Ep.17 機転〜Wit〜

「見える……? どういう事ですか」


 雪は無線越しに尋ねた。

 相手はクスクスと笑うと、一息ついて言った。


『ユキさん、赤外線カメラ……ってご存知かしら』

「赤外線……カメラ……まさか!」


 そこまで言って雪は気が付いた。

 赤外線カメラやサーモグラフィーカメラであれば、夜でも人の位置を把握できること。

 無人偵察機は、基本的にサテライトの習性把握などのため、どんな状態でも映像が撮れるようになっていること。

 そして――今自分が話している相手が、誰なのかという事を。


「ハンナさん……ですね」

『正解。よく分かったわね。……もっと早くに気付いて欲しかったけれど』

「それより、もしかしてそっちから、私たちの位置って見えてるんですか!?」

『ええ、アーリーとディーナさん以外は見えてるわよ。もちろん、敵もね』


 敵も見えるのか。雪は少し驚いた。敵が見えるということは、敵も赤外線を発している、あるいは反射しているということである。であれば、サテライトが生物である可能性も出てくるのだ。

 いや、今はそんな事を考えている場合では無い。雪は考えるのをやめて再びハンナに呼びかけた。


「ハンナさん、今、敵は何処に?」

『あなたの前方、百メートルのあたりで静止してるわ。あなた達の動きを警戒しているのかしらね』

「……本当にそうならいいんですけど」


 雪は前を見据えた。だが、何も彼女には見えていない。前には暗闇があるだけだ。そもそも黒いものを暗闇で見ようとする方が無謀である。

 本当に、いるんだろうか。雪は少し疑心暗鬼に陥った。たとえハンナが嘘を言っていたとしてもこちらからでは確認のしようがない。それに、本人が嘘をついているつもりがなくても嘘になる場合も考えられる。


『あら、私の言うことじゃあ不安?』

「不安というか、まだ確証が持てなくて。もしカメラの映像にタイムラグがあったりしたらアウトですし」

『タイムラグなんて、小難しい事を心配するのね。でも大丈夫よ、あの無人機からの映像、基地からの指示もできるようにリアルタイムで見られるようになってるから』

「……信じて、いいんですよね」

『ええ、これは本当よ。信じて良いわ』


 雪は雷火を握りしめた。これが本当なら、一応、敵の攻撃を避けることも、敵に攻撃を当てることも不可能ではなくなった。だが――


「でも、どうやってサテライトにダメージを与えれば良いんでしょう? 今の状態じゃ表皮装甲を破れませんよ」

『その点については、もう解決策を思いついた人がいるわ。ちょっと代わるわね』

 

 ガチャガチャと耳のイヤホンから何かを動かすような音がした。

 その音が止まると、イヤホンの向こうから小さな声が聞こえた。ハンナではない。もっと高い声だ。

 声の主は、一度大きく深呼吸すると、雪に対して話しかけた。


『ユキ……きこえる?』

「イリスちゃん!? 何で!?」


 雪は驚愕した。驚愕したとは言っても、イリスが無線を使ったことやハンナと一緒にいることに対してではない。いくら雪といえど、その程度のことで驚いたりはしない。驚いたのは、ハンナが「サテライトにダメージを与える方法を思いついた人に代わる」と言っていたからである。


『何で、っていわれても……よく、わからない。でも、思いついた』


 本当に大丈夫なのだろうか。雪は少し不安になった。戦闘経験の豊富なハンナやアーリー達が言うならつゆ知らず、サテライトを生で見たこともないような少女に倒し方がわかるわけがない。

 いや、今は情報を選りすぐっている余裕はない。これしか方法がない以上、信じるしかないのだ。


「……っ、分かった。どうすれば良いの?」

『まず、あいつはきってもムダ。ユキのかたなも、つうじなかったでしょ?』

「それは知ってる。だから、そこからどうすれば良いの?」

『……斬れないなら、突けばいい』


 雪は一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。斬れないなら突けばいい、とはどういうことなのか。突いたところで、必ずしも装甲が破れるとは限らない。

 その上、基本的に突きはサテライトに対しての攻撃手段として採用されにくい。斬撃であれば、適当に斬っても核を破壊する確率は高いが、突きであれば一点を狙う必要があるためである。


「突きって言われても、私が持ってるのは雷火しかないけど」

『……それでいい。むしろ、それがいい』


 一体どういう事なのか。雪は自分の手の中にある雷火を見た。

 確かに、刀を使って突きを行うことは不可能ではない。実際、剣道でも突き技は正攻法として認められている。それに、雪はいちおう剣道経験者である。簡単な突きくらいなら使うのはたやすい。

 だが相手は人間ではなくサテライトである。人なら不意をつくこともできるが、そもそも何を考えているのかもわからない相手ではそんなことはできない。それに、突きが剣道などで使えるのはあくまで他の技も通じるからであり、突きだけで攻めても役にはたたないのだ。


「それがいい、って言われても。私の力じゃ斬るのとほとんど変わらないよ?」

『……あいつは、点でせめられると、よわい』

「点で?」


 つまり、刀の先で突けということか。その程度なら雪の技能でも不可能ではない。だが、雪のような突きに慣れていない者が突きをしたところで、普通に考えても斬撃の方が強い。

 すると、不意に雪の頭にある考えがよぎった。

 たしかに、通常の刀であれば斬撃の方が命中率も殺傷能力も高い。だが、雪の持っているのは「雷火」である。サイズも通常の刀と比べても大きめだ。ならば、力を入れずとも重力に任せて上から垂直に刺せば、普通に突くのと比べても、何倍もの貫通力があるのではないだろうか。


「そうか……そうすればいいのか! 分かったよイリスちゃん、やってみる!」

『……うるさい』


 イリスが無線越しにジトッとした声で罵声をあびせる。いや、罵声というには少しインパクトが足りない。文句というあたりが妥当か。

 だが、これでどうにか敵にダメージを与える算段はついた。となれば、あとは実行するだけである。

 雪は後ろを振り向くと、暗闇に向かって呼びかけた。


「ウィルさん、聞いてましたか?」

「うん。話には入れなかったけどね」

「まあ、聞こえたなら充分ですよ。多分ですけど」


 ガチャン、と金属の接触音が鳴る。暗闇の中での音は普段より深く、そして長く響いた。


「……前方、百メートル」


 雪は確認も兼ねて、先ほどのハンナの言葉を繰り返した。

 ここの大体の地形は把握している。雪は目を閉じ、頭の中で立体的に地図を構成していく。

 自分の位置。敵の位置。建物の位置。味方の位置。

 一通り位置を確認すると、雪は再びゆっくりと目を開いた。先ほどより若干目が慣れたのか、少し見やすくなっている気もする。

 よし。雪は心の中でそう呟くと、まだ見えない敵を睨みつけた。


「……行きますよ、ウィルさん」

「合点承知、僕はあの触手をどうにかするよ。本体は、ユキちゃんが倒しな」


 ウィルが雪に歩み寄り、ぽんと肩に手を置く。お互いの姿は見えていないが、音と気配で何となくは分かるのだ。

 二人は、お互いがぼんやりとしか見えないまま、武器を構えた。もうここからは、誤ってお互いを攻撃しないよう、相手を信じるしかない。


「……攻撃開始」


 雪の合図で、二人が同時に駆け出す。お互いに姿が見えないため、いつもよりも感覚を研ぎ澄ませる必要がある。雪の額に脂汗が流れた。

 周囲にサテライトの不気味な咆哮が響く。どうやら相手もこちらの動きに気が付いたようだ。


『……ユキ、右によけて』

「了解……っ!」


 雪は、返答と同時に右へ跳ね飛んだ。

 直前まで迫っていたサテライトの触手が雪の頰を掠め、地面に突き刺さる。破壊力はあるが、動きは単調だ。指示さえあれば触手を避けるのはたやすい。

 雪は体勢を立て直すと、さらにスピードを上げて走り出した。


『……右、左、右、右、上、左』


 無線からイリスの指示が矢継ぎ早に飛ぶ。そして、雪はその指示通りに動く。

 それだけで、雪は次々に攻撃を仕掛けてくる触手を避けることができていた。


『左、左、右、左……あっ』


 不意に、イリスからの指示が止まった。

 雪が目の前を見ると、今までと比べてもひときわ巨大な触手が迫っている。暗闇の中でもわかるほど巨大な触手。その威圧感は、もはや触手というより柱が迫っているかのようであった。

 まずい。やられる。雪は自分の肉体が豆腐のように粉々になるのを覚悟した。

 だが次の瞬間、その巨大な触手は、幾多の爆発音とともに破散した。

 

「さあて、私の出番だねぇ! 隠れて気配を消してた甲斐があったよ!」


 驚いて立ち止まった雪は、近くから聞こえてきたその一言で、思い出した。

 ああ、そういえばこの人がいたんだった。


「ノエルさん! どうやって!?」

「ふふふ、私がこうなることを予見していなかったとでも? 最初から暗視ゴーグルを隠し持ってたよ!」


 なら、なぜ言わないのだろう。特に暗視ゴーグルを持っているなら言ってくれれば早かったのに。というかそもそも隠れる必要はあったのか。

 いや、それを考えるのは野暮というものだろう。そもそも彼女の思考を読み取ることは難解すぎる。


「でも……」

「いいから、私に気を取られてないで早く!」


 お前が言うな。雪は喉元まで出かけたその言葉をぐっと押し込めた。イラっとはするが、確かにノエルの言う通りだ。今はこんなことで時間をロスしている場合では無い。

 雪は再び前を向いた。ここまで走ってきた距離から考えると、残りはあと二十メートルのはずだ。


「ノエルさん、後ろから援護お願いします」

「任しときな! 危ない時はガンガンぶっ放すからさ!」


 ユキはその一言を聞くが早いか、すぐさま走り出した。

 敵は、先ほどの巨大な触手を破壊されたことで、新たな触手の生成に時間がかかるだろう。やるなら今だ。

 ウィルが切り開き、ノエルが広げた敵までの道を、一歩一歩踏みしめるように雪はひた走った。


『……大丈夫だった?』


 雪の耳に、イリスの心配そうな声が聞こえてくる。


「大丈夫、きっと倒すよ。だから心配しないで、待っててね」


 雪は、優しい声でイリスに言った。その口調は、まるで自分に言い聞かせているようでもあった。

 あと十メートル。雪は雷火を両手で握ると、地を足で思い切り蹴り、跳び上がった。


「はぁぁぁああああっ!」


 雪はそのままの勢いで数メートルの高さまで跳び上がると、雷火の先をサテライトに向けて振り下ろす。その太刀筋に、もはや怯えや迷いはない。このチャンスで決める、ただその思いだけが今の雪を動かしていた。

 雪の振り下ろした雷火の切っ先は、まるでアイスピックでゼリーを刺したかのようにサテライトの頂点部を貫いた。

 巨大だった咆哮はより力強さを増し、まるで悶え苦しむかのように周囲の空気を震わせる。

 足りない。雪はその事実に気がついた。

 確かに、装甲は貫通し、ダメージは与えられている。だが、核を破壊しない限りサテライトの動きは止まらない。今の状況では、雷火は核に攻撃を加えることができていないのである。


「……っ!」


 雪が無理やり雷火を押し込もうとするが、全く動く気配がない。引き抜いてしまえば刺す場所を変えられるかもしれないが、それでは二度目の攻撃が貫通しなかった場合、さらに打つ手が無くなってしまう。

 雷火にある能力は斬撃力の強化のみ。刺突にはほぼ効果はない以上、今の雷火はただの刀同然だ。

 ……いやまて。本当にそうなのか。確かに雷火の斬撃強化は、電流を刃に流して温度を上げるものであるから、刺突には効果が薄い。

 だが、その電流を、直接攻撃に使ったらどうなるのだろう。もしかしたら、核を壊せるかもしれない。

 いや、今はゆっくり考えている暇などない。思いついたら実行、さもなければ死があるのみだ。

 雪が雷火のトリガーに指をかけた。電流が弱ければ無意味、強すぎれば自分にも影響があるかもしれないという、いわば賭けである。それでも、今の雪にはそれをするしかないのだ。


「雷火、電圧解放、百パーセントっ!」


 雪はそう叫ぶと同時に、トリガーを引いた。

 ――刹那、周囲に雷が落ちたような轟音が鳴り響き、眩い閃光が辺りを覆う。

 そして、光が消えた後、そこにあったのは、飛び散ったサテライトの破片と、髪が荒れた少女の姿だった。


「……ふう」


 雪は、自分がまだ生きてこの世にいることに安堵した。髪は乱れているものの、特に目立った外傷は無さそうだ。

 雲が晴れ、月明かりが周囲を包み始めた。雪が辺りを見回すと、ウィルとノエルが立っているのが見える。

 そうだ、アーリーを探さなければ。雪はふと思い出したように無線を繋いだ。


「イリスちゃん、聞こえる? ちょっと、ハンナさんに代わってもらえないかな?」

『……うん、わかった』


 今にも寝てしまいそうなイリスの声が聞こえたかと思うと、かちゃり、という音がして無線の相手が切り替わった。


『はいはい、何かしら、ユキさん?』

「アーリーさんが負傷しました。救護と護送用の人員を送ってもらえないでしょうか」

『もうとっくに送ったわ。私だって、ただぼうっと見ていただけじゃないのよ?』


 うふふ、という笑い声が無線の先から聞こえる。


『それにしても貴女、随分と無茶な戦い方をするものね。気に入ったわ』

「よく、無鉄砲だ、なんてアーリーさんに怒られているくらいですから」


 そう言うと、雪は空を見上げた。地平線の先には、太陽が登り始めていた。

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