第16話 どうして俺は
「……何だか、大変なことになったな」
三時限目の体育が控えた男子更衣室にて、体操着に着替えながらとんとん拍子に決まってしまったこれからに思いを馳せる。
「まさか一週間後、エルザと翠の国に行くことになったなんて。薫にどう説明すれば……」
今朝方に約束をした以上、今回の件を薫に伝えないというわけにもいかない。
「……そういえば」
今更すぎる疑問がふと、億劫になっている頭の中で浮かび上がる。
「どうして俺は、討伐任務に就くことになったんだろう」
メロウ様が言うに、アスモデウスはS級相当の強大な悪魔だったという。慌ただしい任務の最中は考えもしなかったが、学園の一生徒でさえそれ程危険な任務に参加することは普通有り得ない。
「……まあいいか。任務のおかげで、先生に繋がる手がかりが掴めたことは確かだし」
「何がいいんだ? 八重樫」
「むむ?」
声がした方へ振り向くと、そこにはいたのは体操服に着替え終えた男子二人組。冷ややかな仏頂面をしている俊介、そして俺へ向けて元気に手を振っている大悟の姿があった。
「よう有名人! 見たぜ、今朝のニュース!」
「お、おう」
掴みどころのない大悟のテンションには圧倒されてしまうものの、ここで根負けしていてはクラスメイトとの大切なコミュニケーションすら成り立たない。
「い、如何だったかな? 俺による一世一代の大舞台、輝かしいテレビデビューの姿は」
「まあ、よくやってたんじゃねーの? 弟達は『この人噛みすぎ』とか言ってたけど、一季にしては頑張っていたと俺は思ってるぜ!」
「……忌憚のない感想、感謝する」
本当に遠慮がない意見がぶつけられたことに内心戸惑いつつも、今度は隣にいる俊介へ話しかけてみる。
「そして、俊介よ」
「あ?」
頭の傷はとっくに治っているらしく、男子にしては長めの黒髪が包帯代わりになびいている。
「先程の言葉は、ただの独り言。お前達には関係のない、俺自身が背負う宿命……言うなればデスティニー、というやつだ」
「……ちっ」
顔を右手で覆いながら呟いた伊達言葉へ、それらしい言語の代わりに俊介の舌打ちだけが返ってくる。
「……A級悪魔を討伐したからって、調子に乗るなよ」
「は? A級?」
「しらばっくれるな! 八十八番地区に出没したアスモデウスのことだよ!」
「あ、ああ……」
ついさっきアスモデウスがS級相当だったと知ったたせいで、A級として報道されていることをすっかり忘れていた。
「八重樫はただ、七海さんのおこぼれを拾っただけなんだよ。もしあの場に七海さんがいなければ、お前はとっくに炎の海に飲まれていただろうな?」
「……それは」
俊介の物言いは至極もっともなもので、言葉のどこにも否定する余地が残されていない。
「それはそうだろ。俊介の言う通り、アスモデウスを討伐出来たのは全てエルザのおかげだ。俺はただその後ろに付いていって、ちょっとした手助けをしたに過ぎない」
「……!」
さり気ない心からの意見を口にすると、俊介の吊り上がっていた口角は重力に従う様にして崩落していく。
「な、何がエルザだ。S級の殺し屋を馴れ馴れしく名前呼びしやがって……!」
「俊介?」
何故か俊介は声を荒げ、再び腰に下げている鞘へ手を伸ばそうとしている。
「おいおい俊介、この前エルマ様から注意されたばかりだろ?」
「……大悟」
刀身を抜く前に大悟が俊介の肩を軽く叩くと、冷静さを取り戻した俊介は寸での所で刀から手を離す。
「……まあ、いい。次の体育ではっきりするだろうさ。お前が如何に脆弱な存在か、そして俺達の足元にすら及ばない落ちこぼれであるかどうかが」
「思ったんだけどよ。俊介もたまに八重樫みたいなややこしい言葉遣いするよな」
「お、お前は黙ってろ、大悟!」
俊介は大悟の後ろ首を引っ張り、罵声の数々を喚きながらも更衣室を後にする。室内の時計を確認してみると、三時限目の開始まで既に残り五分を切っていた。
「……俺も行くか」
鞘に入れたままの不死のナイフを体操服のポケットにしまい、二人に続いて更衣室の出口へ向かう。今日の体育は中等部一年生との合同授業、実戦形式に近い状況下で行われる長距離走だ。
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