第十章・倒れるは

第二十九話・決戦



 数日間、庭園で言葉を交わしたリウィアスとはまるで別人。

(──ただの女ではない事は知っていたが、これは……)

 久しく感じる事のなかった戦慄に、ギセドの剣客としての本能が疼く。


 自身の身体に触れるか触れないかの位置で止まる剣を目視したのちに青褪め、リウィアスの放つ殺気に呑まれたガイルは、がくんっ、と足の力が抜け、その場に尻餅をついた。

 二人を、眼球を忙しなく動かして見比べたガイルは、己を護るはずだったギセドへと口を開く。

「ギ、ギセド、そなた、私に剣を……っっ」

「──姫。あんたは一体、何者だ?」

 そんなガイルを無視して、ギセドはリウィアスに問い掛ける。ガイルに向けていた剣先はリウィアスへと移る。

 リウィアスは、くつり、と笑うだけでそれに答えず、別の事を口にした。

「潔く拘束されるおつもりは?」

 全身で警戒しながらもそれに、ふ、とギセドは笑みを溢す。

「大人しく、死ねと?──悪いが俺は、まだまだ人生を楽しみたいんでね。遠慮させてもらう」

 捕まれば極刑は免れない。

 ギセドは拒否を示した。

「そうですか」

 リウィアスは、ちらりとコルゼスに視線を送る。

 ガイルとギセドを見据えていたコルゼスは軽くリウィアスに視線を移すと小さく頷いた。

「分かりました」

 それを受けてギセドに対して言葉を発したリウィアスに、ルーカスが腰に帯いていた剣を差し出す。

 それを受け取ったリウィアスは、するっ、と未だレセナートと絡めていた腕を解く。

 瞬間、レセナートはぴくりと反応を示し。

 引き止めたいという想いを抑え込むレセナートに気付かないはずがないリウィアスは、彼を安心させるように一度笑みを向けて、一歩、一歩確実に足を前に運んだ。

「──ならば、精々足掻いて頂きましょう」

 自分とコルゼスらの間に立ったリウィアスに、ギセドは口角を上げた。

「姫が相手をしてくれるのか?」

 その問い掛けに、リウィアスは躊躇う事なく頷く。

「ええ。 私ではご不満でしょうか?」

 それにギセドは頭を振った。

「……いいや。──こんなにワクワクするのは、久々だ」

 リウィアスから放たれる殺気も闘気も、ギセドが感じた事のあるそれらを軽く凌駕するもので。

 剣を交えていなくとも感じられるリウィアスの強さに、ぞくり、と身を震わせるのと同時に、久しく出会う事のなかった──いや、己が知る者とはかけ離れた実力を持つ者との出会いに胸を高鳴らせた。

「──では、始めましょうか」

 剣を鞘から抜いたリウィアスは、妖艶に微笑んだ。

 瞬間、ギセドは床を蹴る。

 素早くリウィアスの懐に入ったギセドは、その剣で迷いなく横に一線を描く。

 けれど、その剣はリウィアスに触れる事はない。

 身を回転させ軽やかにその剣を避けたリウィアスが、今度は剣を繰り出した。

「っ!!」

 身を引いて辛うじて避けるものの、ギセドの皮膚を裂く。

 間髪かんはつを容れずに次々と攻撃がその身を襲い、ギセドは後退する。

 ギセドも攻撃に転じようとするが、繰り出す剣はことごとく躱され。

 突き出した剣は、己の勢いを利用して強く床を蹴ったリウィアスが宙を舞った事で意味を成さず、素早くその手を返して上空に舞う彼女に剣を向けるが、それさえも剣同士を合わせる事で身体の向きを変えられ、避けられてしまう。

(──チッ、化け物かよ!)

 此処まで苦戦する相手は初めてで、内心楽しくもあったギセドだが、しかし此処は敵城。

 互いに見知らぬ地で、誰にも邪魔されずに一対一で手合わせ出来たなら良かったが、今ここで負けるという事は死を意味する。

 常に死地に身を置く剣客であるが故に、死に対する恐怖などはない。

 欲深く、危険思想を持ち合わせるギセドだが、これ程までに強い相手と巡り会い、手合わせする中で死ぬのならば、それは本望とも言える。

 だが、ガイル《馬鹿》に付き合って死ぬ事だけはしたくなかった。

(──一瞬で良い。隙を……)

 後ろに飛び退ったギセドは、その視界の端にコルゼスらを捉えた。

 ──久々の正々堂々とした戦い。これもまたギセドを楽しませていたが、しかし、それも此処まで。

 床を蹴り、再びリウィアスとの距離を縮めるギセドは指先を自身の背後に回し、その服の裾から仕込んであった短剣を静かに且つ素早く取り出した。

 隙のないリウィアスだが、どうしても攻撃や自身の防御を解除せねばならない状況が、ただ一つだけある。




 ──ギセドは隠し持った短剣を、素早くコルゼスに向かって放った。



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