第9話 梅雨時の泣き女

 大阪のど真ん中にある月見が丘小学校の小さな校庭の端には、田畑校長が都会育ちの子ども達に少しでも自然を感じて欲しいと、桜、紫陽花、百日紅、のうぜんかずら、椿、紅葉、山茶花、猫柳など、四季おりおりの花や木を植えていた。その上、校舎の前の花壇で、生徒と一緒に花を育てている。


「チューリップの球根は、こちらに集めましょう」


 鈴子先生の指示で、1組の全員があさがおを育てる為に、春に可愛い花を咲かせてくれたチューリップを抜いている。


「この球根を集めてどうするんや?」


 花壇の春に可愛い花を咲かせたチューリップの葉っぱは黄色くなって枯れて、みっともない姿だ。男の子達は乱暴に引っこ抜いては、振り回す。


「こらこら! 皆が入学式の時に見たチューリップは、こうして集めた球根を去年の1年生が秋に植えてくれたんや。これから撒く朝顔の種も、去年の朝顔の花から採った種なんやで」


 ぽんぽこ狸の田畑校長は、頭に麦わら帽子を被って、そう説明する。


「秋に朝顔の種を採って、チューリップの球根を植えるんやね!」


 頭の回転が早い珠子ちゃんは、校長先生の話をパッとまとめて皆に説明する。


「へぇ! この球根が来年の春に花を咲かせるんや」


 皆は、それなら来年の1年生を迎えるチューリップは、自分達が植えるのだとはりきって球根を集める。枯れた葉っぱや茎は別の場所にまとめて置く。


「校長先生? この球根は、どうするの?」


 男の子達は、何も無くなった花壇をスコップで掘り返しては、球根が残ってないか確認すると言いながら、土の掛け合いをしている。女の子達は、校長先生の近くで球根の管理を尋ねる。


「ネットに入れて、蔭で干しておくんや。そうせんと、腐ってしまうからなぁ」


 鈴子先生は、ネットに球根を入れている女の子達は校長先生に任せて、土をスコップで掛け合っている男の子を止めさせる。


「さぁ、あさがおの種を撒くための、畝を作りましょう!」


 こんな時は、だいだらぼっちの大介くんが頼りになる。鈴子先生の注意に従わないでふざけている九助くんと銀次郎くんからスコップを取り上げて、あっと言う間に花壇に何本もの畝を作った。


「やっぱり、大介くんは凄いなぁ」


 クラス全員が、力持ちの大介くんに驚く。


「さぁ、理科の時間で習った通りに、指の第一関節までの穴に、あさがおの種を一つずつ植えるのですよ」


 小さな紙の袋に入っている黒い三角形のあさがおの種を1組の生徒が真剣な顔で植えている。田畑校長は、満足そうに頷いた。


「自分の撒いた所に、名札を立てましょう。雨が降らない日は、水をあげるのですよ。芽が出たら、あさがおの成長記録に書きましょうね」


 そう鈴子先生が言った途端に、ぽつぽつと雨が降ってきた。手を洗って教室に帰った生徒達は、雨の日は水をやらなくて良いからラッキーだと笑った。




「しかし、よぅ降るなぁ」


 あさがおの種を植えてから、ほぼ毎日雨が続く。忠吉くんと九助は、水やりをしなくて良いのは楽だけど、昼の休み時間も外で遊べないと空を恨みがましく眺める。


「私は雨の方が楽やわ」と、雪女の小雪ちゃんは喜ぶが、他の生徒達は雨ばかりだとうんざりしてしまう。


「こんなに雨が降ってばかりやと、何だか顔を洗いたくなるわ」


 猫娘の珠子ちゃんは、お日様が恋しいとしおれる。

 元気がない子ども達の様子に、鈴子先生のテンションも下がり気味だ。

 しとしとと降る雨を見ているだけで、気を抜くと涙が溢れてしまう。しかし、本来の泣き女は、ぎんぎらピーカン晴れよりも、梅雨時の方が心地好いのだ。ただ、小学校の先生をしている鈴子先生は、自分の本性そのままに泣いて暮らす訳にはいかない。



「紫陽花だけは、元気やなぁ」

 傘をさしての帰り道、珠子ちゃんは髪の毛もぺしゃんこだと愚痴る。猫毛なので、細くて雨の日にはくたぁとしてしまうのが不満だ。


「私は、雨の日も嫌いやないわ。この傘もおニューやもん!」


 お洒落な緑ちゃんは、ピンクの傘を嬉しそうにクルクルと回す。


「それにしても、雨が多すぎるわ……」


 文句を言っても仕方ないけど、元気な珠子ちゃんなのに珍しく愚痴っぽい。それには、理由があるのだ。



「シクシク……シクシク……」


 猫おばさんの二階から、毎晩、鈴子先生の泣き声が聞こえる。

「また、泣いてはるなぁ」猫おばさんと、珠子ちゃんは、はぁ~と溜め息をつく。


「今日は何があったんや?」


 珠子ちゃんは、大したことやないと肩を竦める。


「例によって、アホな男子が外で遊べないから、掃除時間にふざけてたんや。雑巾を丸めて、ホウキで打ったら、それが窓ガラスを割ってしもうたんや」


 猫おばさんは、そのくらいよくある事だろうと笑う。


「まぁな! ただ、豆花ちゃんにガラスの破片が飛んで、ほんのちょびっとケガしたんや。豆花ちゃんは、絆創膏を貼って貰って、平気やと笑っていたけど、お母ちゃんが乗り込んで来たんや」


 小豆洗いの夫婦は、二人で美味しい和菓子屋をしているが、細かい事に気がつきすぎるのが欠点だと、猫おばさんは溜め息をつく。


「それで、鈴子先生は泣いてはるんか? 親に苦情を言われたぐらいで、泣いていたら、先生なんかできへんで」

 泣き女だから、泣き出したらなかなか止まらない。


 珠子ちゃんは、晴れたら良いなぁと、てるてる坊主を軒先に吊るした。

「どうぞ、晴れてくれますように! 外に出て遊べたら、男子も少しは大人しくなるやろ」

 こんなに泣かれたら、安眠妨害やと耳栓をしながら、二人は眠った。なんやかんや言っても、猫系の妖怪は寝るのは得意だ。

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