ボクの名はクロ。よろしくね

「(本当に主は人使い、いや猫使いが荒いにゃ~)」


 ボクの名はクロ。今のご主人、ジーノに名付けられた。


 普段は隠れ家の警備をしているか適当に散歩して情報を集めているかだが今回は監視任務に駆り出された。


 こっちに断る選択はない。餌が出なくなる。


 そしてあちらが今回の監視対象シルヴィ? という人間の女だ。


 階段でぐちぐち言っていたが恋愛絡みの件らしい。漫画でも読むんだが人間の恋愛模様はまだ理解できないものが多い。


 なんでもいいや。うまい餌が食えてゆっくり寝られる寝床に着けるなら。雨にも負けず風にも負けずだ。


 ハロル? という男と別れたシルヴィだが現在は路地裏でいつもジーノがやっているように空に向かって剣をふるっている。鍛錬とかいうやつか。


 どことなくジーノと同じような動きをしているような気がする。知らんけど。


 なんも楽しくもない時間をしばらく過ごしていると、なんか怪しげな男たちが逃げ道をふさぐように詰めている。


 この状況は漫画で見たぞ。刺客というやつだ。


 と、何か異変があったら報告しろと言われてるんだった。主曰く、主のソウルがボクのソウルとまじっているからある程度距離が遠くても念話のように会話ができる。


「(お~い、シルヴィとやらが怪しい奴に囲まれているぞ)」


「(わかった。すぐ向かう。いざとなればお前がどうにかしろ)」


「(おい、どうにかって。ボクは猫だぞっ)」


 一方的に念話を切られる。うちの主こういうところあるんだよ。


「あなたたち、何者?」


 どうこうしているうちに二勢力が接触してしまった。どうにかしろってどうしようか。


「シルヴィ・アマリス。私たちについてきてくれませんか」


 囲んでいた人たちの中から一人、男がシルヴィに話しかける。


「いやだ」


「いやでもついてきてもらいます」


 その言葉を皮切りに剣と剣が交じり合う。


「リビル様、私たちも」


「必要ない。対象を傷つけられては困る。君が思っている以上に手加減は難しいものだ」


「手加減って、まるで私が相手にならないような言いぐさ」


「そういったのだ。全盛期のエリス・アマリスに比べればかわいいものさ」


「(ん? 剣のリズムが変わったような)」


 さっきまで丁寧な剣術で対応していたシルヴィだったが動きにぎこちなさが出てきた。


 拮抗していた戦況が徐々にシルヴィが押され始めた。これは少しまずい。主よ、早く来ないと。


「くっ」


「ふん、造作もないですね。凡人はどこまで行っても凡人ということですかね」


 剣を飛ばされ、とうとう追い詰められた。それでもシルヴィの目は死んではなくリビルをにらみつけていた。


 しょうがない。出るしかないか。


「何ですか。この猫」


 主から教えてもらったソウル操作と持ち前の身体能力を使ってリビルといわれた男を翻弄する。


「猫風情がぁ」


 その程度じゃ当たらんてー。ウロチョロされるのがうっとうしいのか剣筋が荒ぶっている。


「貴様らも手伝え!」


「ですがリビル様さっき手を出すなと」


「時と場合を考えろ! だからお前ら出世できないんだろ!」


 そんな余裕ぶっていたら体に衝撃が走り壁に打ち付けられる。


「全くこのような場所で見せたくなかったのですが」


 異能か。まずいな~、これは。


 リビルの周りに二つほどの球体が宙に浮いていた。


「で、でたー。リビル様のダブルボール。二つの球体を操る能力だ。うつくし~」


「説明する必要があったのかわからないですが賛美はすばらしいです」


 どうにかしなければならないが主は連絡取れないし、ボクの戦闘力はたかが知れてるし。そもそも、ボクは諜報要員だし。


「はぁ!」


「っ!!」


 いつの間にか剣を拾っていたシルヴィがリビルに切りかかる。リビルの余裕な顔が少し焦ったものになった。


 だが、それは一瞬だけでシルヴィの不意打ちを対処すると再び余裕な表情に戻る。一筋の赤い線を除いて。


「今の一撃は良かったよ。私には届かなかったようだけどね」


 シルヴィも球に飛ばされる。


「そこの者たち!! 何をしている!!」


「なに? あの赤紙は。アリア・イージスか」


 そのタイミングで赤髪の女性騎士がやってきた。よかった~。


「(今頃、僕が呼んだ騎士が到達しただろう。ミッションコンプリートだ。離脱しろ)」


 主が呼んだのか。回りくどいことをするもんだ。


 ともあれ、仕事は終わりか。あやしい奴らも撤退してるしそれに紛れてボクもそそくさと逃げたのだった。






「まったく、なんであそこにアリア・イージスが」


 リビルは数人しか残らなかった部下と共に愚痴を吐き捨てながら地下水道を歩いていた。


 誰もいないと思っていた進行方向からコツコツと足音が聞こえる。そして、その人物が見えるところまで迫ってきた。黒い衣装をした男だ。


「何者だ、きさ……」


 リビルが言い切る前にリビルともども一瞬で首を落とされた。


「俺の相棒をいじめてくれた礼だ。受け取れ」


 返り血の付いた剣を振り、血を振り落とす。そして、男は影の中へと音もなく消えてった。

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