第34話 三学期の始業式

 月見ヶ丘小学校には、お正月を家族とすごし、冬休みをめいっぱい楽しんだが生徒たちが登校してくる。

「おはようございます」

 校門で出迎えている田畑校長は、元気なあいさつをする生徒に、ぽんぽこお腹を叩きながら「おはよう!」と、声をかける。


 1年1組にも、生徒達が元気に集まっている。

「年賀状、ありがとう! 俺は奈良に居たから知らんかってん。ここで渡すわ!」

 天の邪鬼のお祖父さん家でお正月を過ごした良くんは、本当に散々な目にあったのだが、天の邪鬼なので楽しかったと自慢する。この寒い中、水風呂に入らされたり、冷たい麦茶をのまされたりしたのだ。氷が浮かんだガラスの鉢で素麺を出された時は、お母ちゃんがキレて、にゅうめんに作り替え、お祖父ちゃんはヘソを曲げて食べないと騒いだり、兎に角、大変だったのだ。

『二度と奈良では正月を迎えへんで!』と何回も宣言しているのに、何故か酷い目にあいに行ってしまう。天の邪鬼の血は厄介なのだ。


「お正月は、着物を着たんや」と、お洒落な緑ちゃんは自慢するし「ええなぁ」と、豆花ちゃんが羨ましがるのも、パターン化してきている。警察官になりたい狼少年の謙一くんは、人間関係の図の作成に忙しい。しかし、その謙一くんが一番注目しているのは、珠子ちゃんだ。

『なんや知らんけど、珠子ちゃんから秘密の匂いがする。なんやろ?』

 入学した時は、猫娘の珠子ちゃんが少し苦手だった謙一だけど、級長として1組をまとめている手腕を認め、とても尊敬している。

『あやしい!』と秘密のノートに書きこむ。「これが警察官の勘というものや……」

 テレビで聞いた言葉を呟いて、にまにまする。まだ小学1年生で警察官ではないのは無視している。


 1年1組の教室での「お年玉もろうた?」とか「お祖母ちゃんの家に行ったよ!」と冬休みの間の話題は、他の小学生と同じだが、少し内容は違うのだ。


「雪女のお婆ちゃん家は、山の上にあって寒い風が通り抜けるんや! 朝、起きたら雪が布団の上にうっすらと積ってて、とても気持ち良かったわ」

 楽しそうな小雪ちゃんには悪いが、猫娘の珠子ちゃんは温いコタツが大好きなので、余り居心地が良さそうには感じない。良かったなぁと、あいづちは打つが、気は入ってない。

「珠子ちゃんは、冬休みに何をしてたん?」

 自分の話ばかりしてはいけないと、小雪ちゃんが尋ねる。珠子ちゃんは、本当は話したくてうずうずしていたのだ。

「あんなぁ……鈴子先生を追いかけてきた首斬り男がなぁ……」

 親友の小雪ちゃんには、内緒にはできない。耳元でこしょこしょと最新ニュースを教える。

「ええっ! 首斬り男が……」猫娘の反射神経は抜群だ。パッと小雪ちゃんの口を押さえる。

「始業式まで秘密やねん!」こくこくと小雪ちゃんがうなづいたので、珠子ちゃんは手を離した。

 キラリと謙一くんの目が光る。狼の妖怪の血を引いているので、こしょこしょ話の内容が少し聞こえたのだ。熱心にメモをとる。


 チャイムが鳴り、輝くほど綺麗な鈴子先生が教室に入ってきた。

「みなさん、明けましておめでとうございます!」

 河童の九助くんは「先生、べっぴんさんやなぁ! 彼氏できたんか?」とはしゃぎまわる。級長の珠子ちゃんが、九助くんを注意して席につかす。

「先生、明けましておめでとうございます」

 級長の珠子ちゃんの音頭で、全員が大きな声で言う。鈴子先生は、ひとりひとりの顔を眺めて、にっこりと微笑む。


「ピポ~ピポ~ン~! 始業式を始めます。講堂に集まって下さい」

 構内アナウンスで、1年1組も鈴子先生の後ろについて、講堂へむかった。他の生徒は、始業式の校長先生の話が長く無いと良いなぁと思いながら歩いていたが、珠子ちゃんと小雪ちゃんは顔を見合わせて笑いを必死で抑えていた。

「皆さん、明けましておめでとうごさいます! 三学期は、頑張って勉強しないといけません。一月は行く! 二月は逃げる! 三月は去る! あっという間に終わってしまいます」

 田畑校長の話など1年1組の全員の耳に入ってなかった。何故なら、先生達が座っている席の端に、首斬り男がいたからだ。

「なぁ、あれは首斬り男やなぁ?」

 河童の九助は、ねずみ男の忠吉に小声で質問する。前の袴姿ではなく、普通のスーツを着ているし、髪だってさっぱりと切っているので、首斬り男かどうかわからなかったのだ。それに、もちろん腰に刀をさしてもない。

「似てるけど、違うんとちゃうか? 首斬り男を雇ったりしたら、親が黙ってないで」

 プールでクラスメイトの足を引っ張った九助は、そやなぁと首を竦める。自分が悪かったのは承知しているが、大阪の親のやかましさは身に染みたのだ。


「それでは、新任の先生を紹介します。鈴木達雄先生です。体育を専門に教えて貰います」

 校長先生に紹介された達雄先生は、きっちりと頭を下げた。

「田畑校長先生に紹介にあずかりました、鈴木達雄でござる。拙者は、前は剣道を教えていたので、習いたいと思う生徒は放課後に指導したいでござる」

 話し方で、首斬り男だと1年1組の全員がわかった。でも、叫び声をあげようとした九助は、猫娘が素早く口を押さえた。忠吉くんが飛び上がろうとしたのは、謙一くんが押さえる。

「ええなぁ! 親にいらん事を言うたら、えらい事になるでぇ!」

 級長の珠子ちゃんが、目をキラリと光らせる。猫娘を怒らせると怖いのだ。全員が、うんうんと頷いた。師走に田畑校長先生が家を駆け回って大変だったのだ。それに、首斬り男も前と違って怖くない。

「妖怪は妖怪どおし、助けあわなあかん!」

 だいだらぼっちの大介くんの一言に、全員が大きく頷くのを、鈴子先生は見て泣いた。

「みんな、優しい子ばかり……先生はみんなの担任で良かったわ」

 首斬り男の達雄先生は、嬉し涙を流す鈴子先生に手ぬぐいを差し出した。


 大阪のど真ん中にある月見ヶ丘小学校には、泣き虫の鈴子先生と、すっごく強い達雄先生がいる。

 生徒たちは、それぞれ訳ありだが、悪いことをしたら、鈴子先生が泣くのでしないようにする。高学年の反抗期の生徒も達雄先生ににらまれると、素直に言うことを聞く。

「絶対に逆らったらあかん気ぃする」

 達雄先生が一睨みするだけで、背中がゾクゾクッとするのだ。

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