第35話 新任の達雄先生!

 三学期という中途半端な時期に採用された首斬り男は、高学年の体育を中心に指導する山田先生に色々と月見が丘小学校の問題点を教えてもらう。

「ほんまはずっと月見が丘小学校に勤務したいんやが、父親が体調を崩してもうたんや。近所の小学校にあきがあったんで、四月から転任するんや」

 山田先生は、月見が丘小学校の理念に賛同していたのだが、親と同居することを選んだのだ。

「親孝行とは立派な心がけでござる。拙者の親は他界しておるので、親孝行はできないでござるよ。親孝行、したい時に親は無しと昔から言うでござる」

 山田先生は、首斬り男だと聞いて、大丈夫だろうか? と少し心配していたのだが、心根の真っ直ぐな達雄が好きになった。体育会系の男は熱いのだ!

「月見が丘小学校は、訳ありの生徒の問題だけでなく、生活環境も芳しくない。特に、高学年の子ども達には、誘惑の多い土地なんや。夜の職業についている親も多く、子ども達は監督不行き届きになりやすい!」

 熱く語る山田先生に話を聞きながら、夏休みに夜の街をパトロールしていた鈴子先生の可憐な姿を思い浮かべる。

『そんな場合ではござらぬ!』首斬り男を雇ってくれる会社はなく、剣の師匠の天狗の道場で師範代をしていたのだ。さほど生徒も居ないのに、無理して雇って貰っている肩身の狭さを常に感じていた。こうして、月見が丘小学校の教師となれたのだから、真面目に勤めたいと気合いを入れ直す。

 バシン! と両手で顔を叩いた達雄先生に、山田先生は一瞬呆気にとられた。

「おお! 気合いが入ってますなぁ!」

 この達雄先生なら、不良の生徒達も押さえがきくだろうと山田先生は安心する。しかし、一つだけ心配なことがあった。

「あのう、失礼なことを尋ねるんやけど、気ぃ悪くせんといて下さい。達雄先生は刀の妖だと聞いて、もしやカナヅチではと心配している。夏はプールがあるから、泳げないと困るんや」

 刀だから泳げないのではと、心配されて達雄は苦笑する。

「拙者は古武道を習得しているでござる。その中には古式泳法もあり、武具を付けたままでも泳げるので、安心して下され」

 ほほう! と感心する山田先生に、首斬り男は剣道の指導の件を相談する。

「剣道クラブとして体育館を使うのは、田畑校長の許可を得れば良いと思うけど、道具とかはどうするつもりや? 上達していったら購入するのも良いだろうが、月見が丘小学校に通う子どもの中には……」

 大阪のど真ん中にある月見が丘小学校には、裕福な子どもも通っているが、そうで無い子もいる。剣道の防具を揃える余裕がある家庭ばかりではないと、山田先生は指摘した。

「低学年は、竹刀の持ち方から指導するつもりでござる。しかし、高学年は……」

 半年の大阪暮らしと、引っ越しで、貯金は底をついている。山田先生は、にっこりと笑うとカンパを募ることを提案する。

「私も引っ越しやら、なんやかんやでさほど協力はできない。申し訳ないな」

 差し出されたお金を見て、首斬り男は真っ赤になって断る。

「このような事は……」

 しかし、先輩の言うことを聞け! と押しつけられる。

「それに、これは達雄先生にあげるんじゃないからな。剣道クラブの子ども達に寄付するんや。月見が丘小学校を宜しく頼むぞ!」

 山田先生は、他の先生からもカンパを募った。もちろん、鈴子先生やぽんぽこ狸も寄付する。

「それから、保険料だけは保護者から貰うことにした方が良いぞ。怪我をした時に困るからな」

 ベテランの体育教師だった山田先生に、手とり足とりで指導してもらい、鈴子先生には剣道クラブ募集のポスターや、保護者向けの書類一式を作製して貰った。


「へぇ、剣道クラブですか? そりゃ、結構なことですなぁ」

 珠子ちゃんからプリントを渡された猫おばさんは、近頃の軟弱な男とは違うと首斬り男を褒める。

「あんたも剣道クラブに入ったらどうや?」

 珠子ちゃんは、首を横に振る。

「小雪ちゃんは、入れへんねん。それに、緑ちゃんも豆花ちゃんも。1組の女の子で入るのは、密ちゃんとノノコちゃんと真理亜ちゃんと亜香里ちゃんやわ」

 珠子ちゃんは誰とでも仲が良いが、一番仲良しの小雪ちゃんが剣道クラブに入らないので、気乗りがしない。それに、剣道クラブに入らなくても、猫娘は強いから平気なのだ。

「小雪ちゃんは、お母ちゃんの手伝いをするつもりなんやろなぁ。雪男は山に行ってしもうたから」

 夏は氷屋が忙しいので、山に行くどころでは無いのだが、冬になると雪男の血が騒ぐのだ。猫おばさんは、放浪癖のある旦那を持つ雪女に同情する。

「小雪ちゃんは、ロッキー山脈って遠いんかなぁと心配していたわ。なんや知らんけど、幻の鹿とか熊とかを撮影しに行ったんやて。雪男の方がよっぽど珍しいと思うけどなぁ」

 店の手伝いで忙がしい小雪ちゃんと、遊ぶ暇が無くなるのが嫌で、珠子ちゃんは剣道クラブに入らないことにしたのだ。小雪ちゃんが暇な時にクラブがあったら遊べないからだ。

「遊ぶ日は、サボったらええのに……」と、猫おばさんは思うが、中途半端なことはしたくないと、首を横に振った。緑ちゃんは、竹刀を振り回すことに興味が無かったし、豆花ちゃんは習い事で忙しかった。

「仲の良い三人が剣道クラブに入らないから、これからも遊ばれるもん」

 そう言うと珠子ちゃんは、コタツで寝ころぶ。猫はコタツが大好きなのだ。

「まぁ、子どもの時は、友だちと遊ぶのもええ勉強ですわ。ほら、コタツにばかり入らないで、外で遊んで来なはれ! 子どもは風の子だっせ!」

「嫌や! 私は風の子やないもん。猫の子やもん」

 なんでもパーフェクトな珠子ちゃんだが、コタツに一旦入ったらなかなか出ない悪い癖がある。

「コタツ虫になりまっせ!」と呆れるが、本人はコタツを背負ってカタツムリみたいに生活したいと思っている。

「珠子? 寝たんかいな?」

 猫おばさんは、珠子ちゃんに毛布をかけてやる。キツい印象を与える目を瞑ると、ほんわかした顔つきになる。

『学校では級長として、この子なりに気を張っているので疲れているんやろ。剣道クラブについては、好きにしたらええわ。人数が多い方がええのんちゃうかとは思うけど……』

 本当は新任の首斬り男を援助してやりたいが、それを珠子ちゃんに押しつけたりはしない。その代わり、PTAの会長として竹刀や防具を一式寄付することにした。

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