第十話 変調の正体

 窓の外に見える景色は、時を経るごとに次々と移り変わっていく。

最初は都の店や人の多い通り。異様な風体の異人たちが見慣れない品々をやり取りする、しかしどこか祖国の町中にも通じる光景だ。

 次に来るのは、レキハを囲む門を通り、その先に広がるようになった農村部。植えられている作物の中に忠継の知るものはなかったが、それでも見える景色には、やはり祖国で旅した時に見たのと通じるものを感じた。

 そして最後。今忠継の目の前に広がっているのが、平原をずっと続く街道の風景だ。見慣れないながらも見慣れ始めた、悪い言い方をすれば見飽きてきたその光景がほとんど変化しなくなったころ、ようやく馬車の中の雰囲気が次の段階に移る。

 外から人に見られる心配がなくなったことで、貴族であるエルヴィス達が遠慮しなくなるからだ。


「まず知っておいてほしいのは、魔力には属性があると言うことだ」


「属性?」


 だが、そんな中で行われたのは、忠継の予想に反してエルヴィス達からの話だった。どうやらこの世界に来てから行われていた忠継自身の体の変化についての調査が、何らかの仮説としてまとまったらしい。


「魔力における属性というのは、まあ魔力の持つ性質というか、魔力が再現する性質のことでね」


「以前言っていた文字によって誘導する性質というやつか?」


「よく覚えていたね。まあそういうことだ。人間が使える魔力属性としては、一般的には固体、液体、気体、熱、光、影などの基本【六属性】それらを使用して生み出す電気などの【派生属性】、後はこれらの大元になっている、僕らの肉体が周囲の魔力を集めた際に使いやすいように変換している【元属性】などがある」


「よくわからんものが多いな。そもそもお前たちの体はその魔力とやらを周囲から集めているのか?」


「ええ。これに関してはタダツグさんも行っていますよ。というか、生物は大体行っている現象です」


 忠継の質問に対し、今度は対面の隣に座るエミリアが答える。対面のエルヴィスはそれに対して特に何も言わない。最近気がついたがこの二人、それぞれ語る上で得意分野のようなものがあるらしく、相手の得意分野は相手に話させようとする節がある。


「もともと、魔力は大気中や土地などいたるところに存在していて、生物は生きる上で無意識にそれを体内に取り込んだり排出したりしています。そんな中でその魔力を操る術をもっている人間は、進化の過程でそれをより使いやすい性質に変化させるよう体を作り変えていったんです」


「よくわからんが、その【元属性】とやらだと、魔術が使いやすいということか?」


「そうですね。文明の発達で魔力の属性変換機構が発達しましたから、【元属性】以外の属性の魔力で魔術を使うこともできますし、【元属性】の魔力で先ほど言った属性以外の魔力を生成することもできます。ただ、それをやると魔力の使用量が増えてしまったり、魔方陣に余計な文字を加えなければいけなかったりで使いやすいとは言い難いんです」


「まあそうだな……、例えて言うなら、君は木剣を作る際に、そう言った作業をするのに小刀を使っていただろう?」


「まあそうだな」


「それはたぶんあの小刀がそういう作業をするのにちょうどいい大きさだったからだと思うんだけど、もしそれと同じ作業を君が今腰に差しているカタナでやろうとしたら大変だ。できないことはないだろうけど、無駄に疲れるし失敗もしやすい」


「なるほど。代用できないわけではないが向いていないということか。ところで、その魔力の話が俺の体の話とどう関係してくるんだ?」


 一方的に知識を絞りとられるよりはましだと思った物の、自分の体のことに触れず理解しがたい話を繰り返す二人に、忠継はそんな疑問の声を投げかける。忠継にとって魔術とやらはあまり積極的に知りたいと思える事柄ではない。関心があるとしたら自分に起きている変化くらいだ。


「まあ、そう慌てるなよ。今言った魔力属性なんだけどね。実は理論上存在するんじゃないかといわれている属性がいくつか存在する。いや、どちらかというと発見されている属性がほんの一部じゃないかと言われている、と言ったほうが正確かな」


「どういうことだ?」


「魔力というのは僕たちが知っているよりもずっと万能の概念ではないかといわれているのさ。事の始まりは火というものが炎素などという物質ではなく、分子の振動による現象だとわかったことなんだけど……、まあ、忠継がわからないのは表情を見ればわかるからこれは省こう」


 もはや話について行けないという表情を見せる忠継に苦笑して、エルヴィスはいったん話を中断する。それに対して忠継がほっとしたように一息つくと、今度はエミリアが続きを話し始めた。


「つまりですね。魔力というのはあらゆる物質の代わりになる万能物質ではなく、現象や、物理法則なども再現できる万能概念ではないかといわれているんですよ。魔力が何かの切っ掛けで変異すれば、それによってどんな不可解な現象が起きても不思議ではないんです」


「よくわからんが……、要するに俺の力が突然強くなったのは、そういう効果、いや属性と呼ぶべきか? そういう属性を持つ魔力が何かをしたからだということか?」


「まあ、おおざっぱに言えばそう言うことだね。魔力が本当に万能の概念だったなら、肉体の機能を底上げできる概念も存在しているはずだ。恐らく忠継はどこかでそう言った魔力の影響を受けたんだよ」


「なんというか、こうして聞くとなんでも魔力で説明できそうな気がしてくるな」


 魔力で不可解な事態をすべて片付けようとしているように感じられて、忠継はどことなくこの話に胡散臭いものを感じる。そしてどうやらそんな忠継の内心は二人にも伝わっていたらしく、すぐにエルヴィスが話を続けてきた。


「まあ、気持ちはわからないわけじゃないけど、根拠はもう一つある。ただ、それを話す前にもう一つの不可解な事態に関しても話をしたい」


「もう一つ?」


「君が最初にうちの屋敷で暴れたとき、そのカタナでうちの騎士たちの魔術を斬りまくってた件についてさ」


「……と言われてもな」


 あのときは確かに魔術を斬る感覚を得ていた忠継だが、魔術の知識のない忠継にはそれがどれほどのことなのかは分からない。正直な話、忠継は魔術とは刀で斬れるものなのではないかという疑念すらもっているのだ。

 だが、その考えをエルヴィスはあっさりと否定する。


「そもそもの話、君が初めて斬ったとされる魔術は水の塊の中に相手を閉じ込めるものだったはずだろう?」


「む? ……ああ。確かにそうだな」


「あれは【水賊監≪アクアリム≫】って言って、僕が何年か前に開発した術式なんだけど、あれを破ろうと思ったら飛び道具で術者を狙うか、何らかの魔術で相殺するしかないんだ。何しろ相手は液体だからね。そもそも中にいる人間が刃物を振り回して無効化できる魔術ではないんだよ」


 確かに、忠継はあの水の牢獄に囚われたときに何度か刀を振り回したが、本物の水と同じく斬るという行為自体が明らかに無意味だった。これが鎖の魔術によるものならば忠継が斬鉄に近い行為を行えたと見ることもできるが、相手が水では刀で対抗できた理由がわからなくなる。


「それに、タダツグさんが何らかの魔力現象を起こしていたことは屋敷の中からでも感じられました。実際、騎士達もタダツグさんの腕に魔力が集中しているのを感じていますし、そのうちの何人かはその腕にそのカタナという刃物によく似た紋様が浮かんでいるのを見ています。やはりあのときタダツグさんが何らかの魔力現象を発現させていたのは明らかかと……」


「魔力現象、か……」


 言われたその言葉に、忠継は内心で複雑な心境を得る。

 確かにあのとき、自身の右腕に妖気が集まっているのを感じていた忠継だが、だからと言って自分が妖気ならぬ魔力を操っていたのだとは正直思いたくない。忠継は妖術使いになる気はないのだ。肉体が強くなる程度ならともかく、怪しげな術に手を染めるのは御免こうむるところだ。


「それで、ここ最近君の魔力を採取したりして調べていたんだが……」


「それはこの前の変な石に触れて意識を集中するあれか?」


「そう。あれは君の体内の魔力をそのまま採取する代物さ。ついでに君の保有魔力量なんかも調べたよ。おかげでさっき言った根拠も見つかった」


 それはつい三日ほど前、奇妙な石をもってきたエルヴィスが、その石に魔力を注ぎこめと言って一悶着起きたときの話だ。忠継としては魔力を注ぐなどという妖術使いじみた真似は避けたかったし、そもそも注ぎこめと言われてもどうすればいいのかがわからない。結局半日かけて説得され、さらに半日かけて魔力を注ぎ込むという未知の作業を試す羽目になった。


「その結果、わかったことが二つ。一つは君が魔力を体内でまったく変化させられない体質だということ。もう一つは君がかなり濃い【全属性】の魔力を、どういう訳か大量に保有しているということだ」


「変化させられない……、【全属性】……?」


「順番に行きましょう。まず一つ目、魔力を体内で変化させられないというのは比較的理解しやすいと思います。さっき言ったように、人間は魔力を体内に取り込んだ後に使いやすいように【元属性】という属性に変化させています。ところがタダツグさんの場合これができていないんですね」


「それは俺が畜生に近いということか?」


「別にそういう訳ではないんですけど……。タダツグさんの体には魔力が取り込まれた時のまま、まるで変化しないで残っていました」


「それがさっき言っていた【全属性】というやつなのか?」


 どうにか話についていこうと、忠継は半ば当て推量でそんなことを聞いてみる。今気がついたが、この国でこうした会話についていくためには少し突飛な発想が必要なようだ。

 案の定二人からは、首を縦に振る形で返事が返ってくる。


「そもそもこの【全属性】というのは、特定の属性に限定されない魔力のことでね。それゆえ特定の形や効果を示さないけれど、すべての属性と同じような反応を示す。属性という方向性を与えられる前の原点みたいな性質を持つ属性なんだ」


「そんなものがなぜ俺の中に?」


「えっと、元々【全属性】の魔力は自然界に普通に存在しているんです。それに形を与えている、私たちの魔術の魔力の方が自然界では異常なくらいで……。だから属性変換ができないタダツグさんの体に【全属性】の魔力があること自体は不自然でも何でもないんですけど……」


「問題はその【全属性】の魔力が膨大で、しかも濃密だってことさ。特に濃密って言うのは重要な事態でね。正直ここまで濃密な魔力は自然界には存在しない。つまり、君は自然界にはありえない、濃密な【全属性】の魔力が大量にある場所で、その魔力を体内に取り込んだことになる」


「それがさっき言っていた肉体に影響を与えた魔力のあるどこかだということか?」


「そうだね。っていうか、君の肉体に直接影響を与えたのが、この濃密な【全属性】の魔力だと思う。【全属性】の魔力は特定の方向性を持たない分方向性を与える何かの影響を受けやすいところがある。生き物の体というのは常にその状態をより良い状態に保とうとする性質があるから、君のからだが自然な状態と同じようにそこで魔力を取り込んで、自然界にはありえない濃密な魔力が、別の属性に変換されないまま君の体を強化するように作用したんじゃないかと思うんだ」


「よくはわからんが、それはつまりその濃密な魔力とやらが体の望みをかなえたということか?」


「そう。そしてこのことはさっきの魔力を斬るという現象にも当てはまる」


 そう言うとエルヴィスはいったん話を中断して呼吸を整える。そこまで来て忠継は初めて自身が身を乗り出して話を聞いていたことに気がついた。だが、それに対して忠継が何らかの感慨を得る前に、再び話が再開される。


「さっきも言ったように、【全属性】の魔力は方向性を与える何らかの要素の影響を受けやすい。これはそれが人間の感情や意志でも同じことだ。そして、君の体にはあのとき、大量の濃密な【全属性】の魔力が眠っていた」


「確かにあのとき俺は妖気を斬って捨ててやろうと念じていた……。なら、あのとき魔力を斬れたのは、俺の体の中にあった魔力がその願いをかなえたからだというのか?」


「可能性は十分にあると思います。魔力が人間の感情に左右されるというのは以前にも学会で発表されていました。まあ、何らかの効果や現象に至るにはかなりの量と影響されやすい性質の強さが必要ですが、タダツグさんの体には通常ではありえないほどの量の魔力がありましたし、影響の受けやすさは純度の高い濃密な全属性なら最高でしょう。恐らくこの魔力保有量も筋力などと同じように魔力によって上昇したんじゃないでしょうか」


「そしてそうなると後に残る問題は二つだけだ」


 そう言ってエルヴィスは忠継の目の前に人差指を立てて突き出した。


「一つはこの【全属性】の魔力をどこで取り込んだのか? 恐らく状況から見て転移魔術でこちらに来た際に通った場所なんだろうが、そこがどんなところなのかはとても興味深い問題だ」


「俺はあまり興味はないんだが……」


「だから二つ目」


 忠継の呟きを受け、エルヴィスは立てていた指を二本に増やす。なぜか小指を立てて。


「忠継に起きたこの現象が、あの時だけのものだったのか、明確な変化となって忠継の中に残っているのか、だ」


「どういうことだ?」


「つまりですね。タダツグさんの起こした魔力を斬るという現象が、あのときだけ起きた一過性のものなのか、今も起こりうるものなのかということです。

 前者だった場合はもう一度同じような方向性を魔力に与えない限り同じことは起こりません。もしかすると別の感情に反応して別の反応が見られる可能性もありますが、タダツグさんの体内の魔力はすでに消費した分を周囲の普通の魔力を取り込むことで補っているでしょうから、若干純度が落ちて願いをかなえる力を失っていくと思います。

 実際、今回採取した魔力もかなりの濃さでしたが、こちらに来た直後の、それも魔力をほとんど使っていない状態ならもっと濃かったんでしょう」


「……むう……」


「対してもう一つが、タダツグさんの体に願いをかなえた魔力が、体内に何らかの回路を形成していた場合。これは魔力を流せば同じ力を発揮できる可能性は十分に高いです。何しろ体内に魔方陣を刻まれているようなものですからね。体内魔力がただの【全属性】になっても変わらず同じ力を使える可能性があります」


「……」


 エミリアの言葉に、忠継は黙って自身の右腕を眺める。思い出すのは最初に魔力を斬った際、腕に浮かんでいた刀の刀身のような紋様だ。もしあれがエミリアらの言う回路だとしたら、あの力は今も自身の体に眠っている可能性が高い。

 そして同時に思う。もしそうなっていたら、あるいはなっていなかったら自分はそれをどうすればいいのか、と。


「さて、とりあえず話すべきことはこんなものかな。ではここで一つ提案なんだけど、君があのとき起こした魔力の無力化現象をもう一度試してみる気はないかい!?」


「もし成功すれば私達の実――、ケェッフン。タダツグさんの帰国にも何らかの手がかりになるかもしれませんよ!!」


 途中で何かの言葉を無理やり咳払いに変え、エミリアとエルヴィスがそう忠継に迫ってくる。

 だが、忠継とてこの二人の考えることがろくでもないことであることは、短い付き合いでも十分すぎるほど分かっている。何より、忠継はまだ魔力などという得体の知れない力に手を染める気はない。返す返事は最初から決まっている。


「お断りだ。お前たちの怪しげな実験にまで巻き込まれる気はない」


 身を乗り出す二人を押し戻し、忠継はきっぱりとそう告げる。

 とはいえここは彼らと同じ馬車の中。これからの道中こういった誘いにも対応しなければならないというのはなかなか気が重い未来予想だった。

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