Ep.16 夜戦〜Night Battle〜

「敵目標まで、およそ百二十メートル。探照灯照射を許可する」

「了解。探照灯、照射開始」


 カチッ、とウィルが探照灯のスイッチを入れると、一本の光の筋が闇夜に走った。その先には、光の当たった巨大な球形の影が鎮座している。

 ずず、ずず、とゆっくりと動くそれは、転がっているとも浮いているとも違う動きだ。『引っ張られている』と言うのが一番近いだろうか。ただ、糸のようなものもなければ引っ張っているものも無い。不思議な動きである。


「敵を発見! アーリーさん、まずは威嚇射撃をお願いします」

「ああ、分かった。全砲門、装甲貫徹弾装填。まずは動きを止めるとするか」


 アーリーが重そうな機関砲をサテライトに向ける。背中に背負った背部ユニットからは、カチャン、カチャン、と短い金属音が断続的に鳴り続けている。弾丸の初期装填には少し時間がかかるのだ。

 ガチャリ、とひときわ大きな金属音が鳴った。と、同時にサテライトが動きを止める。どうやらこちらの動きを察知したらしい。強い光が当たっているので当然ではあるのだが。


「標的をロックオン、全砲門、発射ッ!」


 アーリーの持つガトリング砲から無数の徹甲弾が撃ち出される。

 普通のサテライトなら余裕で蜂の巣と化す徹甲弾だが、今回ばかりはアーリーも期待はしていなかった。珍しい型のサテライトがなんらかの防御方法を持っていないわけがないからだ。

 その予想は、正しかった。ただ、彼女の想像した防御法とは少し異なっていたのだが。

 弾丸がちょうどアーリーとサテライトの中間に届いたくらいだろうか。突然彼女たちの前に、黒い壁が地面からせり立った。徹甲弾はその壁に弾かれ、無残に地面に転がった。


「ちいっ、壁生成か……面倒な能力だ」


 アーリーが舌打ちをする。徹甲弾を弾いたその壁は、次の瞬間にはもう消滅していた。展開できるのはほんの一瞬だけのようだ。


「ノエル、奴が動いたらその横に移動しろ。さすがに、奴が十字射撃を防御する事が出来るとは思えん。壁生成は、同時多重展開した例が無いからな」

「でも、もし装甲が貫通しなかったら? それなら壁があっても無くても変わらないと思うけどねぇ」

「動きが止まったところをディーナが撃ち抜く。これでいいだろう」


 作戦に抜かりは無い。予想外の能力を隠し持っている可能性はあるため、近接メンバーを使うのは危険だと判断し、ウィルと雪は一旦待機とした。

 オオオオン、と地の底から唸るような音が辺りに響き渡る。サテライトの咆哮だ。奴らは、口が無くても咆哮は行う。どうやって音が出ているかは判明していないが、その咆哮が敵意を示す事はアーリーにも分かる。それほどの殺気が、目の前の球体からは放たれていた。

 球体は再びこちらへと近づき始めた。ノエルが壁沿いに走る。敵の動きにまだ変化は無い。

 ノエルが敵の横に着いたのを確認すると、アーリーは再び重い砲口をサテライトへと向けた。

 と、その瞬間、敵の動きが止まった。


「止まった……何か仕掛けてくるぞ、注意しろ」 


 アーリーが無線で全員に注意を呼びかける。長距離物理攻撃を仕掛ける可能性もあるため、ディーナも注意する対象だ。

 ぼこり、とサテライトの表面が凹んだ。球形がいびつに変形したその姿は、まるで赤血球さながらだ。


「どうする? 取り敢えず一回、撃ってみるかい?」


 ノエルがアーリーに呼びかける。その手に持っているのは、自作の九連装のロケットランチャーだ。

 このロケットランチャーの弾数は入っている分だけ、つまりは九発しかない。無駄弾はあまり消費しないほうがいいだろう。

 ならば。

 アーリーは、ノエルにまだ撃たないよう手で合図を送ると、再びガトリング砲を構えなおした。


「ウィル、ユキ、敵の攻撃を受ける可能性がある。いつでも回避できるようにしておけ」

「了解です、アーリーさん。気をつけてくださいね」


 アーリーは無言のまま微笑み、引き金を引いた。

 束ねられた砲身がぐるり、ぐるりと回り始める。

 だが次の瞬間、アーリーは壁に叩きつけられていた。


「……ッ!?」


 突然の痛みに、アーリーは思わず声を漏らした。背中で何かにヒビの入ったような音がする。それが背骨か、あるいは壁かは分からない。だが、全身になんとも言えぬ痛みが響いている。

 何だ、いったい何が起こったのだ。アーリーが周囲を見回すと、探照灯の光が数十メートルも先に灯っているのが見える。

 その時彼女は、ようやく自分が吹き飛ばされたのだということを知った。


「このままではだめだ、早く戻らなければ……うぐあっ!」


 立ち上がろうとしたアーリーの腰から右足首あたりにかけて、鋭い痛みが走る。薬は力を増大するが、痛みを和らげる能力には乏しい。この痛みでは戦闘どころか、走ることもままならない。立ち上がることも難しそうだ。


「クソっ、こんな時に……」


 アーリーが、あまりの痛さに腰を崩してへたり込む。額からは脂汗がにじみ出ている。

 右腕のガトリング砲は、砲身が中間あたりでへしゃげている。これでは、雪たちのところに戻ったとしても、使いものにはならないだろう。

 であれば、このまま動くのは無駄か。アーリーはそう判断を下すと、無線で全員に呼びかけた。


「全員、聞こえるか? 私は一応無事だ。だが右脚を負傷して動けそうに無い。私の回収は後でいいから、とにかく今は奴を倒せ!」

『了解しました! すぐに倒してそっちに行きますから、待っててください!』


 耳に取り付けたイヤホンから雪の叫ぶ声が聞こえる。彼女も混乱しているのだろうか、周期の不安定な呼吸音が断絶的に聞こえる。

 これ以上は連絡の必要は無いだろう。そう判断すると、アーリーは無線を切ってイヤホンを耳から外し、地面に置いた。

 右脚の痛みはまだ消えていない。むしろ悪化しているかのようだ。

 アーリーは空を見上げた。星一つ無い、真っ暗な空。月は、雲に隠されたままだ。


「神よ……もし、聞いてくれているのなら……」


 アーリーは、何かに呼びかけるように呟いた。


「彼女たちを、守ってやってくれ」


 * * * * *


「アーリーさん! アーリーさん……切られた」


 雪は、耳に当てた手をぶらりと垂らした。不安で仕方が無い。何しろ、突然目の前から消えたのだ。居場所が分かれば良かったのだが、頼みの無線も今、切られてしまった。


「大丈夫だよ、ユキちゃん。アーリーはそんな簡単にくたばったりしないからさ」


 ウィルが雪の左肩にぽんと手を置く。ウィルのアーリーに対する信頼は厚い。それは分隊長と部下という枠組みだけでない。いわば『相棒』という言い方が相応しいだろう。


「それより、まずはあいつを倒すよ。何があるかわからないけど、今の四対一の状況なら、十分倒せるはずだからね」

「弔い合戦、ですね」

「うん、ごめん。決め台詞言ってるとこ悪いけど、それ、アーリーが死んでる」


 ウィルが真面目な顔でツッコんだ。確かに、弔い合戦というのは死者の無念を晴らす戦のことであるから、その指摘は適切である。

 二人はサテライトの方に向き直し、武装を構えた。

 サテライトが再び咆哮をあげる。だが、雪たちにもう恐怖は無い。あるのは単純な戦意と、闘志だけだ。

 雪は再び耳に手を当てた。無線からは呼吸音が響いている。


「ディーナさん、もう撃てますよね。敵が動き始める前に撃てませんか?」

『不可能デハ無イ……ダガ、暗クテ当タルカハ微妙ナ所ダナ』

「当たらなくても、隙さえ作ってくれれば私たちでなんとかします。だから安心して撃ってください」


 雪は落ち着いた口調で言った。だが、内心は不安だらけであった。

 もし、まだ誰かが先程の攻撃を食らったら。もし、敵がまだ奥の手を隠し持っていたら。そんな不安が、彼女の頭から足先までを緊張で強張らせていた。

 ガチャリ、と撃鉄を起こす音が無線から聞こえてきた。雪はそっと耳からイヤホンを外し、雷火を構えた。

 敵に少しでも隙ができれば、自分とウィルで同時多重攻撃を仕掛けられる。雪はそう判断したのだ。

 遠くの丘の上と、雪の手の中で同時に轟音が鳴り響いた。それは発砲音に間違いなかった。

 ディーナの発射した砲弾は、風切り音を立てながら轟々とサテライトへ向かっていく。

 それに気づいたのか。サテライトがすぐさま壁を生成する。壁自体はかなり分厚いが、砲弾を防御しきれるほどの代物ではないことは、素人目にも見ればすぐにわかる。

 だが、いくら百二十ミリもの口径をもった巨大砲弾でも、壁を貫通した上でサテライトに致命的なダメージを与えることができるわけはない。

 壁を突き抜けていった砲弾は、敵に命中はしたものの、軽く表面をかすっただけであった。それでも、十センチくらいの傷跡が敵の表皮に刻まれ、敵の動きが止まった。


「今です! ウィルさん、同時攻撃を!」

「あいよっ、それじゃあ右は僕に任せてもらおうかな!」


 二人がサテライトに向けて駆け出す。近距離と近距離。相性は抜群だ。ウィルは探照灯を持っているためあまり大きくは動けないが、それでも、隙だらけの敵を狙うことくらいはたやすい。

 二人は右と左の二手に分かれ、同時にサテライトへと自らの持つ刃を叩き込んだ。

 ――だが。


「切れ……ない……!?」


 雪は驚愕した。自らの力を思い切り込め、その上、熱で斬れ味を強化したのに傷一つ付いていない。まるで、巨大な金属の壁を叩いているかのようだ。

 一端体勢を立て直すため、サテライトから離れる。だが、近距離斬撃が通じていない以上、もう打つ手は殆ど残されてはいない。雪は何もできず、ディーナからの連絡があるかもしれないと、イヤホンを耳にセットした。

 ディーナの砲撃に頼るか、助けを呼ぶか。雪の頭の中にはもうその選択肢しかない。彼女と同じように離れてきたウィルの方を見ても、斬撃が通じなかったショックで軽いパニックを起こしているかのように顔が強張っている。

 一旦、敵の攻撃が届かないところに――雪がそう思った矢先、先ほどまで全く動きが無かったサテライトから、触手のようなものが伸び始めた。

 その触手の、まるで影がそのまま現実世界に伸び出したかのような独特なフォルムに、雪の精神は一瞬、自分が現在が戦闘中であることを忘れさせた。

 触手はうねうねと伸び、次第に先端が太く変形していく。まるで蛇だ。いや、むしろ軟体動物の方が近いかもしれない。どちらにせよ、雪が知り得る中で、全く同じ動きをするものは無かった。

 五秒ほど変形を繰り返した触手は、突然、天に向かって一直線にそびえ立ち――次の瞬間、槍のように雪の懐に飛び込んできた。


「ユキちゃん、危ない!」


 慌ててウィルが雪を突き飛ばす。触手が雪の目の数センチ前を通り過ぎる。

 と、次の瞬間、何かが割れる音とともに、雪の視界から光が消えた。

 驚いた雪が視界もままならないまま起き上がると、ウィルの呻くような声が聞こえた。


「ウィルさん、大丈夫ですか!?」

「僕は大丈夫……でも、探照灯が壊れて……」


 ウィルの声が二メートルほど先から聞こえてくる。

 探照灯が壊れた。先ほどの割れた音はそれによるものだったのか。雪は納得した。

 いや、納得している場合ではない。月明かりすらない真っ暗闇で、敵だけこちらを視認できる。その上こちらは支援射撃すら呼べない。これはあまりに絶望的な状況だ。

 サテライトの蠢く音が闇の中に響き渡る。先ほどまで一切感じていなかった恐怖が、一気に雪の心に押し寄せてきた。


『お困りかしら? 雪さん』


 不意に、耳につけていたイヤホンから声がした。ディーナではない。というか、自分達のチームのメンバーではない。

 一体誰だ。いや、この声と喋り方、雪も一度は聞いたことがある。


『ねえ、突然で悪いけど……ここからなら、あなたと敵の場所、見えるわよ』


 その声の主は、冷静なまま、そう言い放った。

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