第7話 制服廃止?

 5月の半ばを過ぎると、大阪は初夏の暑さになる。


「わぁ! 半袖を着てきたら良かったわ!」


「ほんまや!」


 登校してきた生徒達は、朝から暑いと騒いでいる。


「まだ衣更えは早いですよ」


 教室に入ってきた鈴子先生は笑ったが、確かに大阪は東京よりも暑いと、ハンカチで額を拭いた。


 大阪のど真ん中にある月見が丘小学校は、子育ての環境に良いとはいえない。それもあって田畑校長は、制服を決めていた。子ども達を自由に育てたい田畑校長だったが、初期の妖怪の保護者達から、何を着せて小学校に通わせたら良いのか分からないと相談を受けたのも制服を採用した理由だ。


 もう月見が丘小学校に通う妖怪の子ども達は二世代目が多く、制服を廃止しても良いのだ。しかし、ゲームセンターや色々な誘惑が多い土地にある小学校なので、私服だと寄り道がしやすいから、制服をそのまま着用させている。



 今日は5月とは思えないほど暑い。教室の窓を開けているが、そよとも風は入ってこない。


「上着は脱いでも良いですよ」


 朝の会で、鈴子先生が許可したので、上着を脱いで椅子の背もたれに掛ける。

 雪女の小雪ちゃんは、登校した時からグロッキー気味だった。


「先生、小雪ちゃんが気分が悪そうです」


 級長の珠子ちゃんに付き添って貰って、保健室に行く。


「冷房が入るのは6月からやからねぇ。もう少しの我慢やなぁ」


 保健室の貝塚先生は、人魚と船乗りを両親に持つ半妖怪だ。どちらかと言うと夏は水に浸かったままで過ごしたいので、雪女の小雪ちゃんに同情する。


「どう? 少しは楽になった?」


 ベッドには冷感シートが敷いてあり、頭を氷枕で冷やして貰うと、小雪ちゃんはホッとした。


「はい……でも、夏になったらどうなるんやろう?」


 小雪ちゃんは夏に外へ長時間出たことが無いので不安なのだ。貝塚先生は、自分が月見が丘小学校に通い始めた頃を思い出す。身体が乾上がってしまう気がして、休憩時間に手荒い場で頭から水をかけたことも何度もあった。


「少しずつ慣れていくしかないのよ。焦ったらあかん」


 小雪ちゃんは、他の皆と同じように夏でも平気になれば良いなと溜め息をついた。




 放課後、職員会議で6月1日の衣替えは、大阪の気候に合わないと、先生から提案があった。


「昔と違って、気温も高くなってますし、この学校に通う生徒の中には色々と身体的に特徴のある子どももいます。衣替えは自由にさせたら良いと思います」


 田畑校長も、ポンとお腹を叩いて同意する。ここまでは先生も全員同じ意見だった。


「制服を廃止したらどうでしょう?」


 一人の先生が手を上げて提案すると、何人かは頷き、何人かは首を横に振った。鈴子先生は、東京では小学校の制服はあまり見かけないので、制服を廃止しても問題は無いのではと考える。


 月見が丘小学校の先生には、妖怪の子ども達が通う小学校で教鞭を取りたいと、わざわざ転任してきた熱血漢もいる。田畑校長は、その熱心さは心強く感じるが、もっとやんわりした先生の方が本当は自分の考えと似ていると、激論を交わしている先生達に溜め息をつく。熱心すぎて喧嘩になりそうだ。


「もう制服を買ってはる保護者は、どないに考えるでしょうなぁ。制服を廃止するかは、保護者の意見も聞かんと決められません」


 何人かは頷いたが、田畑校長の狸親父っぷりに苛つきを隠せない先生もいた。のらりくらりと、制服を廃止するのをうやむやにするつもりだと腹を立てる。


「そない言わはるなら、保護者会を開きましょう!」


 そう提案されると、田畑校長も承知するしかない。年配の先生の中には、大阪の保護者の趣味に合わせたら、とんでもない格好で登校する生徒が出てくるのではと心配する声も上がった。


「制服だなんて、昔の軍隊みたいです。個人のセンスを自由に伸ばしてやるのが、月見が丘小学校の理念だと思います」


 田畑校長は、服のセンスを伸ばすのではなく、個性を伸ばしつつ、社会に参加できるように教育するのが理念だと、熱血漢の主張に肩をすくめる。


 それと、大阪の商店街を闊歩しているご婦人方の服装を子どもが真似したら、気持ちが落ち着かなくなると、溜め息をついた。狸は虎や豹が怖いのだ。




「ええっ! 制服が無くなるかもしれんの?」


 下宿に帰った鈴子先生は、PTAの会長をしている珠子ちゃんのお母ちゃんに田畑校長からの手紙を渡した。


「ええ、何か問題でしょうか?」


 東京では小学校は普段の格好ですと首をひねる鈴子先生に、珠子ちゃんのお母ちゃんは苦笑する。


「親が普通やと思うても、鈴子先生には普通ではないかもしれんまへんで。田畑校長は、子とも達をのびのびと育てたいと考えてはるけど、それでも制服を着用させてはる。その意味を考えなぁ、あきまへん」


 鈴子先生は、月見が丘商店街を初めて歩いた時の衝撃を思い出して、くらくらした。まるで動物園に迷い混んだ気がしたのだ。


「まさか、子どもに豹柄とかは着せないでしょう」


「さてなぁ、まぁ保護者会の様子を見てみましょう。熱心に制服を廃止しようとしてはる先生方も、考えを変えはるかもしれませんよって、あまり生徒には言わんようにしなはれ」


 鈴子先生は、猫おばさんの忠告に従ったが、何人かの熱心に制服を廃止しようと考えている先生は、口を滑らせてしまった。生徒から保護者を説得して貰おうと考えたからかもしれない。


「なぁ、制服が無くなるってほんま?」


 上の学年では、この件で大騒ぎになっている。お母ちゃんがPTAの会長をしている珠子ちゃんに、女の子は期待して尋ねる。


「さぁなぁ、知らへんわ。なんや、金曜の夜の保護者会で決めるみたいやわ」


 そろそろプリントが配られる筈なので、このくらいはバラしても大丈夫だと話す。

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