離宮での晩餐〈5〉
リィムの淹れたお茶で、リシュの緊張もかなり和らいできた頃、晩餐を終えたロキルトが 部屋を訪ねて来た。
リィムに外へ下がるよう命じてからロキルトは言った。
「寝てなかったのか」
起きていたリシュを見て、ロキルトは少し驚いたような顔をしていた。
「熟睡してると思ったのに。平気なのか?」
言いながら近寄り、リシュの顔を覗き込むように見つめた。
「平気よ……」
至近距離からの眼差しに、せっかく遠退いた緊張感が再び呼び戻されそうになる。
けれどそれは晩餐のときに感じていた緊張とはまた違う感覚で、リシュは戸惑った。
「そのわりには眠そうな面だな。……まったく、バクバクと食ったり飲んだりしやがって」
「ばっ⁉ そんな食べ方してないわよッ。それに葡萄酒だけは毒入りじゃなかったもの」
「は?葡萄酒だけだと?じゃぁ後は全部毒入りだったのか ⁉」
眉を吊り上げ、ロキルトは怒った形相になった。
髪色がキラリと淡く光ったような気がして、リシュは焦った。
「そ、そんなに強い毒ではなかったわ。分量にもばらつきがあったし、用意周到という感じがしなかったわ」
「もし食べたのがおまえじゃなければ、どんな症状を起こす量なんだ?」
「たくさん摂取してしまうと体調を崩して四、五日寝込むことになるけど。私が食べた量なら多少気分が悪くなる程度よ。体質にもよるけど、一日で治る人もいれば二、三日は続く場合もあったり、吐き気以外に 腹痛を起こす場合もあると思う」
「そうか……」
しばらくの間、ロキルトは何かを思案しているようだったが、やがて小さく息を吐き、彼は言った。
「仕方ないな。明日の前夜祭、おまえは欠席しろ。体調不良ということにしておいた方がいいだろう。ロザリアの奴も随分と気にしていた様子だったからな」
欠席……。
確かに、仮病を使って退室したのだ。毒が効いて更に不調になったと思わせることもできるだろう。
あまり怪しまれずに毒視の力を噂だけに止めることができるかもしれない。
でもそれは 異能が試されたのであればの話だが。
別の見方から考えると、わたしを豊穣祭に出させないためとも思える。
だとしたら、わたしが豊穣祭に出席しないことを願うのは誰だろう。
「なんだ、不服か?」
「そんなんじゃないわ」
あまり深読みし過ぎても迷うだけだと考え、リシュは心の呟きを言葉に出すことなく胸の奥底へと沈めた。
「ロザリア様は他になんて? 会話、弾んだの?」
「弾むわけねぇだろッ。例の怪文書の件で催促もされた」
「マーシュリカを含む毒についてや解毒剤のことは話したのでしょ?」
リシュが訊くとロキルトは冷たく嗤い、そして言った。
「まさか」
「まさかって…… 言ってないの?」
「当たり前だろ。解毒の調合に関する出処を誤魔化せたとしても、毒視姫が王宮に戻ったんだ。毒が解明したと判れば、おまえが真っ先に怪しまれるに決まってるじゃないか。ラスバートにはまだ口止めをしてあるし、薬学師たちにも伝えてない。すべてまだ調査中だと言ってある」
それに───と、ロキルトは言葉を続けながら冷ややかに向けた眼差しを細めた。
「リシュはオリアルの指にも色を視たんだろ?だったらあいつも怪しいと考えるべきだ。自作自演か 母親と共謀している可能性だってあるじゃないか」
ロキルトは微笑を浮かべていた。
こんなときなのに。なんだかそれはとても残酷なものに思える。
たとえ血の繋がった姉であっても、疑うという現実を愉しめてしまえるほど、ロキルトはこういった状況に慣れてしまっているのだろうか。
「おまえの力をわざわざ教えてやるようなことはしないと言ったはずだ。あの女から悪意の色が視える限り、油断はならないからな。そう簡単に美味い餌を出してやる必要はないさ。……そんなことより、リシュ」
ロキルトが更に間合いを詰め、リシュの腰掛けた横へ片膝を付いた。
そして背もたれに片手を添えるような姿勢で迫りながら言った。
「俺はおまえの担当だったあの配膳係が怪しいと思っている。何か視えなかったか? あの娘から」
リシュはロキルトから目を逸らしながら 首を振った。
ロキルトの感情が昂ぶっている。
今はまだミレアに毒の色を視たことも、ロザリアと繋がりがあることも言わない方がいいような気がした。
もし疑いがあることを知れば、ロキルトはあの二人を 今すぐここで拘束しかねない。
(理由を……)
もっと明確な証拠を得なければ。
わたしやロキルトだけに判る証拠じゃダメなんだ。
オリアルの指に毒の色が視えても、ロザリアが悪意の色を纏っていても。
なぜ彼女はロキルトを憎んでいるのか……。
わたしの料理に盛った毒の指示を出したのがロザリアだとしても。
それがなんのためなのか理由が知りたい。
理由を掴まなければ。
ロザリアの噂は城下でも評判がいい。
きっと王宮での支持も多いだろう。
いくら王でも、彼一人の判断で事を運べば反感を買うのは間違いない。
ロキルトが不利になる。
(───って、わたし。なんだかロキルトに味方しようとしてる……?)
憎らしかったはずなのに。
ロキルトなんてどうなったっていいはずなのに。
「本当に何も視てないのか?」
ロキルトの探るような視線を前にして、リシュの鼓動は息苦しいほど早くなった。
「なんか言いたそうな顔だな」
「べ、べつに何も。わたしはただ……」
「ただ? なんだ、言ってみろよ」
「せっかく決めたドレスが……着れないのが、なんだかちょっと残念なだけよ」
「そんなもの、祭りは一日じゃないんだ。着られる機会はまだあるだろ」
「………そうだね」
「意外だな」
「は?」
「着飾ることは嫌いではなかったのか?」
「好きではないわ。でもせっかく時間をかけてリィムやスウシェ様が選んでくれて」
疲れても頑張って試着もしたのだ。
「俺のために着飾ってみたくなったのか?」
「そんなわけないでしょ!勘違いしないでッ」
ムッとしながら言うリシュを見て、なぜだかロキルトはクスリと笑って言った。
「リシュは面白いな」
お、面白い ⁉
ど、どこがっ⁉
「ムキになるところとか、すぐに顔が赤くなるところとか。……さて、ここに長居するつもりはない、帰るぞ」
ロキルトはリシュから視線を外すと長椅子から離れた。
「どうした? なにぼんやりしてる。泊まっていく気か?まあ、俺は別にかまわないが。ちょうど寝台もあるじゃないか、添い寝してやってもいいぞ」
冗談じゃない!
「帰りますっ」
慌てて立ち上がったはいいが、勢い余って足元がふらついた。
「支えてやろうか? 眠り姫」
愉しげな笑みを向けたまま言うロキルトの目を、リシュは真っ直ぐ 見返しながら言った。
「平気よ。眠ったりなんかしないわ」
「強情だな。そういうところはリサナにそっくりだ」
からかうように言いながら、ロキルトは部屋の扉を開けた。
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