第三十話・決着



「動かないで!」

 ギセドの手から短剣が放たれるのとほぼ同時に鋭く叫んだリウィアスは、ドレスから素早く取り出した『飛苦無とびくない』のような小型武器を、ギセドが短剣を投げた方角に向かって躊躇わずに放つ。

 その小型武器は空を切る短剣に当たり、その軌道を変え、二つ共に誰にも掠る事なく壁に突き刺さった。

 皆がそれに瞠目する中、ギセドはコルゼスを護るために僅かに出来た隙を狙い、剣を振り上げる。

「っ、リウィアス!!」

 レセナートが声を上げる。

 ギセドが振り下ろした剣は容赦なくリウィアスを襲った。

 けれど、それを予測していたリウィアスは自らの肩に剣が食い込む瞬間、ギセドの振り下ろす腕の中心に己の剣の柄を下から打ち込んだ。

「っっ!!」

 自身の勢いも相俟あいまって、ゴギッ、と嫌な音を立てた骨。

 ギセドは息を詰めるが、それでも剣から手を離さないのは、流石と言うべきか。

 上に跳ね上げられた手から剣を左手に移そうとする。

 が、それよりも先にリウィアスが動いた。

 くるっ、と回転して左腕を取ると、関節を逆方向に曲げる。

「っっっ!!」

 踏ん張るギセドの膝に一点集中させて柄を叩き込み、もう片方の脚にも同様に柄を打ち込む。

「ぐっっ……ふっ、」

 四肢を折られたギセドは床に頽れた。

 それでも尚、立ち上がろうとするギセドだが、激痛に苛まれ叶う事はない。

 直様ルーカスが駆け寄り、ギセドを拘束する。

「リウィアスっ!」

 リウィアスが剣を鞘に収めると、レセナートが走り寄り、疵の状態を確かめる。

「レセナート、貴方が汚れてしまう」

 肩からは血が流れている。それに愛する人が濡れるのを躊躇ったリウィアスは身動ぎをする。

 けれど逆にレセナートはその肢体を引き寄せ、疵に障らないよう注意しながらも抱き込んだ。

「そんな事はどうでも良い!っっ、ごめん、怪我をさせた……っ」

 ギセドの相手を務める事が出来るのがリウィアスだけだったとはいえ、怪我を負わせた事が悔やまれる。

 震えるレセナートを、躊躇いがちに抱き締め返したリウィアスは、その肩に額を寄せた。

「貴方達を護れたのなら、それで良い。それに大丈夫。少しばかり肉を切っただけよ」

 確かに血は流れているが、神経にも骨にも達してはいない。

 動かす事に何の問題もなかった。

 苦しげに顔を歪めたレセナートは今一度強くリウィアスを抱き締め、僅かに身体を離すと、その肩に唇を寄せる。

「ぁ……」

 疵口に唇を押し当てたレセナートに、リウィアスは恍惚とした表情を浮かべた。

「っ……」

 その妖しげな光景に、人々は息を呑む。

 ゆっくりと顔を上げたレセナートの口許には、血が付着し。

 だがそれを拭う事なくそのままの状態で、唇を触れ合わせた。

 幾度も啄むように唇を重ねる。

 と、唐突に、唇を合わせたままリウィアスが再びドレスに仕込んでいた武器を扉の方へと向かって投げ付けた。

「ひっ!!」

 ──タンッ、という音と共に扉にそれが突き刺さり、遅れて息を呑む音が聞こえる。

 レセナートと唇を離したリウィアスは、そちらへと顔を向けた。

「──逃げられるとお思いでしたか?」

 扉の前で腰を抜かすガイルに首を傾げる。

 先程ギセドが敗北したのを見て、床を這い、扉まで移動して逃走を試みていたガイルは異様なまでに強いリウィアスの、その殺気を受ける事になり、本当に一国を担う者なのかと疑いたくなる程にがたがたと震え、呆気なくラルトにその身を拘束された。

「……ぁはははははっっ……!」

 室内に、場違いな笑い声が響き渡る。

 それは、ルーカスに押さえ込まれるギセドから発せられたもの。

 壮絶な痛みに脂汗を滲ませながらも愉快げに、ギセドはリウィアスを見つめた。

「──姫。あんた最高だ。……なあ、俺と手を組まねぇか?俺とあんたなら、大陸を統べる事も夢じゃねぇ。一緒にこの世界の馬鹿共を片っ端から潰してやろうぜ」

 四肢を折られ拘束されても尚、欲望と野望に満ちるギセドの誘いに、リウィアスは蕩けるような笑みを浮かべた。

「あら、嬉しい」

 そう発したリウィアスに、ギセドは目を光らせる。

 けれど。

「──でも、残念です。生憎と権力には興味はないので。……折角の申し出ですけれど、お断りさせて頂きますね」

 笑みを湛えたままのリウィアスに、ギセドは、チッ、と舌打ちをした。

 ルーカスから他の騎士に渡り、連行されて行くギセドにリウィアスは、ああ言い忘れていた、と声を掛ける。

「一つ、特別に教えて差し上げます」

 何だ、と視線を寄越したギセドに、頬を緩める。

「──私は全盲で、貴方の顔も何も見えていないんですよ」

 楽しげに告げるそれは、ギセドに衝撃を与えるものだった。

 力では劣る事のない女に負けただけでなく、その女の瞳は何も映さないと。それはギセドの矜恃きょうじを酷く傷付けるもの。

 十分に理解した上でリウィアスは教えた。

 傍に立つレセナートやコルゼス、ルーカスらセイマティネスの者の反応から、それが事実と知り、愕然とした様子のギセドは、そのまま騎士に連行されて行く。

「──ガイル・フェルロンド」

 ギセドが扉の向こうに消えると、室内にコルゼスの声が響いた。

 ラルトに押さえ込まれたまま、ガイルは顔を上げた。

「そなたは我がセイマティネスがロバリアに送り届け、早々に退位してもらう。そして、近い内に大罪人として民の目の前で極刑に処される事となるだろう。──残念だったな?フェルロンド王家の血は、そなたでついえる」

「っっ、」

 その言葉に、ガイルは唇を噛んだ。

 一国の頂点にあり、国王という肩書きを使って好き勝手に振舞って来た者にとって、見下してきた民の前で首をねられる事は屈辱以外の何物でもない。

 そして、王家の血。

 ガイルには腹違いの弟があり、ガイルが退位したのちにはその弟が王位に就く事になる。が、その者は前国王の息子であって、王家の血は継いでいない。

 王家の血を引いていたのは、ガイルの母。

 前国王は、入り婿であったのだ。

 フェルロンド王家の血を引く子は不思議と一人しか生まれない。そんな中で必死に繋いで来た、血。

 だがそれも、ガイルが愚かだったために終わる。

 ふるふると震えたガイルは、口を開いた。

「……元々セイマティネスは、我が祖先が治めていたんだ!それを……、それを奪ったのはお前達の先祖だろう!?私は、本来在るべき姿に戻そうとしたまで!大罪人はお前達の方だ!!」

 はぁはぁっ、と息を切らして睨み付けるガイル。

 だが、それをコルゼスもレセナートも平然と受け止める。

 その昔に存在したフェルロンド王家に嫁した女。その女は曾て、のちにセイマティネス王国初代国王となるアスヴィナの皇子が討った暴君の実姉だった。

 ガイルはその血を継ぐ。

 幼い頃よりセイマティネスとアスヴィナへの恨みを植え付けられたガイルは、己の血を誇る気持ちが強いのと同時に恨みも強く、今日を迎えた。

「言いたい事はそれだけか?」

 祖先を犯した罪を棚に上げた、ただの逆恨み。気に留める価値もない。

「!っ、くそっ」

 発した言葉は、コルゼス達の心を少しも動かす事がなく、ガイルは顔を歪めた。

 これ以上、言葉を交わす意味はない。

「──連れて行け」

「は」

 第一師団の騎士に囲まれ、連行されるガイル。

 その姿が部屋から消えると、リウィアスはその場に膝を折った。

 コルゼスにこうべを垂れる。

「御身を危険に晒し、申し訳ございません。如何なる罰も甘んじて受ける所存です」

 コルゼスはそれを軽く手を上げる事で制する。

「良い。そなたのお陰で命拾いした。礼を言う。それと此度の働き見事であった。早々に怪我を治療し、ゆっくりと休むが良い。後は我らの役目だ」

「勿体なきお言葉。有難くそうさせて頂きます」

「──リウィアス、行こう」

 レセナートが気遣うようにリウィアスを立たせ、その腰に手を添える。

「父上。私も失礼致します」

「ああ。リウィアスを頼む」

 二人頭を下げて、ルーカスとラルトを共に部屋を後にした。




「……彼女は、全盲なのか?」

 ぽつり、と呟かれたウェルデンの言葉。

 その隣に座るラルファも驚きに顔を染めている。

 そう言えばこの二人にはまだ言っていなかったか、とコルゼスは頷いた。

「ええ。先天性のものらしく、この世に生を受けた時からその瞳に光はない、と」

「……気付かなかった」

「……私もです、父上」

 曾ての自分を見ているようだ、と、コルゼスは内心くつりと笑った。

「──さて、ロバリアの件ですが」

「ああ。アスヴィナからも人員を派遣しよう」

 ──次の王となるガイルの弟。

 前王の子であるにも拘らず、彼はフェルロンド王家の血を引いていないという理由で冷遇されており、現在は軟禁状態にあると聞いている。

 それにロバリアはガイルの城。不本意ながら従っていた者もあるだろうが、己の権力のためにガイルを支えてきた者が多く、軟禁されている弟を救い出したとしてもそれらを潰さなければ国は良くならない。

 暫くは目を光らせておく必要がある。

 コルゼスとウェルデンは互いに頷き合った。

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