとまずは安心いたしました」


「できればもう少し多く作っておく必要があるから、明日また作業をしようと思うの」


「かしこまりました」



「手伝ってくれて本当にありがとう、リィム。慣れない作業で疲れたでしょう」



「いいえ。私よりもリシュ様の方がお疲れでしょう。それなのに、こんなときにラスバート様がいらっしゃるなんて。姫様にはゆっくりと休んでほしいのに」



「わたしは大丈夫よ。でもおじ様に会う前に着替えた方がいいわね」


 自分は体調不良で臥せっているという設定なのだ。白衣の作業着姿のまま会うわけにはいかない。


「支度を整えてから行くとしましょう」


「はい。お手伝いいたします」


 リシュはリィムと作業部屋を後にし、着替えるため自室に戻った。



 それにしても。何の用事だろう。


 おじ様を使いに寄越すなんて。


 ラスバートに会うのは久しぶりで聞きたいこともいろいろあるのだが。


 ラスバートには気をつけるように、あまり心を許すなというリサナの言葉もあり、警戒心は大きい。


(だけど……。質問するくらいなら)


 ラスバートの反応とどんな答えが返ってくるのか興味がある。それが信じられるものかどうかは別として。


 この宵の宮で、国王以外の男性と話をする機会などロキルトの許可がなければあり得ないのだ。


(おじ様は戦地で亡くなったわたしの父親の親友だったと聞いてる)


 ならば母のことも。親友と結婚した女性リサナのことで知っていることもあるはず。


 少なくとも、私よりは。


 そして母はなぜ、どうして前王の第四妃になったのか。


 この辺りの事情はより詳しいはず。


 ラスバートは前国王ルクトワの弟。歳は離れていても異母弟。そして王族だ。

 男の兄弟は彼だけだと聞いている。


(母のことが知りたい……)


 リシュはラスバートに問うことを決め、応接室へ向かった。



 ♢♢♢




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毒視姫《どくみひめ》の憂鬱 ことは りこ @hanahotaru515

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