第11話 首斬り男

「また泣いてはりまんなぁ」

 猫おばさんと、猫娘の珠子ちゃんは、夜な夜な二階から聞こえる鈴子先生の泣き声に深い溜め息をつく。


「なぁ、お母ちゃん、九助くんは退学になったりせぇへんやろ? 学校では、そんな噂が流れてるんや」

 まさか! とお母ちゃんは笑い飛ばしたが、何人かの保護者からは、退学を仄めかす言葉も出たのだ。妖怪の本能に負けて行動しては、人間社会にとけ込めない。


「それより、鈴子先生の方が大変やったわ」

 新米の泣き女には、やはり1年1組の担任は無理では無いかとの声が多くあがったのだ。


「えっ? なんでなん? 九助くんは山田先生のグループやったんやで。鈴子先生は泳げん子の指導をしてはったやもん。そりゃあ、担任やから保護者会で監督不行き届きとか謝らなあかんかもしれへんけど、鈴子先生が辞めなあかん理由なんか無いわ!」

 下宿していることだけでなく、優しい鈴子先生が大好きな珠子ちゃんは、理不尽な事を言う保護者に腹を立てる。髪の毛が怒りでふわぁと逆立っている。


「まぁ、まぁ、そないにいきり立たんといてえなぁ。田畑校長と私とで一軒一軒説得して歩いて、まぁどうにかおさめるよってに……」

 猫おばさんは、泣き女のように陰気な妖怪はなかなか社会に受け入れて貰えないのを承知していたので、鈴子先生を応援しているのだ。



……シクシク……シクシク……シクシク……


 遠く離れた東京の郊外に住む首斬り男は、このところ毎晩泣き女の声に悩まされていた。暑い夏なのに窓をピシャンと閉め、頭から布団を被っても、悲し気な泣き声が耳に響く。

「ああ、何を泣き女は毎晩毎晩泣いているでござろうか?」

 この冬に、泣き女の声に呼ばれて鈴ヶ森の刑場跡に行ってしまった事を思い出し、首斬り男は身を震わせる。あの時は、殺気が身に満ちてしまい平常心を取り戻すまで、何百回も水ごりをしなくてはいけなかったのだ。


「二度と泣き女には関わりたくないでござる」

 身体は生まれつき丈夫だし、剣で鍛え上げてはいるが、冬に水ごりは辛かったのだ。しかし、毎夜、毎夜の泣き声に首斬り男は負けた。

 鈴ヶ森の刑場で遺族の嘆きから発祥した泣き女と、その罪人の首を斬った刀の妖怪である首斬り男は、何かの因縁で結びついている。


「これは、かなり離れた場所で泣いているのでござるな……もしやして、私が現れたから、恐れて逃げたのでは無かろうか?」

 カーテン越しにチラリと見た泣き女の可憐な姿に胸がキュンとした首斬り男だが、いや怖がれているだけだと冷静さを取り戻す。しかし、シクシクと悲し気な泣き声を聞いているうちに、首斬り男は何とかしないといけない気持ちになる。


「泣き女が何か困った立場にいるのかも知れぬ。生まれ故郷の東京を離れ、苦労しているなら、解決すれば泣き止んでくれるでござろう」

 首斬り男は、すくっと立ち上がると、着替えを風呂敷に包み背負うと、草鞋を履いた。

 何処に住むのかわからない泣き女を歩いて見つけるつもりなのだ。


「どうやら、西に住んでいるみたいでござる」

 朝日に背中を照らされて、西へと足を進める首斬り男だった。




「シクシク……シクシク……私はやはり小学校の先生なんて無理なのかしら……今回は誰も溺れたりしなかったけど、本当に誰か……ウォン! ウォン! ウォン!」


 今夜はいつもより激しいなと、猫おばさんと珠子ちゃんは耳栓を多目に詰める。鈴子先生は、1組の誰かが溺れたりしたらと、不毛な想像をして大泣きしていたのだが、ふと首斬り男の波動を感じてピタリと泣き止んだ。


「まさか! これは……首斬り男? いいえ、こんなに遠くなのだから、私の泣き声が聞こえる訳がないわ」


 あの夜に見た首斬り男の禍々しいオーラを思い出し、身震いした。この夜、耳栓を多目に詰めた猫娘の親子は、折角の努力が無駄になった。

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