皇女の告白〈5〉


 目の前の少女、キサラ姫がじっとリシュを見つめた。


 勝気そうな黒い瞳。十二歳と聞いていたが、その容姿は美しく大人びた印象がある。


 豊かで艶のある黒髪には紅玉の飾りが輝き、身に付けている衣服は色鮮やかで、光沢のある花模様の刺繍がとても素晴らしく、袖の長い独特な雰囲気がある仕立デザインてだった。



「どうぞ、お座りになって」


「───ありがとうございます。リシュ……アルド・ラシュエンです」


「贈り物が役に立ったようね」


 椅子に腰かけたリシュにキサラが言った。


(ユフラのことを言っている。でもあれは……)


「あれでは毒薬しか作れません」


「でもこうしてあなたはここへ来たじゃない。欲しいものを手に入れるために」


 こう言いながらキサラはテーブルの上に用意されていたティーセットへ手を伸ばすと、慣れた手つきで紅茶を淹れた。


「どうぞ召し上がれ」


 目の前にお茶と菓子が出されたが、リシュは手を付けずキサラに尋ねた。


「あなたはなぜあれを……。わたしがユフラを必要としているとなぜ知っているのですか」


 キサラは袖袂から小さな硝子の小瓶を取り出し、リシュの目の前に置いて答えた。


「私がこの国へ招かれて、この宮殿に来てからすぐにこれが送られてきたわ」


 容器の形は少し異なるが、白い粉の入った見覚えのあるそれは、きっとラスバートが自分に見せたものと同じだろうとリシュは思った。


「訳のわからない文が書かれた紙と一緒にね」


 怪文書と一緒に出回った毒薬。スウシェはキサラの元へも届いていたと言っていた。


「どこの誰が送ってきたのかは知らないけど。これはね回収される前に少しだけ取り分けておいたものなの。だってきちんと調べなくては。滞在中、私に何かあったら大変ですもの。だからすぐに分析とやらをさせたわ。極秘でね。そして調合法も判明してる」


「この毒を……⁉」


 キサラはまだここへ来て間もないはずなのに。宮廷の薬学師たちでさえ分析するのに時間がかかっていたというのに。


(どうやって……?)


「とても珍しい薬種でもあるユフラのこととか、なぜ早く気付けたか不思議なのかしら?」


 キサラはまるでリシュの心を読んだかのように言った。


「私の側近には毒薬にとても詳しい者がいるの。───それに、ユフラは私の鳳珂国で育つ植物ですもの。手に入りやすいのよ。ここまで運ばせるのには少し手間取ったけど、間に合って良かったわ」


「では解毒剤も作ったのですか?」


「……さぁ、どうかしら。解毒剤のことは側近に任せてあるの。でもね、もしものことが起きてもその薬は私用なのよ。私の分しか作らないと彼は言っていたから。私たち、この国の揉め事に関わるつもりはないしね。だけど……」


 キサラは優雅にティーカップを持ち上げお茶を飲むと、微笑みながら言った。


「あなたとこうして会える口実にはなったわね。毒薬騒ぎがなければあなたとは王宮内で会うこともなかったでしょうから。そしたら私、お忍びであなたが暮らしていた田舎の街に向かわなきゃならなかったもの。行く手間が省けたわ」



「それは……」


(いったいどういうこと⁉)



 驚きの表情を向けるリシュにキサラは平然と言葉を続けた。


「出回った怪文書や毒のことなんてどうでもよかったのだけど。

 こんなものがあちこちにばら撒かれて、王宮が解毒剤を作らないわけないだろうし。でもこの毒じゃそう簡単に解析できない……となれば毒に詳しい者が必要よね。でもあなたのお母様『サリュウスの魔女』はもういないのだから、そうなるときっと娘のあなたが呼び戻されるだろうと考えて、様子を見ることにしたのよ。『毒視姫』が城へ戻されるかもという噂もあったしね。

 ───で、予想通りあなたは城へやってきた。

 輝夜の姫からお茶会に招かれたけど、面倒くさいから体調不良のフリをしたわ。私はあなたと二人きりで会うつもりだったから」


「……どういうことですか?あなたが私を訪ねるつもりだったというのは」


「言葉の通りよ。私はあなたに会うことが目的でこの国へ来たの。

 私はね、この国の王様と仲良くなるためにやって来たとか言われてるけど、ロキルト王との縁談話なんて表向きよ。鳳珂ホウカ国の女王でもある私のお母様はね、本当はそんなこと望んでないの。断ってもいい招待だったけど、お母様がどうしても行けと言うから私が来たのよ。行ってあなたに会って話をするようにとお母様が言ったの」


「話ってなんですか?」


 リシュが怪訝な眼差しを向けると、キサラは少しの間考えるように沈黙し、やがて口を開いた。


「今日は質問するだけにしておくわ。あなただってゆっくりしてられないだろうし。あなたは『サリュウスの魔女』の祖国をご存知?」


「……それは母の故郷という意味ですか?」


「ええ、そうよ」


「……この国のはずですが」


「それは直接母親から聞いたこと? あなたが思い込んでるだけじゃないの?」


「それは……」


 確かにそうだ。リサナに直接聞いたことはない。


(……だけど。それじゃあ母にはこの国……ラシュエンではない祖国があるというの?)



「森羅、という名に聞き覚えは?」


「シンラ……? わかりません」


「そう。……じゃあ質問を変えるわ。あなたの母がこの国の前王ルクトワの第四妃になった理由は? なぜ見初められたのか知ってる?」



 リシュは答えられなかった。


「……知らないのね。サリュウスの魔女は娘に何も教えないまま死んだの?───お母様の言う通りだわ。あなた、自分の母親のこと本当に何も知らないのね」



 皇女キサラは呆れたような顔でわたしを見つめながら言った。



「あなたは……わたしの母のこと……」


 声が震える。───彼女はいったい何を知っているというのだろう。


(まさか毒視や異能のことを……?)


 ゾクリとした冷たいものが体内をめぐり、平然を装いながらもリシュは眩暈がしそうだった。


「───もういいわ。質問は終わり。お茶会もお開きね。向こうへ戻ったら女官に話は済んだと伝えて。そしたら女官は約束通り、あなたにユフラの薬根を渡すはずよ。それで解毒薬を作るといいわ」



「……ぁの、なぜ……?」


「なぜって?」


「質問に答えられなかったから……」


「ユフラの薬根がもらえないとでも思ったの?」


 頷いたリシュにキサラは少し不機嫌な様子で答えた。


「私、質問に答えられなかったらユフラを渡さないなんて言った覚えはないわよ。毒薬騒ぎと私の目的は別で関係のないことよ。話の続きはまた日を改めるわ。あなただってその方がいいでしょ」


「……はい。ではこれで失礼します。ユフラの薬根を頂いて戻ります。……ありがとうございます、キサラ姫……」


 ほんとうはまだ話がしたかった。


(わたしが知らない母のこと、彼女は知っている)


 けれどもう時間がない。今は解毒剤作りを優先しなければ。


 リシュは立ち上がり、丁寧に会釈をしてその場を離れた。







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