離宮での晩餐〈6〉



 ♢♢♢



 数分後、リシュとロキルトは帰路を行く馬車の中に居た。



 離宮を出てからロキルトは無言だった。


 沈黙が続く二人きりの馬車の中で、リシュは必死に睡魔と格闘していた。



 ロキルトには強がってみたものの、本当は眠くて仕方がなかったのだ。



 けれどロキルトの前で眠りたくなかった。



(ほら、やっぱり。とか言われるだろうし)


 それに自分は一度眠っていたところを知らぬ間に彼に運ばれたことがある。



 ここで寝てしまったら。もしかしてまた……。



 今、自分に与えられている住居は宵の宮なのだ。



【宵の宮】は王だけのもの。



 王の気に入った部屋で王が好きなように過ごせる場所。



 先日も寝室で共に居たところをリィムに見られただけで、あらぬ誤解を招いた。



 未だ誤解されたままだから尚更、これ以上噂にはなりたくはない。



 ……そんな不安があるから、ロキルトの前では眠りたくないのだ。



(もうすぐ着くから 我慢、我慢!)



 リシュは呪文のように何度も、心の中で唱えた。



 ……でも、ロキルトは眠くないのかな。


 わたしの髪の香りで眠気が誘発されるはずなのに。



 あのときの彼は寝不足だったから、それほど頻繁に起こる症状でもないのだろうか………。



 だったら、わたしだけがこんなに眠くて、なんだか悔しい。



 それとも、意外とロキルトも眠いのを我慢している………とか?



「ロキは眠くないの?」



 ロキルトは鼻で笑って言った。




「なぁ、リシュ。俺が忘れていると思うなよ」



「なにを?」



「俺は諦めたわけじゃないからな、おまえの力を。今よりもっと強い魔力を俺だけのものにすることを。……必ず俺のものにしてやる」



 向けられた眼差しの妖しさに、ゾクリと鳥肌が立つ。



 それはリシュの眠気を奪い、引き換えに疼くような感覚が身体に残されたような気がした。



 今よりもまだロキルトは魔性を欲している。



 そのことがなんだかとても苦しくて。


 そして、なんだかとても悲しく思うリシュだった。



 ♦♦♦♦



 ロザリアの離宮から王宮へ戻ったリシュとロキルトを、ラスバートとスウシェが出迎えた。



「リシュ、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」



 馬車から降り、リィムの手を借りるように歩くリシュの様子を見たラスバートが心配そうに声をかけた。



「大丈夫よ、おじ様。少し気分が悪いだけ。眠れば治るわ」



「何かあったのか? まさか………」



「───ラスバート」




 まさか、と言いかけたラスバートの言葉を遮るように、ロキルトが声をかけた。



「リシュのことはスウシェに任せておけ。おまえはこれから俺の部屋で話があるからな、ユカルスと一緒に来い」




 勘の良い叔父に対して、この場所ではまだ毒の話はするなと、きっとロキルトはそう言いたかったのだろうとリシュは思った。




「承知いたしました、陛下。リシュ、しっかり休むんだぞ」



 優しく気遣うラスバートに、リシュは小さく頷いた。



「大丈夫ですか、リシュ姫さま」



 リシュの傍へ寄り添ったスウシェにロキルトは言った。



「明日は昼間の公務も前夜祭も、リシュは体調不良で欠席させる。ロザリアの屋敷で何があったかはリシュから聞いてくれ」



 頷いたスウシェから視線を戻すと、ロキルトはリシュの耳元で囁いた。



「……じゃあな、リシュ。明日はおとなしく宮に籠っていろ」



 こう言って、ロキルトはリシュが向かう方向とは別の扉へと進んだ。




「さぁ、リシュ姫様。宮へ戻りましょう」




 リシュは侍女のリィムとスウシェに伴われ、宵の宮へ帰った。



 ♢♢♢



 宵の宮へ戻り着替えを済ませると、リシュは眠気で立っていられないほどになっていた。



「───ごめんね、リィム。美味しいデザート、今夜はもう食べれそうにないわ。それから、スウシェ様にも………お話ししないといけないことがあるのに。わたし最後まで話せるか自信がありません。眠気がひどくて……」



 今にもソファーへ沈みそうなリシュの様子に、スウシェは頷きながら言った。



「姫さま、どうか気にせず今夜はお休みください。お話はまた明日に。……ただ、ひとつだけ確認を。姫さまのそのご様子、晩餐のお料理に毒が盛られたと見てよろしいですね?」



「………ええ、そうよ」



 リシュが返事をすると、スウシェは視線を逸らしながら小さく息を吐いた。



 その眼差しには、僅かだが怒りが滲んでいるように見えた。



 ♢♢♢




 その後ようやく、寝室で一人になり暖かな毛布にくるまり、意識をゆっくりと眠りの世界へ向けながら、リシュはぼんやりと考えていた。



 明日、自分が何時頃に目覚められるのか判らない。



 晩餐で盛られた毒の量は少なかったけれど。



 体内への摂取は、匂いを感じていたり触れているよりも症状を強くするから………。



 毒により引き起こされる「眠り」という後遺症を。



 もしもまた、長くて深い眠りの症状が出てしまったら。



 リシュは少し不安になった。



 眠ったまま目覚めなくてもいいなんて、思ったときもあったくせに。



 今のわたしは 長い時間、目覚められなくなってしまう方が怖いと思ってる。



 明日になったら確かめたいことや話したいこと、そして聞きたいことがたくさんあるからだ。




 晩餐で盛られた毒の分析も確認したい。



 その毒を隠し持っていた給仕の娘ミレアのことも。


 これはまだロキルトに話してないけれど。



 スウシェ様には言っておいた方がいいだろうか。



 スウシェ様といえば、母リサナと仲が良かったと聞いている。



 スウシェ様はきっとわたしがまだ知らないことを知っているはず。



 わたしが知らない、リサナのことを。




 母様はなぜ、王宮へ召されたの?


 未亡人になってすぐに。



 どんな経緯があって前王と………。




 でもこれって、ラスバートおじ様に最初に聞くべき?



 ………だけどここは宵の宮。



 ラスバートの出入りは難しいだろう。



 それに。



『ラスバートには気をつけなさい。───ラスにはあまり心を許してはいけないわ』




 目を閉じたリシュの中に、リサナの声の記憶が甦った。



 ……眠りの世界で漂いながら。



 やがてそれは溶けるように消えていった。









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