第5話 遠足で大混乱

 月見が丘小学校には、妖怪や半妖怪だけでなく、人間の子ども達も通っている。大阪のど真ん中なので、若い夫婦は郊外に引っ越してしまい子ども達は少ない。その上、妖怪の子どもが通う月見が丘小学校を拒否する親は通わせていない。


 一学級23人程度の少人数制で、妖怪の子ども達にも理解を示す先生のみが勤務している。70人の1年生の内、48人が普通の人間の子どもだ。


「1年生の遠足は、何処にしましょう?」

 ぽんぽこ狸の田畑校長は、1年生の担任を集めて相談する。1組は新米の鈴子先生だが、2組、3組はベテランのおばちゃん先生だ。1年生の担任は基本的に小学校に馴れる為に、細かな心配りがしやすい女の先生が就くことが多い。


「去年は大阪城でしたし、今年も同じで宜しいのでは?」

 鈴子先生は、大阪城までは歩いていけないのではと首を捻る。

「あのう、少し遠いのでは? 未だ1年生ですし……」

 他の先生達が誤解しているのに気づいて、微笑みながら、教えてあげる。

「月見が丘小学校の遠足は、基本的には電車を使うのです。秋の社会見学はバスをチャーターしたりしますよ」

 大阪のど真ん中の月見が丘小学校は、歩いて遠足させることは少ない。電車で移動するのは大変だが、それを体験させるのも学習の一部なのだ。


「電車の中で子ども達が騒いだりしないでしょうか?」

「それは、事前にきちんと言い聞かせておかないといけませんね。お年よりや妊婦さんなどに席を譲るマナーも教えておきましょう。それに、大阪城公園前まではほんの数駅ですから、大丈夫ですよ」

 大阪城の天守閣を見学して、公園の芝生の上でお弁当を食べさせて、学校に帰るといったコースは、ベテランの先生には朝飯前だ。

 心配そうな鈴子先生だが、他に行く場所も考えられないので、大阪城に決まった。田畑校長は、何人かの副担任も付いて行きますと安心させた。


「わぁ~! 遠足やぁ!」


 終わりの会で、プリントを配った途端に歓声があがる。鈴子先生は、心配が子ども達の笑顔に吹き飛んだ。小学校の先生になりたかった初心を思い出す。


「大阪城には電車で行きます。プリントには電車でのマナーも書いてあるから、読んでおくようにね。お弁当の他に、300円までのおやつも持って来ても良いですが、絶対にゴミをすてないようにしましょう」


 おやつ! 教室は、何を持って行こうか? と大騒ぎになる。

「先生! バナナはおやつになるのですか?」

 はい! はい! はい! と皆が手をあげる。

「バナナ……バナナはおやつではありません。でも、果物は、できたらタッパーか何かに入れて貰ってね」

 房ごと持って行こうかと考えていた銀二郎は、タッパーかぁとがっかりする。

「きゅうりは、おやつじゃないですよね?」

 河童の九助は、タッパーにたっぷりときゅうりを詰めて行こうと考える。鈴子先生は、余り沢山のお弁当を持って行かないようにと注意をする。

「小学校から、駅まで歩かなくてはいけませんし、電車での移動、大阪城の天守閣にも登ります。だから、余り重たいと疲れてしまいますよ。お昼のご飯の時間は一時間です。そんなにいっぱい持ってきたら、遊ぶ時間もありませんよ」

 行く前から、不安になったが、生徒達の笑顔に鈴子先生は頑張ろう! と小さな握りこぶしを作った。



 遠足の当日は、雲の一つない晴れだった。1年1組の生徒の中には、夜に興奮してなかなか寝つかれない子もいて、電車の中で気分が悪くなったりした。

「俺、あんまり電車とか乗ったことないねん」

 河童の九助は、鈴子先生のプリントをまもって、座らずに立って窓の外を見ていたが、風景がどんどん変わっていくので目が回ってしまう。

「おい、九助くん! 大丈夫かぁ」

 改札で、子ども料金ではないのでは? と疑われただいだらぼっちの大介くんが、ふらふらしている九助くんを片手で抱き抱える。

「九助くん、気分が悪いのなら、空いている席に座りなさい」

 鈴子先生が九助くんの世話をしている間に、電車は大阪城のある駅に着いた。

「ここで降りますよ!」

 鈴子先生は慌てるが、級長の珠子ちゃんが先に皆に教えていた。

「全員いますね!」

 ホームに並ばして、大阪城の天守閣へと出発だ。2組や3組の生徒は、小学校に入学する前に幼稚園や保育所に通っていたから、遠足にも慣れている。でも、1年1組の生徒は、受け入れてくれる幼稚園や保育所は無いので、遠足は初体験だ。

「鈴子先生、二人ずつ手を握らせた方が良いですよ」

 ついてきた田畑校長は、新米の先生にひやひやする。

「皆さん、手を繋いで先生について来てね!」そう言って、鈴子先生は先頭に立って天守閣を目指す。田畑校長はしんがりだ。

「あっ! お堀や!」九助くんが飛び込みそうなのを、大介くんが止めているかと思うと、興奮して銀次郎くんは尻尾を出している。

「銀ちゃん、尻尾!」ねずみ男の忠吉くんが注意する。

「わぁ~! 凄いなぁ!」

 ろくろ首の緑ちゃんは、列の後ろから大阪城をよく見ようと、思わず首を伸ばしている。

「緑ちゃん、あかんで!」珠子ちゃんがこそっと首が伸びてると教えてあげる。女の子は、失敗したら恥ずかしいと思うのだ。

 そんな様子を見ていた田畑校長は、今年の1年1組も良い子ばかりだと微笑む。


 どうにか天守閣を見学したが、1年1組の生徒の中には「落武者がいる!」と幽霊を見た子も多かった。

「校長先生、大阪城は落城しているから……遠足の目的地には不適切では?」と鈴子先生は、校長先生に眉をしかめる。

「いやぁ、敏感な子は、何処に行ってもアレコレ見てしまいます。それらに慣れるのも遠足の目的ですから」

 確かに「俺も見えるで!」とか、「私は見えへん、何処にいるん?」とはしゃいでる。一人で見たら怖いが、皆で見れば平気なのかもしれない。


 1年1組の生徒達は初めての遠足を大いに楽しんで、家に帰って家族に話してきかせた。疲れきった鈴子先生は、遠足の夜、熱を出した。



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