妃 候補〈4〉




「ああ……リシュ。とても美しいね、よく似合ってるよ、その服」




 ようやくラスバートのプライベートルームである一室へ通された。




「ここへ来るまでに君を目にした殿方たちはきっと皆、その美しさに心を射抜かれたんじゃないかなぁ」




 向けられた言葉と甘い微笑をリシュはおもいきり睨んで跳ね返し、そして叫んだ。





「ええ! おじさまっ、わたしもここへ来るまでに悪意と嫌悪と敵意のこもった視線の矢で射抜かれっぱなしだったわ‼」





「……はは。まぁ、そう怒るなよ。食事にしようか、ね?」





 ♢♢♢



「招待なんて、どうしてこんなかたちにしたの?」




 奥の間に用意された昼食の席に着き、リシュはラスバートに訊いた。





「おいおい……。いくらおじさまでもね、陛下のお気に入り姫のところへほいほい行って一緒に飯食うわけにいかないの。

 しかもあそこは宵の宮だろ、入れるのは陛下と陛下の護衛とか許された者だけ。ただでさえ朝から大騒ぎだったのにさ~、おまえさんが陛下との昼食より俺との昼食を選んだなんて知られてみろ。ま、俺は嬉しかったけどさ。もー、すっげえ怖い顔で睨まれたんだからな、陛下に。

 どうしてラスだけなんだ! ……ってさ、また機嫌悪くなってー。

 陛下の承諾を得た俺のご招待ってことにしておけば、うるさい連中もとりあえず黙るしな。

 で? 一体何が原因でケンカしちゃったわけ? おじさまとしては、とおっても気になるんだけど」





(それは……)




「いきなり妃候補宣言なんてしてさ~、夕べのお渡りでよっぽど気に入ったのかって噂んなってるし」




 お、お渡りっ!




「あれは違うのっ」




「それでいてロキの奴、なんかすっげ機嫌悪いしで、みんな興味津々ってことだな」





(絶っっ対、言うもんですか!)




 リシュは誓った。




 膨れっ面で黙り込む。そんなリシュの表情を前にしても、ラスバートは問い詰めることなく微笑み、そして言った。




「でもリシュ、おまえスウちゃんから聞いてるんだろ? 陛下がおまえさんを自分のお妃候補にするって公言した話」




 す、すうちゃん⁉




 宰相を平気でちゃん付け呼びするラスバートに呆れながらも、リシュは言葉を続けた。




「おじさまはわたしを養女にして陛下に嫁がせるつもりなの⁉ 本当にそんなことを考えてるの?

 おじさまはわたしをそんなことに利用するためにここへ連れて来たの?」




「あぁ……あれはさ~、あんときあの場を治めるのに仕方なく言っただけでさー、深い意味は無いよ。ま、大目にみてよ、ね?

 とりあえずは陛下自身も、当面は嫁さんもらうつもりはないみたいだし、でも宵の宮をいつまでも空にしておくわけにはいかない。今回はリシュにも一役買ってもらわないと」




 ラスバートはここで一度声をひそめ、リシュにだけ聞こえるように言った。




「例の件を探るためにも、少し我慢してもらいたい……」





「……おじさま、そのことでいろいろ聞いておきたいことがあるわ。早く食事を済ませて人払いをしてほしいの」





「了解、いいよ。でもまずはご飯を食べてから……? おやまあ、珍しく食欲旺盛じゃないか、リシュ」




 目の前でパクパクと食べ物を口へ運ぶリシュの様子に、ラスバートは目を見張る。



「お腹空いたのよ。だって三十着も着せ替えさせられたのよ、ドレス!」




 ラスバートは ふはは、と笑った。




「へえ、そりゃスウちゃんも奮発したんだな、予算。うんうん、楽しみだなぁ、リシュのドレス姿。ぜひ一曲踊ってくれよ」




「おじさまってば、呑気ね。本当は知ってるんじゃないの、おじさま。わたしとロキがなぜ喧嘩したのか……とか」




「知らんよ。俺は本当に聞いてないよ。いくらスウちゃんと親しくても宵の宮で何があったかなんて。陛下以外の男子に、部外者に知らされるわけないだろ。そりゃ俺はおまえさんの後見人だけど。いや、それ以前にさ、リシュ……この際、俺のことおじさまじゃなくて「お父さま」とか本気で呼んでみない?」




「ない」




「……即答か」



 ちぇっ。 などと言いながらも、リシュを見つめて微笑むその顔は昔からよく知っている温かなものだった。




 この王宮で、



 一つだけ、




 リシュが安らげることのできるとても親しんだ笑顔。



 ……つい、甘えてみたくなる、




 そんな顔。




 おじさまも、ある意味




『毒』




 なのかもしれない。




 リシュはふと、そんなふうに思った。






「ね、おじさま。単刀直入に訊くけど……母様とロキって……その、男女の関係あったのかな」




 ラスバートが口からスープを噴き出した。




「やだっ、もーッ!おじさまってば汚いわねっ……もう! なんなの!」




 タイミングよく給仕に入った小間使いの娘が、慌ててラスバートが汚したテーブルの上を片付け始めた。




「なんなのって、こっちのセリフだ! なんだよその質問!」




「だって母様、今わたしが居る宮で過ごしていたって聞いたから」




「でもだからってそんなはず……いや、まさかだろ……無い無い!驚かすなよリシュ……」



 否定しながらも何故か物思いに沈んでいるようなラスバートだった。




(聞かなかった方がよかったのかしら……?〉




「あり得ないだろ、絶対。うん、陛下のあーゆーのはさ、初恋とか。きっとそんな感じだろ」




「母様が?」




 ロキの初恋?





「本人に聞けよ」





 ───そ、それができないから訊いてるんでしょっ。



 リシュは心の中で叫んだ。




「じゃあリシュはどう思うのさ。なぜそんなふうに思う? もしかして比べられたとか? 陛下に。君とリサナと」




 ラスバートの視線が緩まり、なるほどというような顔をしたことにリシュは慌てた。





 そして聞いたことを後悔した。





 嫌になるほど頬が熱くなっている。




 きっと赤い顔をしている。




 そしてまたラスバートに笑われると思っていたのだが。




 彼は笑うことなく、真面目な顔で言った。





「君が想うような関係ではないさ、あの二人は。……そうだな、親子関係にも似てるけど、でもそれは君とリサナのそれとはまた違う形という気もする。「男の子も育ててみたかったわ」とか言って陛下を可愛がっていたのは事実だがね。それでも君が心配しているようなそーゆー関係ではなかったと思うからさ、そんなに気にしなくても」




「気にしてるわけじゃないわ」




「そお? んじゃ俺も君と陛下との間に何があったのかは詮索しないけど、ひとつ言っとく。陛下はとても気にしていた様子だったよ。喧嘩のこと、きっと謝りたいと思ってるんじゃないかな。ま、あの王様は素直じゃないからねぇ。

 だからリシュのがお姉さんなんだからさ、もう許してあげちゃいなよ」




「……い、嫌よ! そんな気分になれそうもないわ」




「えー、困るよぅ。陛下の機嫌、少しでもよくなってもらわないと周りが迷惑するんだぞ。だからここはひとつ俺が二人の仲を取り持つということで、お茶会でも開くとするか。午後の予定は?」




「今日はもうスウシェ様にお茶会へ誘われてるの。それに、しばらくロキとは……陛下には会いたくない。明日の昼過ぎからは嫌でも会って一緒に行動しなきゃならないなら、尚更よ」




 ロキルトが気にならないわけではない。



 むしろ何を想い何を考えているのか気になる。



 それでも会いたくないなんて。



 こんな矛盾した気持ちは初めてで、混乱する。




 けれど、とりあえず今は放っておけばいいのだと言ってくれたスウシェの意見に従うことにリシュは決めていた。




「わたし、午後もまだ靴とか装飾品選びとかで忙しいの。早く食べ終えて例の件について話したいわ」




 それっきり黙ったまま、食べることに専念し始めたリシュを見つめ、ラスバートは苦笑した。



 そして頷きながら返事をし、再び綺麗に盛り付けられた自分の昼食に手を伸ばした。











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