皇女の告白〈1〉
♢♢♢♢♢
目覚めて。
気怠い身体を起こしながら、リシュは置き時計を見た。
もうすぐ九時だ。
いつもよりかなり寝坊だが、晩餐に盛られた毒のせいだから仕方ない。
昨夜の酷い眠気に、もしかしたら丸一日眠っているかもしれない……などと思っていたくらいなので。
窓から差し込む朝の光を受けながらリシュは安堵していた。
───眠り続けているわけにいかない。
明日から豊穣祭なのだ。
今日は国賓を迎えるという公務がいくつかあったはず。
そして夜は前夜祭。
ロキルトの言う通り欠席するとしても、リシュは早急にやらなければと思うことがあった。
あれの解毒剤を作らなければ。
(おじ様に伝えた解毒剤のこと、口止めされていたなんて)
ロザリアにも医学師たちにもまだ伝えていないと、昨夜ロキルトは言っていたのだ。
解毒剤はあった方がいい。
リシュはベッドを降りると鏡台の前に座り引き出しをあけ、紙とインクとペンを用意して書き出した。
ラスバートが怪文書と共に持っていたあの毒の成分。
大半はマーシュリカの花びらを乾燥させ粉末にしたものだ。
けれどその中には別の毒も混ざっていた。
サロの木の樹脂。マトルの葉。ベニ蛇の毒。そして王宮の薬学師たちが分析できなかったという『コナナツの実』
コナナツは一年を通して気温が高く多湿な南方で生育している樹木で実に毒がある。
生育地域には他にもコナナツと似たような色と形の実を成す樹木が数種類あるが、毒があるのはコナナツだけ。それ以外の実に毒はなく、果実として食べられている。
昔、西の田舎の邸で甘みのある美味しい果実を
もちろん、そのとき毒のある『コナナツの実』も見せてもらった。
私も母も〈毒〉の色と匂いですぐに見分けがつくのだけれど。母はコナナツの実の特徴や他の実との見分け方を教えてくれた。
珍しい木の実、コナナツ。
今思えば遠い南の地域からどうやって取り寄せたのか不思議だけれど。
あのとき、ラスバートが持っていたマーシュリカの花弁毒の中に含まれていた四種類の毒は微量だった。
あの調合ではそう簡単に人は死なない。───けれど四種の毒量の組み合わせ次第では死に至らせるのに十分な毒になる。
あの毒はまだ未完成。四種の毒量を微量に変えなければ猛毒にはならない。
あの毒を用意した人物はそれを知っているのだろうか。
薬物に対して素人ではないだろう。毒の調合は種類が多いほど難しい。
本番には『完成品』を使うつもりだろうか。
もしもそうならラスバートに知らせた解毒剤のほかにもう一種類、強力な薬を用意しておくべきかも───。
警戒が一番必要なのは食事だ。
昨夜の晩餐のように、料理に毒が盛られる可能性が高い。
リシュは解毒剤に必要な薬材をいくつか書きだしていた。
そのほとんどは王宮の医術室に保管されているであろう薬だ。
けれど『完成された猛毒』だった場合の解毒剤には一つだけ、王宮では手に入らないかもしれない薬の種類があり、リシュは頭を悩ませた。
コナナツの毒消しに使う薬……いや、使い方次第では薬も毒に変わるのだ。
(確かあの薬も南で育つ植物から作るものだった……)
代用が効きそうなものもあるにはあるが───。
それには治験も必要で更なる時間も要するだろう。
(どうしたら……)
リシュはペンを置き息を吐いた。
お腹が空いて考えがまとまらない。
少し落ち着こう。
顔を洗い髪を梳かし、リシュはリィムを呼ぶための
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