第10話 プールで大事件

 大阪に暑い夏が来た。

「セミがうるさいなぁ」

 保健室の貝塚先生は、窓を閉めてもセミの鳴き声がすると、耳をふさいだ。


「小雪ちゃん、もう、大丈夫?」


 夏になってから、エアコンでぎんぎんに冷やしてある保健室で、小雪ちゃんは少し休んでから教室へ行くのが日課になっている。


「今日はプールやから、二時間目までには元気にならないと!」


 人魚の血をひく貝塚先生は、プールと聞いて羨ましそうな顔をした。夏は特に水が恋しくなるのだ。


「私は泳いだことが無いから、プールは楽しみなんです」


 雪女のお母ちゃんと、雪男のお父ちゃんが海水浴に行くとは考えられないので、貝塚先生は良い機会だと頷く。

 妖怪や半分妖怪の親に育てられた子どもは、普通の人間の子どもより旅行や遊園地などに行く機会も少ない。月見が丘小学校に通っている間に、人間の社会に馴染めるようにするのも大切なのだ。


「でも、プールサイドは暑いから無理をせんようにね。しんどくなったら、すぐに保健室へ来るんやで」


 貝塚先生は、本当は自分もプールで泳ぎたいとの欲求を抑える。夏には、具合が悪くなった生徒が保健室にちょこちょこ来るから留守にはできない。

 雪女の小雪ちゃんほどでは無くても、暑さに弱い妖怪の血を引く生徒が何人もいるし、普通の人間の子ども達も暑さのぼせになりやすいのだ。



「良かったなぁ! プールに入られへんかと心配してたんやで」


 小雪ちゃんが保健室から教室へ来たので、女の子達は喜んだ。もちろん、小雪ちゃんは、1組のアイドルなので、男の子も嬉しい。



 鈴子先生に引率されて、プールの更衣室で水着に着替える。


「あっ! 緑ちゃん? スクール水着じゃあないんだ」


 他の子はスクール水着だが、ろくろ首の緑ちゃんは、ピンクの花柄模様だ。


「鈴子先生が、スクール水着で無くても良いと言ってはったもん」


 それは、わざわざスクール水着を買わなくても、持っている水着でも良いという意味だろうと、女の子達はどう見ても新品に見える水着に疑惑の目を向けた。


「ほなら、私も他のにしたら良かったかなぁ」

 小豆洗いの豆花ちゃんは、背が低いから紺色のスクール水着は似合わないと愚痴る。


「そうかなぁ? 私はスクール水着、好きやけど……」

 豆花ちゃんと、小雪ちゃんは、1組のおチビさんコンビだ。紺のスクール水着が、真っ白な肌をより可愛く見せている。


「まぁ、鈴子先生が注意しはると思うわ。あれは、どう見てもサラやから」


 猫娘の珠子ちゃんが、不満顔の女の子達を宥める。ズルい! と膨れっ面をしていた子も、プールサイドで鈴子先生がやんわりと注意しているのを見て、溜飲を下げた。



「鈴子先生、スタイルエエなぁ」


 男の子は、細身なのに胸があると騒いでいたが、体育専任の山田先生に「準備体操するから整列!」と怒鳴られる。



「泳げるグループと、泳げないグループと分かれましょう」


 水系の妖怪は、泳ぐのはへいっちゃらだ。それに、動物系の妖怪も運動神経が半端なく良い。猫娘の珠子ちゃんや、狼少年の謙一くん、ゴンギツネの銀次郎くんも、猫泳ぎや犬泳ぎや狐泳ぎが上手い。小豆洗いの豆花ちゃんも泳ぎが上手いグループだ。


「なんや、泳がれへんのは私らだけなんや」


 ろくろ首の緑ちゃんと、雪女の小雪ちゃんは、数名しかいない游げないグループになって、ガッカリした。


「俺も泳がれへんわ! 一緒に頑張ろう!」


 だいだらぼっちの大介くんは、一族の中で初めて学校に通っているのだ。プールなどに入ったこともない。ろくろ首の緑ちゃんは、優しくて力持ちの大介くんが好きなので、嬉しい! と首を伸ばす。


「緑ちゃん、首!」こそっと、小雪ちゃんが教えてあげる。いつもなら、真っ先に注意する珠子ちゃんは、泳げるグループだからだ。



「こちらのグループは、私が指導します。プールでは事故が起きてはいけないので、言うことに従って下さいね」


 小雪ちゃんと緑ちゃんは、厳しそうな男の先生ではなく、優しい鈴子先生で良かったと顔を見合わせた。


 プールに入って、水に慣れることから始めている游げないグループとは違い、珠子ちゃん達の泳げるグループは、熱血指導を受けていた。


「そろそろ、自由時間にしよう!」


 体育専任の山田先生は、真面目に泳いだご褒美だと笑った。本当に水系の妖怪の子どもたちは、オリンピック選手になれそうな程、泳ぎが上手い子もいる。


「こちらも自由時間にします。でも、足の立たない場所へ行ってはいけませんよ」


 プールの底には色が塗ってあり、赤い所は深くなっているのだ。


「やったぁ!」と二つのグループから歓声があがった。水をかけあったり、ビート板に乗ってぷかぷか浮いたりして、自由時間を楽しむ。


 河童の九助くんは、プールは大好きだ。泳ぐのも上手だが、一番得意なのは潜ることだ。自由時間になって、プールの底に潜っていた。


『あっ! 足や!』


 プールの水面を見上げていたら、足がパタパタ動いている。


『駄目や! そんなことしたら、あかん!』


 必死で堪えたが、河童の本能に負けた。


「ぎぁあ~」と悲鳴があがる。


 鈴子先生と山田先生が、水を飲んでゲーゲーえづいている銀次郎くんの側に駆けつけた途端、他の場所で「きゃあ~!」と悲鳴が上がった。


「珠子ちゃん! 大丈夫?」


 運動神経が抜群の珠子ちゃんは、足を引っ張られた途端に、九助くんを蹴って、プールサイドまでジャンプしたのだ。


「先生、九助くんが足を引っ張ってるんや!」


 河童の本性が出たのだと、悲鳴があがる場所へ山田先生が急ぐ。


「こらぁ! そんなことをしたら駄目だぞぅ」


 だいだらぼっちの大介くんは、大人と同じ位の背があるから、游げなくても深い場所でぱしゃぱしゃしていた。その大きな足を九助くんが引っ張ろうとしたのだ。


「山田先生! 大介くんは、泳げないのです!」


 足を引っ張れて悲鳴をあげた生徒をプールサイドにあげた山田先生は、急いで大介くんの元へと向かう。もちろん、鈴子先生もだ。


「わぁ!」と、足を引っ張られてバランスを崩した大介くんだが、息を止めて水に潜り、九助くんを軽々と持ち上げた。


「あほ! 溺れるところやったやん!」


 九助くんは、珠子ちゃん達に目茶苦茶怒られた。


「ごめん! ほんまにごめん! 我慢したんやけど、本能に負けてしもうたんや」


 珠子ちゃんや大介くんや銀次郎くんは、妖怪なので、河童の本能に負けたんだと許した。自分達も、妖怪の血が騒ぐ時もある。


 体育の山田先生、鈴子先生にも叱られ、九助くんは猛反省したが、これで済む訳がなかった。

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