第8話 保護者会で……

 月見が丘小学校に通う生徒は、普通の人間の子どもも妖怪の子どもも、今日はそわそわしながら家へ帰る。


「なぁ、今夜の保護者会で制服が廃止になったら、小学校に何を着て行こうかなぁ」


 お洒落なろくろ首の緑ちゃんは、今から楽しみだと浮き浮きして、油断すると首が伸びてリズムに合わせて揺らしてしまう。


「緑ちゃん、ここで首を伸ばしたらあかんで」


 車で通りすぎたドライバーが急ブレーキかけたので、珠子ちゃんは慌てて注意する。


「しもうた! あんまり楽しくて……首を伸ばさんようにせなあかんわ」


 スッと首を縮めたので、バックミラーで覗いていたドライバーは、疲れてるのかな? と目を押さえたり、ぱちぱちと瞬きする。


 月見が丘小学校に事情を抱えた生徒が通っているのを近所の住人は知っているが、それを関係ない人達に広めたくはない。妖怪の子ども達が、人間の社会に溶け込めるように勉強できる稀有な場所を無くしたくないので、親から子ども達は言い聞かされている。


「小雪ちゃん、しんどいんか?」


 黙って歩いてる雪女の小雪ちゃんは、真っ黒の日傘をさしている。少しでも日差しから逃れたいからだ。


「ううん。ちょっと制服が無くなったら、どうしようかなぁと考えててん。あんまり、服を持って無いから」


 昔の雪女は、冬でも白の単の着物を着ていた。小雪のお母ちゃんは、かき氷屋さんをしているので、着物では働きにくいから、白のシャツと黒のパンツ姿だ。どうしても、モノトーンか、せいぜい青ぐらいの色しか着る気にならないのだ。


「小雪ちゃんは、可愛いから、何を着てもモテモテだよ」


 家に遊びに行っても、いつも白か黒だったと、珠子ちゃんと緑ちゃんは思い出して、クラスで一番可愛いと褒める。


「雪女は美人の家系やもんなぁ!」


 そう緑ちゃんに褒められたが、ろくろ首も美人系の妖怪なのだ。それに綺麗な服で着飾るところが違う。


「私は制服の方が、朝あれこれ考えんでええから楽やわ」


 つり上がった猫目をきらめかして、珠子ちゃんはそう宣言した。小雪ちゃんは、ホッとしたが、緑ちゃんは不満そうに唇を尖らせる。


「なぁ、それは珠子ちゃんのお母ちゃんも同じ意見なん? PTAの会長してはるんよねぇ?」


 珠子ちゃんは「お母ちゃんの意見なんか知らんわ! いつも長火鉢の前でうとうとしてるだけやもん」と笑った。


「家ではそんな話、せぇへんもん! お母ちゃんの心配事は、お父ちゃんがいきなり帰ってくることだけや。ノミとか家に持ち込まれたらかなわんからなぁ」


 世界を放浪中の珠子ちゃんのお父ちゃんは、数年に一度ふらりと帰ってくる。この前は、帰った途端にバリバリと身体を掻いて、南京虫を屋敷中に撒き散らしたのだ。


「それは、ほんまにかなわんなぁ」と二人は笑った。


「ほな、ここで! さいなら」


 招き猫お婆さんがしている宝くじ売り場の前の三叉路で、三人は別れる。珠子ちゃんは大きな家が立ち並ぶお屋敷街へ、小雪ちゃんと緑ちゃんは、商店や小さな建て売りやマンションがごちゃっと混在している下町へと帰るのだ。


「PTAの会長やからというても、他の保護者と同じやのになぁ。一票は一票やもん」


 そう呟いたものの、珠子ちゃんはお母ちゃんが反対なら、黙って保護者会に臨むわけがないとわかっていた。


 大阪のど真ん中に蔵付きの屋敷で暮らしている猫おばさんは、情報収集のプロなのだ。言っては悪いが、小学校の保護者や先生など、手のひらの上で転がして自分の考えを知らないうちに通してしまう。




 珠子ちゃんの予想通り、猫おばさんは密かに活動をしていたのだ。


「こっ、これは……」


 放課後の講堂に集まった保護者の服装に、鈴子先生は一歩後ろに下がった。東京出身の鈴子先生には、虎の顔がついた服や、蛍光色の迷彩服は、目に痛い。


「森先生? どうされたのですか?」


 講堂の入口で立ち止まっている鈴子先生に、廃止を提案した熱血漢先生が声をかける。


「あっ、すみません」そそくさと目を伏せて、鈴子先生は教師の席に移動した。ふと、入口に目をやると、熱血漢の先生も目をぱしぱししている。


「これは、保護者にやられましたねぇ」


 鈴子先生に、1年2組と3組の担任のおばちゃん先生が笑いを堪えた小声で話しかけてきた。おばちゃん先生達は、制服を廃止しても良いと考えていたのだが、どうやら保護者は反対なのを服装で主張してきたと苦笑いする。


「目ぇ痛いなぁ!」


 男の先生達は、あんまりな服装にげんなりする。勿論、大阪の母親でも、参観日には、こんな格好では来ないので、これは意思表示なのだろうと察した。


「奥さん、その豹柄コーディネート! 凄いわぁ。何処で買いはったん?」


 全身豹柄の上に蛍光ピンクのバラがプリントされている。鈴子先生も、何処で売ってるのかと疑問を持っていたので、聞き耳を立てた。


「ええやろ! イタリアのデザイナーのもんやねん。十万もしたんやて……実家のお母ちゃんに借りてきたんや」


 鈴子先生も知っている有名なデザイナーが、本当にこの豹とバラの服をデザインしたのだろうかと首を傾げる。


「へぇ、イタリアのデザイナーは、ぶっ飛んでるなぁ。日本人にはここまでに出来んわ。これは、若気の過ちで買うてしもうた服やねん。店員さんに似合ってますと言われて買うたけど、一回も着てなかってん」


 そういう保護者も全身ゼブラ柄だ。でも、モノトーンなので、この中に居たら地味に見えてくる。鈴子先生は、このゼブラ柄を売った店員に溜め息しかでない。



「私も家では豹柄のパジャマを着てますんや。商店街で安売りしてたから、思わず買うてしまいましてん。千円でしたわ」


 おばちゃん先生達は、この保護者会の結果は分かりきってると、お互いの恥ずかしい服の自慢を始めた。


「実は、私も! 豹柄のスパッツがあんまり安くて暖かそうなんで、買うてしもうたんよ。五百円もせぇへんかったんやもん」


 鈴子先生は、大阪の人は何故か値段を言いたがると溜め息つく。職員室の会話に馴染めていない自分が情けない。


 ベテランのおばちゃん先生は、新米の鈴子先生にも気を使って、話の輪に引き込もうとする。


「鈴子先生は何か動物プリントの服とか持ってはりますか?」


「まさか……」と首を横に振っていたら、田畑校長やPTAの役員が講堂に入ってきた。


 鈴子先生が驚いたことに、保護者の中には廃止に賛成の人も多かった。しかし、その個性的な服装を見て、廃止に賛成だった教師達の何人かは、反対に投票した。


「保護者会に欠席の方からは、委任状を提出して貰ってます。これからの投票の結果に、賛成の方も、反対の方も従って下さい」


 激しい意見のぶつけ合いになったので、田畑校長は、開票する前に言い渡しておく。


 大阪人は議論好きなのだ。それに、月見が丘小学校に訳ありの生徒が通っているのを承知して、子どもを通わせているような保護者の中には熱い平等主義者もいる。


「まぁ、結果は明らかですわねぇ。今晩は何を食べようかしら?」


 おばちゃん先生達は、帰ってからの家事の段取りに気持ちが移っている。新米の鈴子先生は、何もかも初めての体験なので、校長先生や役員達が開票しているのを熱心に見つめていた。

 

「あら、かなりの接戦になったんですねぇ。ということは、あの格好で来はった保護者の中には、廃止に反対やからじゃない人もいてはったんやなぁ」


 今回は制服を継続することになったが、次回はどうなるかわからない。しかし、わざと派手な格好で来た保護者ばかりでなく、元々の趣味だと知った先生の多くは、やはり制服は必要だと実感した。


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