第15話 漆黒の天使の行方

「メロウ様、ヨエル様はどちらに向かわれたのですか?」


 厳かな木製の扉が閉まり、理事長秘書が部屋の外に出た理由をエルザは不思議そうに尋ねる。


「アスモデウスが言葉を発する件についてはまだ耳にしていなかったからね。念のためヨエルには警察や報道機関など、関係各所に通達をするよう命じておいたのさ」

「……ああ、そうなのですね」

「そうそう。だからヨエルのことは一旦忘れ、ここからは別の話でもしようじゃないか」


 待ってましたとでも言わんばかりに、メロウ様は前のめりになって机から身を乗り出す。


「八重樫くん、以前ワタシは君と約束を交わした。アスモデウスを討伐した暁には漆黒の天使の行方を教えると」

「は、はい」


 求めていた手がかりが目の前にまで迫る緊張の渦中、メロウ様が手にしているタブレット端末が俺達の方へ向けられる。


「これは……翠の国、ですか?」


 画面の中に映るのは自然豊かな翠の国らしい、緑溢れる草木の中でひっそりと佇む湖畔の一コマだ。


「そう。世界最大と言われている湖、翠の国第一貯水区。森林面積が国土の五分の四を占める翠の国において、この湖は貴重な水資源でもある……というのは、キミ達も地理の授業で習っているはずだ」

「……もしかして」

「そのまさかだよ、八重樫くん」


 期待で高鳴る俺の鼓動を見透かしたかのように、メロウ様の口角は緩やかに吊り上がる。


「漆黒の天使は翠の国へ行くと言っていた。更にこの第一貯水区にも立ち寄る、ともね」

「……!」


 目の前の光景を映し出す視界が、先生に繋がる手がかりを手に入れた途端に広く明確に澄み渡っていく。今まで姿が見えない程遠くにいた先生が、今は手を伸ばせば触れられる程近くにいる気がした。


「翠の国、ですか……」


 しかし向かいに座るエルザといえば、晴れない顔色のまま何かを考えこんでいる。


「翠の国となると八重樫君は行けませんよね。いくら八重樫君がD級の殺し屋になったとはいえ、出国にはせめてB級以上の階級がないと」

「は⁉ ど、どういうことだよそれ⁉」


 先生探しどころではない大問題により、理事長室にいることも忘れて声を荒げてしまう。


「当たり前でしょ。翠の国に行くなんて簡単に言ってくれるけど、道中は聖気の結界すら張られていない無法地帯。行楽気分で国から国に移動されたら、犠牲者の数は今頃目も当てられないものになっているでしょうね」

「それは、確かに……」


 エルザの言っていることは至極もっともな内容であるため、本当は泣き喚いてでも反論したいのに返す言葉が一切見つからない。


「ああ、その点なら心配は不要だよ」

「……? どういうことでしょうか、メロウ様?」


 首を傾げる俺達とは対照的に、メロウ様は今も穏やかに微笑んでいるばかり。


「簡単な話さ。八重樫くんの旅路に七海くん、キミも同行してしまえばいい」

「……は?」

「……え?」


 いつかの時と同じように、俺とエルザの困惑の声が重なり合う。示し合わせたわけでも無いのに、俺達は同時に吸い込んだ息を大声として吐き出した。


「あたしも行くんですか⁉」

「エルザも来るんですか⁉」

「おー、二人とも。息ぴったりじゃないか」


 メロウ様は俺達の様子に感心したのか満足そうに頷いている。


「この様子なら心配はなさそうだ。七海くん、今回も八重樫くんのことは頼んだよ」

「か、簡単に言ってくれますけど、あたしには紅の国での任務が立て込んでいて」

「それについては心配ない。実のところ、最近は翠の国からの協力依頼も立て込んでいてね。ワタシとしても丁度、七海くんにそちらの任務を任せたかったところなんだ」

「え、そうなんですか? それは何というか、随分と急な話ですね」

「ああ。原因はまだ究明中だが、近頃翠の国で悪魔の出現が多発しているらしい。向こうの学園理事長の話によれば、自国の殺し屋だけでは手が回らない状況だそうだ」

「それなら、まあ……」


 エルザはしばらく苦悶の表情をした後、ため息交じりに首を縦に振る。


「短期留学と思ってくれればいい。翠の国の学園とはワタシが話を付けておくし、向こうで寝食に困ることは当然無いからね」

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