皇女の告白〈2〉



 ♢♢♢



「───姫様、パンのおかわりはいかがですか?それともスープになさいますか?」



「そうね、スープをもらうわ」



「はい、かしこまりました。食欲がある様子でよかったですわ」



 リィムがホッとした様子で微笑んだ。



「食事が済んだらスウシェ様に会えるかしら。忙しいでしょうけど、至急話したいことがあるの」



「大丈夫ですよ。姫様のお食事が終わったら伺いたいからとスウシェ様も仰ってましたから」



(そうか……)



 スウシェはきっと昨夜の事を詳しく聞きたいのかもしれない。


 ロキには話さなかったけれけど、わたしの料理に毒を入れたあの子───給仕のミレアのことはスウシェ様に話しておこう。



「ねぇ、リィム。わたし、こういう大きな行事に関わるのって初めてでよくわからないのだけど。招待されている方々はもう王宮入りしているの?」


「いいえ」


 リィムは皿にスープをよそいながら答えた。



「王宮入りしているのは国賓扱いの方々だけです。南の隣国〈鳳珂〉から皇女キサラ様が。そして北の隣国〈ハセカ〉からは第一王子、シルヴィウス様が。

 今回はこの二組がしばらく王宮へ滞在するのだと聞いています。キサラ姫はリシュ様がこちらへ戻る二日前には王宮入りしていましたし、シルヴィウス王子様の到着は昼前になるそうです。招待されているそのほかの貴族たちは皆、今夜の前夜祭に集まるはずですよ。でも残念ですわ……」


 リィムが溜息を込めた口調で言った。


「今宵の前夜祭、姫さまのドレス姿、楽しみでしたのに」


「……うん。せっかく選んでもらったのにごめんなさいね。でも宴はしばらく続くのだから、まだ着る機会はあると思うわ」


「そうですね。豊穣祭の本番は明日からですもの。楽しみが一日延びたと思うことにします」



 優しく微笑むリィムと美味しい朝食に、リシュの気持ちは和らぎ、落ち着いていった。



 それから間もなくして。


 食後のお茶が運ばれてくるのと同時に、スウシェがリシュの部屋を訪ねた。



 ♢♢♢



「───わかりました。ミレア、と言う名の使用人についてはこちらで調べることにしましょう。ですがリシュ様、お身体は本当に大丈夫なのですか?」



 スウシェは毒を盛られたリシュのことをかなり心配している様子だった。



「大丈夫です。あの毒はそんなに心配するほどのものではないし、わたしに毒は効かないから。それよりも心配なのは別の毒です。

 怪文書と一緒に貴族たちへ送られたという毒。わたしはラスバートおじ様に解毒剤を伝えました。でもロキルトはまだ用意してないんです。おじ様に口止めをして、薬学師たちにもロザリア様にも解毒剤のことは知らせてないと言ってました」



「そうでしたか。あの件に関しては陛下がラスバート様に任せてあるからと聞いていたので。私はもう解毒剤の用意ができているのだと思ってましたのに」



「解毒剤はまだ作られていません。でもすぐに用意しなければ。何が起こるかわかりませんし、もしものときに薬はあったほうがいい」



「ではやはりロキルト陛下にもう一度、私からお話を」



「スウシェ様」



 リシュは首を振った。



「薬はわたしが作ります。ロキは今回の毒の解明や解毒剤のことは極秘にしたいようなので……」



「なるほど。そうですね、毒が解明されて解毒剤の調合法が判明したことと、リシュ様の帰還が結びついてしまうことを陛下は危惧してるのですね。きっとリシュ様のことが心配なのでしょう」



「ぇと……心配、というのとは違うかも……」



 何やらスウシェの含んだ笑みがリシュを落ち着かない気分にさせた。



「いえ、あのとにかく。解毒剤を作ろうと思って、すぐに準備をして取りかかりたいんです。それでスウシェ様にお願いが……」



 リシュは解毒剤に使う薬種の入手をスウシェに依頼した。


 薬材を書き記した紙を渡しながらリシュは言う。


「そこに書いたものは私が最初にラスバートおじさまに渡した解毒剤に使う薬材と同じものです。そう珍しくないものなので王宮でも揃えられるはずです」



「ではこれが揃えば解毒剤が完成するのですね?」



「はい。でもスウシェ様、この解毒剤だけではダメかもしれません」



「どういうことです?」



「実はあの毒は成分の調合次第ではもっと強い毒にもなるのです。あれを作った者が意図的に配合したのかどうなのかは判りませんけど。もしもそのように変えられた毒を使われてしまったら、この解毒剤では助かりません。だからわたし、別の薬も用意しておきたいんです。でも……それを作るのに必要な薬種がひとつ、もしかしたら……いえ、王宮にはないかもしれません」



 それは『ユフラ』という名の植物だった。


 毒草だがその根の成分は薬にも使われる。


 そしてコナナツの毒消しになるのだとリサナは言っていた。


 けれどユフラはコナナツと同様に暖かい南の地域で育つ珍しい植物でもある。


 ラシュエン国の薬学師たちはコナナツの毒を見抜けなかった。ならば解毒の効果があるユフラの存在にも無知だと考えた方がいい。


「───わかりましたわ。まずは揃えられる薬材を先にお持ちしましょう。けれど王宮の薬品保管庫への出入りは限られた者と決まっているので、王宮内で動くとなると怪しまれます。内密に使いを出し王都の街に店を出している薬屋から調達しましょう。ユフラに関しても城外で情報を得た方がいいと思いますわ」



「そうですね。すみません、お忙しいのに」



「いいえ。姫さまのお役に立てるのでしたら、これしきの事。それに……」



 スウシェは懐かし気に微笑みながら言った。



「思い出しますわ。以前、リサナ様にもこんなふうに薬材の手配をお願いされたことが何度かありましから」



「母が?スウシェ様に?」



「ええ。私は実家が商家なのです。祖父の代からあちこちと手広く商いをしている家で。私は貴族でもない成金家の娘なのですよ。実家は様々な取引が多いので、珍しい薬種なども何度かリサナ様に頼まれて手配したこともありましたわ」



「では母も王宮で薬を作っていたのですか? 私と王宮で暮らしていたときにはあまり覚えがないのですけど」



「頻繁にではありませんでしたが、リサナ様がお一人で宵の宮に滞在していたときはときどき作っていたようです。その頃使っていた道具などもまだ管理してありますから、お持ちしましょうか?」


「はい、是非。薬研や製薬道具も使うので、お願いしなければと思っていたんです。───あ、ではもしかして母は南方で生育している果物をスウシェ様に頼んだことはありませんか?コナナツという名の実に似ているんですが」



 スウシェはしばらく考えていた様子をみせたが、やがて首を振った。



「果物をお願いされたことはなかったです。植物の葉や花が多かったですし」


 コナナツという名前も初めて聞くとスウシェは言った。



「でも姫さま、もしもユフラが手に入らなかったらどうしましょう」



「最悪の事態に備えて代替えの薬材で毒による症状の進行を遅らせる薬も作ります。必要なものは全てそこに記しました。スウシェ様、どうかよろしくお願いします」



「かしこまりました。揃えられたものからこちらに届けさせましょう」



 部屋を出るスウシェを見届け、リシュはリィムに言った。


「リィムにも、いろいろ手伝ってもらうことになるけどお願いね」



「は、はい! 精一杯頑張りますッ」



「それじゃあ薬種が届くまでに、奥の部屋を一室、解毒剤の製造部屋として整えておきたいわ」



「はい、お手伝いいたします」



 リシュはリィムを従え、解毒剤作りのために動き出した。





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