魔性の王〈6〉




「ロキ ⁉」




 やはり誰か呼びに行こう。



 リシュが寝台を降り扉へ向かおうとしたそのとき、出入口の扉が開いてユカルスが現れた。




「あ、あの! ろ…… 陛下がっ」




 ユカルスの視線がリシュから後ろの寝台へと移ったが、彼は然して動じることもなく言った。




「眠られたようですね、やっと……。眠りを拒むように生活していましたから、これでしばらくは深く眠れるのでしょうね。まぁ、陛下にとって今夜は不本意な結果になったのかもしれませんが」




「あなたは……」




 ……このひとは



 知ってるの?



 わたしの髪の香でロキが眠ることを。



 わたしも……こんなこと未だに信じられないけど。





 何か言いかけたが、黙ってしまったリシュにユカルスは言った。




「どうしますか、リシュ姫。この後。添い寝でもしますか? あの魔女がよくしていたように、あなたも」




(添い寝ですって⁉ 母様が、添い寝……ロキと?)




「別に構いませんよ。あなたは宵の宮の姫ですから。いつそういう関係になってもおかしくない。寝付きも寝起きも悪くて、朝は特に不機嫌な陛下も目覚めたときあなたが横にいれば、きっとお喜びになって機嫌も良く……」




「お断りします!」




「おや、そうですか」



「部屋に戻らせてください」



「わかりました、送りましょう」



 ユカルスはリシュを扉へ促した。





 一度だけ、リシュは寝台を振り返る。




 ロキルトの髪色は黒紫に戻っていた。



 呼吸も安定している様子だった。



 少しホッとしてリシュは部屋を出た。





 自室に戻り長椅子に腰を下ろし、リシュはしばらく茫然自失でいた。



 テーブルの上の呼鈴でリィムを呼ぼうかと思ったが、手が伸びることはなかった。



 いろいろと想うことが多すぎて。



 一人で居たかった。



 肩から、ふわりと膝の上にまで流れる群青色の髪に触れ、リシュはそれを口元に寄せてみた。




(……匂いなんてしない)




 ロキルトに会う前に、リィムが髪に塗ってくれた香油がほのかに匂うだけ。




 それなのに。



 ロキには……




 ロキだけが感じる香りがこの髪から発してるなんて。




 母様はなぜ教えてくれなかったのだろう。



 置き土産、なんて言い方、彼はしていたけれど。



 ……ロキに対する嫌がらせを、母様は置いて逝ったの……?



 それって……わたし?



 こんなのって。



 これではまるで……



 自分はまるで



 毒のかたまりのよう……。



 ……それにしても。



 疲れた。




 でも彼が眠ってくれて……




 助かった。



 ……のかな。



 あのままだったら、わたし……



 あの子に……





 なぜか急に頬が熱くなり、リシュは慌ててふるふるっと強く首を振った。



「もう寝よう、わたしも」



 のろのろと寝台のある部屋へ移動し、柔らかな毛布の中で丸くなる。




 目を閉じると、リサナの面影が瞼の裏で揺れた。



 ♦♦♦



 ……母様。



 わたし……とりあえず逃げずに居られたけど




 彼を



 ロキを怒らせたわ。




 母様のことが恋しいの? と言ってしまった。




 図星だったみたいだけど。



 でも、



 恋しいのはわたしも同じ。




 わたしだって……ホントはまだ、




 まだ少し、




 母様が……恋しいんだよ。




 でも母様……



 母様はロキのこと




 どんなふうに想って……





 ここで……




 ロキとどんな生活を送っていたの?






 この



 王宮で……





 この……




 宵の宮で。




 ♦♦♦



 優しく微笑むリサナの顔ばかりがリシュの脳裏に浮かぶ。



 その慈愛にみちた眼差しに包まれながら、いつしかリシュは深い眠りの中に落ちていった。







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