妃 候補〈3〉



 ドレスで溢れる部屋へ戻り試着を再開しようとしたとき、リシュの目に止まったドレスがあった。



「……この色」



 それは淡い水色。



 とてもとても薄く白に近いくらい。



 ロキルトの瞳の色に似ていた。



 デザインはシンプル。しかし光の加減で銀の光沢を放つ布地に真珠や細かな紅玉や晶石が散りばめられ、繊細な美しさのあるドレスだった。


 控えめだが紅玉が良いアクセントになっている。




「気に入りましたか? 実はこれ、姫さまに一番似合うと思ってましたのよ。蒼い髪色がよく映えて」



「あかも……」



「え?」



 聞き返すスウシェにリシュは言った。




「赤い色の服も一着くらいなら、選んでもいいです。この紅玉のような色、嫌いじゃないので」



 光の加減で少しだけ紫に光るその玉色に。



 昨夜視たロキルトの髪色が重なった。



「そうですか、いいですわ。選びましょうね」



 そして残り十五着を選び終え、これでやっと解放されると思ったのも束の間。



「昼食後は装飾品や靴などを選びますから」



 スウシェに言われ、リシュは頬をひきつらせた。



「そうそう、ラスバート様と陛下が昼食に同席されたいと申してましたが、いかがされます?」



「おじさまには話したいことがあります。陛下には会いたくないです」



「かしこまりました。そのように手配しましょう」



 スウシェの返事にリシュは少しホッとした。



 ちょうどラスバートに会いたいと思っていたのだ。



「では姫さま、今日の午後、わたくしが開くお茶会へ姫さまをご招待してもよろしいかしら?」



 リシュはスウシェと初めて会ったときに約束していたことを思い出した。



「わかりました、行きます」



「嬉しいですわ。ではまた午後に」




 優雅に会釈をし、スウシェは部屋を出て行った。



 ♦♦♦



 スウシェが出て行った後、僅かな休憩をとり、昼食も宮内の一室に用意されるものだとばかり思っていたリシュにリィムが告げた。



「それがラスバート様の「ご招待」というかたちをとるとかで。姫さまには移動してもらうことになりましたの。ラスバート様が使われている西の棟へ。少し距離がありますから、陛下のご命令で護衛が付くことになりました。とりあえず今日はユカルス様が応接間でお待ちです」



 招待に、護衛に。



 自分の置かれた状況が自分の意思に反して勝手にめまぐるしく変わってしまうことに、リシュは怒りを覚えた。


 とてもついていけない、とも感じた。




「ご招待された身で宮の外へ出るからにはちゃんとお洒落してくださいね」



 リィムに懇願され、リシュは仕方なく化粧と着替えをした。



「少し派手じゃない?」



 モスグリーンの中に細い朱色が格子柄になっているワンピースと、胸元には金細工で装飾された中央に蝶の浮き彫りが美しいブローチ。



 蒼い髪は高く結い上げられ、小花を象った真珠の髪飾りまで着けられてしまった。



「とてもよくお似合いですわ。このくらいの装いは普通です。地味なくらいですわよ。今日から宮の外を出歩くとなればきっと姫さまは注目を浴びます。

 煩わしい声やうるさい視線がつきまとうかもしれません。

 これからは、宮より外は姫さまにとって落ち着かない場所となるはず。

 ですからこの先、ご衣装は鎧だと思ってください」



「ヨロイ……」



「ええ、とても美しい鎧を身に纏うと思えばいいんです。このくらい派手でなければ、跳ね返せませんよ」



「跳ね返すって何を?」



「視線です。美しくあれば、黙っていても悪しき視線の矢くらいは折ることができますから」




 悪しき視線の矢、か。



「そうだね。……ありがと、リィム」



 とてもとても憂鬱だけれど。



 下を向いて歩くことだけは絶対にしたくないと、リシュは思った。




「じゃあリィム、そろそろ行きましょうか」



 リシュはリィムを従え、部屋を出た。





 宵の宮から西の棟へ向う間、リィムが案じたように様々な視線がリシュに集中し、囁きが耳を掠めた。





 ───あれが……




 陛下が呼び寄せた………?





 あの魔女をまたか




 ……いや、あれは




 妃候補だって………⁉




 ……ちがう、あれは……



 まるでサリュウスの………




 恐ろしい魔花のよう。




 あの娘が……?




 そう



 あれが……



 あれが毒視姫。




 かつて王宮にいた




 魔女の娘よ





 ああ、またか……




 陛下はまた魔女に




 魔女と契約なさるおつもりか……






 ヒソヒソと自分を突き刺す視線と囁きにリシュは昔を思い出していた。





 ……ああ、そうだった。




 こんな感じ、王宮って。




 すっかり忘れていた。




 でも




 思い出したことで、なんだか冷静になれた。





 思い出すことで、心に余裕も少し生まれる。




 確か、こんな中にいても母様はいつも笑っていたっけ。




 余裕で強かった。




 向かってくる侮蔑を跳ね返す、その笑みはいつも快闊にして妖艶だった。




 ……だから思う、こんなとき。




 自分も近付きたいと




 リサナに。





 強い気持ちで跳ね返したいと……。






 歩きながらリシュはそう想い……




 そして一瞬だけ……





 一瞬だけ





 毒視姫は





 その口元に笑みを浮かべた。







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