第4話 家庭訪問

 ゴールデンウィーク前に月見が丘小学校では、家庭訪問を実施している。子供達の家庭での生活を保護者に聞いたり、問題を早めに先生と話し合うためだ。


 しかし、1年1組には他にも話し合わなくてはいけない問題がある。鈴子先生は入学式からの2週間、少しずつは学校生活に慣れてきてはいるが、やはり注意しなくてはいけない面もあると溜め息をついた。


「鈴子先生、私が同行しましょうか?」


 田畑校長に声を掛けられたが、1組の担任は自分なのだと断る。しかし、いざ生徒の家を訪問するとなると、鈴子先生は緊張してくる。


「なぁ、あそこの角を曲がったら、僕の家やで」


 1番目の訪問先は、ゴンギツネの銀次郎くんの家なので、学校から案内してもらう。お母さんが、玄関で出迎えてくれる。


「先生、いつも銀次郎がお世話になっています」


 細面のキツネ顔の美人が、深々と頭を下げる。鈴子生徒は、慌てて挨拶をする。


「こんにちは、1組の担任の森鈴子です」


 まぁまぁお上がり下さいと、玄関に招かれるが、一番初めから予定をオーバーするわけにはいかない。


「ありがとうございます。他の家庭も訪問しなくてはいけないので、玄関先でお話させて頂きます」


 銀次郎には上に銀太郎がいたので、お母さんも家庭訪問には慣れている。家に上がらない先生の為に、座布団も準備万端だ。


「そうですかぁ、ほなら、お座布団だけでも」


 鈴子先生は、ベテランのお母さんで話は早いと安堵して、玄関で座って話をする。


「銀次郎くんは、お家ではどのようなお子さんなのですか?」


 銀次郎はお母ちゃんの膝の上にちょこんと座る。家に帰って安心したのか、ピョコンと耳が出ている。


「これ、銀次郎! 耳が出ていますやん。すみません、この子は甘えたで……学校でも耳や尻尾をよう出していると聞いてます」


 鈴子先生は、確かに時々失敗しているとは思ったが、回数は徐々に減っていると説明する。


「銀次郎くんは、少しずつ慣れていってます。あとは、驚いたりした時にも慌てないようにしないといけませんね」


 家では甘えん坊な銀次郎の様子を見て、鈴子先生は次の家に向かった。




「はあぁ……」猫おばさんの下宿に帰った途端、鈴子先生は玄関に座り込んだ。なかなかハードな家庭訪問だったのだ。


「鈴子先生? どないしはったん?」


 猫おばさんは、鈴子先生にお茶でもと言うが「お茶は結構です!」とトイレに駆け込んだ。


「おや、まぁ! お茶攻撃にあったみたいやねぇ」


 上の子がいる銀次郎くんの家とかは、家庭訪問をする先生は、お茶でお腹がじゃぼじゃぼになるのを知っているが、初めて小学校に子どもを入学させた保護者は、プリントで断っているにもかかわらず、茶菓を用意してした。



 家庭訪問の初日を終えた鈴子先生は、沢山の反省点を纏める。


「大幅に時間が遅れてしまったわ。家庭での様子を聞くのが目的だけど、初めて子供を学校へ通わせるお母さん達は、学校で問題を起こしてないか? それが心配なのね」


 雪女の小雪ちゃんは、未だ春先なのに暖かい日は元気がない。お母さんは、夏は無理ではないかと心配していたのだ。鈴子先生は、1年1組の生徒達が抱えている問題をもっと真剣に受け止めなくてはと反省した。自分も泣き女として苦労してきたが、人系だったので、耳が出たり、皿を頭に乗せたり、夏の暑さで倒れたりはしなかった。


「明日は……ろくろ首の緑ちゃん、だいだらぼっちの大介くん、ネズミ男の忠吉くん……」

 資料を読み直している間に、夜は更けていった。



 新米の鈴木先生には、妖怪の家庭訪問は大変だった。人間社会に子どもが馴染めるか神経質になっている親は、訪問時間に大幅に遅刻して現れた若い泣き女を信用しない者もいたのだ。


「お母ちゃん、鈴子先生、また泣いてはるね」


 聴覚の鋭い珠子ちゃんは、二階の部屋でシクシク泣いている鈴子先生を心配する。耳が自然と立ってピクピクしてしまう。


「これ! 聞き耳を立てたらあかん! 大人には大人の事情があるんや。鈴子先生はええ先生やけど、優しそうやし、なんたって泣き女やから……泣くなと言っても無理やわなぁ」


 家庭訪問先で、初めて人間社会に馴染もうとしている妖怪の親から「あんさんみたいな新米の先生には無理や!」と頭から否定されて、その場はどうにか泣くのを我慢した鈴子先生だったが、下宿先に帰るとなり部屋に閉じ籠って泣いているのだ。


 泣き女は、泣くのが性分なので、泣き出したら止まらなくなる。その日は、珠子ちゃんと、お母ちゃんは、耳栓をして眠った。猫系だったので、寝るのは得意なのだ。



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