皇女の告白〈4〉


 ♢♢♢♢♢


 午後になり、リシュは支度を済ませると五人の護衛騎士とリィムを伴い宵の宮を出た。



 騎士の中にはいつもスウシェを警護している男装の麗人、ルルアの姿があり、皆を先導するようにして歩き出した。



 宵の宮からキサラ姫が滞在している宮殿までそれほど距離はないが、なるべく人目に付かない道順で行くことになるだろうとスウシェは言っていた。


 本来なら体調不良で宮に引きこもっているはずのリシュである。


 宮を出たことはロキルトにも内緒だ。



 前後左右を騎士たちに囲まれながらの道中が目立たないはずがないと思い、広い廊下を緊張しながら歩いていたリシュだったが、驚くほど他者との接触はなく、それは屋外に出ても同じだった。



 目指す宮殿に向かって庭園沿いを進んでも、自分たち以外誰もいない。


 ときどき、風に乗って微かに人々の声が届くだけ。



「ご安心ください、リシュ姫」



 落ち着かない様子のリシュが気になったのかルルアが言った。



「スウシェ様の計らいで我々一行が人目に付かぬよう、しばらくの間いくつか通路を封鎖していますから。周りを気にしなくても大丈夫ですよ」



 ルルアの言葉にリシュは幾分ほっとし、肩の力を抜いた。



「────そろそろです。見えてきました」



 立ち止まり、ルルアが目をやるその先には大きな噴水と彫刻で飾られた前庭があり、その奥に宮殿が見えた。



「姫様、失礼します」



 リィムが前に出て風に靡いたリシュの髪や服装に乱れはないか確認をする。



 首元や袖周りに真珠が施された緑青色グリーンブルー装いドレス


 深い海のような深縹色こきはなだの髪には乳白石ムーンストーンの飾珠を付けていた。


 肩から背中に流れる髪は陽の光を浴びることでその色合いを変化させていく。


 藍のような青のような。そして時折、紫の輝きも放ちながら風に揺れた。



「今日の姫はまるで月華の如くお美しい」



 こう言ってルルアが微笑んだ。


 賛美の言葉に慣れていないリシュは口ごもりながらも衣装飾を整えてくれたリィムのおかげですからと返答する。



「そうか。リィムは優秀な侍女ですね」



 ルルアの言葉と眼差しにリィムは恐縮しながらも頬を赤く染めた。



「では参りましょう」



「────はい」



 ルルアが再び歩き出し、リシュたちも後に続いた。




 ♢♢♢♢♢


 宮殿の出入口には鳳珂国の衛兵のほかに女官と思われる女性が一人いてリシュたちを出迎えた。



「お待ちしておりました。どうぞ奥へ」



 女官が先導して宮殿の中へといざなう。


 しばらく歩いて一室に通された。


 部屋には大きな窓とテラスが設けられ、中庭へと行き来できるようになっていた。


 中庭の奥に木材と蔦などを絡ませて組まれた緑廊パーゴラがあった。


 紅葉が覆う日陰に白いテーブルが置かれ、椅子に腰かけている人の姿が垣間見える。


 あれは……。



「キサラ様があちらでお待ちです」


 女官が言った。


「ですがここより先はそちらの姫様がお一人でいらっしゃるようにとキサラ様が申しておりました。しばらく二人きりで話をさせてほしいそうです」



「侍女も同伴できないと?」


 ルルアが不満げに言いながら女官を見つめた。


「キサラ様もお一人で待っているのです。従えないと言うのならお帰りください」


「無礼な!」



「────ルルアさん」


 リシュはルルアを見上げて言った。



「私、行ってみます。話をしてきますから、ここで待っていてください」



「姫さま」


 リィムが心配そうにリシュを見つめた。


「ここまで来て引き返せない。大丈夫よ、行ってくるわ」



 こう言ってリシュはテラスへ出ると中庭へ歩き出した。



 緑廊を覆う蔦の葉壁を目前にして、リシュは歩みを止めた。



 葉陰から視線を感じる。



 名乗ったほうがいいのだろうか。


 こちらから声をかけるべきか、名乗るべきか。何と言えばいいのかリィムに聞いておけばよかったとリシュが考えていると。



「こちらへどうぞ。サリュウスの魔女」



 軽く柔らかな、けれどどこかあどけなさのある声がした。



 リシュは緑廊の内側へ足を踏み入れた。



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