皇女の告白〈3〉



 それからしばらくして、リシュの元に城外で調達された薬種が届いた。


 それは予想していた通り、比較的手に入りやすい薬剤ばかりだった。


 使いの話によれば、やはりユフラの入手は難航しているらしい。


(とりあえず作れる薬から作っておかないと……)



 リシュが作業を続けていると席を外していたリィムが戻り、リシュの傍に来た。


「あの、姫さま。少しよろしいですか?」



「どうしたの?」



 困ったような表情のリィムに、リシュは首を傾げた。



 リィムは少し前、侍女仲間に呼ばれて部屋を出ていた。



「宵の宮に使いの者が来たそうなんです。スウシェ様が手配した薬種の件とは違う者が。でも私やほかの侍女たちは皆、リシュ様は体調がよくないので誰にも会いませんからと言うようにと、スウシェ様に言われているので面会は断ったのですが。ならばせめて姫さまへのお見舞いに贈り物だけでもと言って、置いて行かれたものがあると言うんです」



「その使いって、どこの者なの?」



「鳳珂国のキサラ姫に仕えている女官だそうです。服装からして間違いないようですが。でも去り際にその者が「この贈り物は宵の宮のお姫様のお役に立てるはずだとキサラ姫が仰っていました。だから早急にお渡しするように」と、言ったそうなんです」



「役に立つ? 一体何を置いていったの?」



「それが花束なんですよ、抱えるくらいに豪華な花束で。秋薔薇が多いのですけど、中にはあまり見たことのない花も交ざっていましたわ。花瓶へ活ける前にリシュさまに見ていただかなければと思って。こちらに運びますか?」



 リシュは首を振り立ち上がった。



「見に行くわ。この部屋に花の香りを入れたくないの」



 花の香は良いものだが、薬剤の調合のために集中力を必要とするこの空間では逆に気が散るものとなってしまう。



 リシュは部屋を出るとリィムの案内する方へ廊下を進んだ。



 しばらく行くと中庭へ出る通路に近いせいか風を感じた。



(あ……香りがする……。薔薇の……)



「姫さま、あのお部屋ですよ。薔薇の香りが風に乗ってここまで漂ってきますね」



 リシュは足を止めた。


 正面に扉の開いた部屋が見えた。



「姫さま?どうかしましたか?」



(この匂いはまさか……)



「───姫さま⁉」



 リシュは部屋に向かって駆け出していた。



(なぜ⁉ どうしてあの香りが!)



 薔薇の香りの中に間違いなく〈毒の香〉が存在している。



 リシュは部屋の前で一度立ち止まり呼吸を整えてから、ゆっくりと室内へ入った。


 ♢♢♢



 その花束はテーブルの上に置かれていた。



 何十本という薔薇にカスミ草や秋桜に似た小花が添えられ、そしてその中にはあの植物も交ざっていた。

    

 リシュにだけ感じる毒の香を放ちながら。


(……これはユフラだ。間違いない)


 緑白色の葉。そして黒い葉脈。


 昔、母に見せてもらったものと同じ。


 リサナが残した書物にも同じ特徴が記されている。


 ユフラの葉色は花束にした薔薇を引き立てる花材として上手く馴染んでいた。



「姫様、どうかしましたか?」



 花束を見つめたまま動かなくなったリシュに、リィムが声をかけた。


 リシュは部屋にリィムと自分だけなのを確認してから言った。



「緑白色のこの葉はユフラよ」



 リィムがハッと顔を上げてリシュを見つめた。



「でも葉は毒。薬効があるのは根っこだから。これは解毒剤には使えないわ」



 言いながらリシュは束ねてある白いリボンを解き、ユフラだけを取り分けていく。



「薔薇とほかの花は適当に活けていいわよ」



「ではユフラは作業部屋へ運びますか?」



 仕分けを手伝いながら言うリィムにリシュはやや考えてから首を振った。



「毒の匂いも作業の邪魔になるから。どこか別の部屋に置いてくれる? 使わない部屋があればそこに。でも毒草だから厳重に管理できる部屋がいいけど。そういう場所、宵の宮にある?」



 リィムは少し思案していたが「お任せください」と返答した。



「でもユフラが花束と一緒にって……。偶然でしょうか」



「そうね……」



 偶然とは言い難い、リシュはそんな気がした。



 王宮の外では今、これを探させているというのに。



(このタイミングで届くなんて)



 しかも贈り主はキサラ姫。南方の鳳珂国であればユフラも手に入るかもしれないとは思うが……。



「───あれ?姫様、何か結んであります」


「え?」



 見ると一本の薔薇の茎に細く折り畳んだ紙が結んであった。


 外して開くと、そこには文字が書かれていた。



『サリュウスの魔女へ……───




 紙には『サリュウスの魔女へ……』という書き出しで、



『午後の茶会においでください。 ユフラの薬根をさしあげましょう』


 こう書かれていた。



(キサラ姫はわたしがユフラの根を必要としていることを知っている ⁉)


 ───なぜ?




 考えてる暇はない。


 招待を受けて尋ねればいいのだ。



 リシュはリィムに手紙を見せて言った。



「招待を受けるわ。このことをスウシェ様に知らせて」



 贈られたユフラの管理とスウシェへの伝言をリィムに任せ、リシュは部屋へ戻り作業を続けた。



 ♢♢♢


 正午近く、リシュは入手できた薬種だけで調合した解毒剤を完成させた。


 けれどもしも調合を変えられた場合、とくにコナナツの配合量が多い場合の『完成された猛毒』に対する解毒剤は出来ていない。


 リィムがまだ戻らず、ユフラの薬根を探しに城外へ出向いている使いの者も宵の宮に現れなかった。



(前夜祭が始まるまでに作っておきたいけれど……)


 部屋に閉じ籠っていても落ち着かない。


 宮内の使用人に温かい飲み物を用意してもらおうかと思い立ったとき、扉がノックされた。



「姫さま。スウシェ様をお連れしました」




 扉が開き入って来たスウシェは今朝と違ってとても美しい装いとなっていた。


 銀色から水色へのグラデーションカラーが印象的な、とても華やかな正装ドレス姿だ。



「姫様、遅くなって申し訳ありません。ご挨拶が必要なお客様がいたものですから手間取ってしまって。……あの、姫様? どうかなさいました?」


「……スウシェ様があんまりお綺麗だったものですから。見惚れてました……」



 リシュの言葉に、それまでどこか緊張感のある面持ちでいたスウシェが一瞬おどけたように目を見開いてから、クスッと微笑した。



「お褒めのお言葉をどうもありがとうございます。でもなんだか安心しましたわ。リィムから事情を聞いて驚きましたの。これは姫様もきっと気が動転して不安でいらっしゃるでしょうと思っていましたから。ですが来てみれば案外、姫様は落ち着いていますのね」



「えっ、そんなことありません。落ち着かないから部屋を出てお茶でも頼もうかと思っていたんです」



「そうでしたか。ではちょうど昼食の時間ですから別の部屋へ移動しましょう」



 こう言いながらスウシェはリィムに視線を向ける。



「───はい。すぐに支度いたします」



 リィムは一礼し先に部屋を出た。



「キサラ姫の招待時間は十四時、と聞いてますが」



「はい、指定の時間も紙に書いてありました」



「おもいきったことをするお姫様ですこと」



「でもスウシェ様。なぜキサラ姫はユフラの薬根のことを……」



「怪文書と一緒に貴族たちへ送られた毒はキサラ姫のところへも届いたという知らせを受けています。あれはキサラ姫が来賓として城に到着してすぐのことでした」



「それって……。ではその送り主は王宮内にいると?」


「あるいは城内外を自由に行き来できる者か。そういった従者を傍に置いている者かもしれません。調査は難航していますし、可能性もいろいろありますから、なんとも断言できませんが。……キサラ姫の思惑は私にもわかりません。それから城外で探させている薬根ですが、残念ながら本日中の入手は難しいだろうと使いの者から連絡が入りました。南方へ人をやって探させるにしても数日はかかるでしょう」



「……そうですか、仕方ありません。私が茶会に出向いてキサラ姫と話をしてきます」



(ここはキサラ姫を頼るしかない……)



「リシュ姫様」



 スウシェが気遣うように言った。



「姫様……。この宵の宮内は安全です。けれどここから外は様々な陰謀があちこちに潜んでいると言っていいでしょう。茶会の招待状をあのように忍ばせて運んでくるやり方が、私には何か企みがあるのではと思ってしまうのです。

 ───なのでどうかお気を付けください」



 リシュは頷いた。



「わかりました。でも一人で来いとは書いてないのだから。リィムを同行させるわ」



「そうですね。護衛も手配しましょう。───ああ、それから。姫様のドレスも用意しなくては」



 選んでおいたドレスがお蔵入りしなくてよかったと言って、スウシェは嬉しそうに微笑んだ。







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