忠犬、監視任務にいそしむ

「ということになった」


「(めんどくさそうなことに巻き込まれたな)」


「何も起こらないよりはマシだろ」


 ここは僕が王都に来た時に購入した隠れ家。ここには今まで集めてきたコレクションを保管している。


 僕は寮住まいなのでいつもここに居れるわけじゃない。基本的にクロに管理を任している。管理といっても誰か来ないかを見ているだけなんだが。


「(とはいえ知ってか知らずかお前に頼んだのは正解だな。気配を消すとか、変装とかお手の物だろう。さすがは王女様というところか)」


「確かにそうだけど疲れるから好きじゃないんだよねぇ」


 気配を消したり、物質化させるのはソウルを変質させなければならない。ソウルを長時間変質させるのは精神的に厳しいのだ。


「それはそうとあの二人は本当に付き合っているのかねぇ」


「(というのは?)」


「なんかよそよそしいような」


 放課後も併せて観察した結果、行動自体は恋人らしかったから付き合っているようだが漫画ソムリエの直感が違うのではとささやく。


「(それでどうするんだ)」


「二人の行方も気になるし、受けよったからにはやるよ。クロも手伝ってね」


「(ボクもやるのか)」


「二人が離れたとき二手で監視できたほうがいいだろ」


「(……高い餌を頼むよ)」


「わかってるよ」








 ジーノたちが監視を始めて一週間。特に変わりなくハロルとシルヴィは付き合っていた。


 空は朱色に染まり、涼しい風が吹き出した頃。ハロルとシルヴィは最近人気のタピオカの屋台にできた列を並んでいた。


「……ここまでする必要あるのか」


「恋人なら普通」


 シルヴィは豊満な胸をハロルの腕に押し付けている。ハロルの顔は空の赤さと違う紅さを含んでいる。


「次の方~」


 屋台のお姉さんに呼ばれ二人は注文する。


「抹茶ラテで」


「僕はカフェオレで」


 お姉さんは慣れた手つきで、注文されたドリンクが出来上がる。


「はい。抹茶ラテとカフェオレです。そして、こちらはおまけとなりま~す。よければどうぞ」


 二つのストローの刺さったドリンクとハート形に組まれた二つの吸い口のあるカップル用のストローが渡される。


「ちょっ、これは」


「ありがたく使わせてもらう」


 ハロルはシルヴィに引っ張られその場を後にした。


「次のか……」


「すいません! タピオカコーヒーで!!」


「ひっ。か、かしこまりました~」


 鬼のような怒号で注文し、鬼の形相で後ろから二人を見つめるマシャにお姉さんが怯えながらもドリンクを差し出した。


 マシャはタピオカコーヒーがあふれるほど握りしめながら二人の後を追っていった。


「タピオカミルクティー、タピオカマシマシマシマシとチュオチャールで」


「え? あ、チュオチャールはここにはありません」


 お姉さんは茶色のロングコートに三百六十度つばのある帽子をかぶり、黒猫を肩に乗せている男が何事もなかったように注文してくるのに驚きながらも対応する。


「え、じゃあミルクで」


「プラスチックのコップでいいですか」


「かまわない」


 そう言われてお姉さんはいつも通りドリンクを出す。


「あ、そうだ。あれやってくれません。ほら、ベイビィタッピってやつ」


「は、はい。ベイビィタッピ」


 お姉さんは掛け声に合わせてストローを動かし、最後は刺す。


 男は満足げにその二つを持つと先の三人と同じ方向へと消えてった。


「ほんといろんなひとがいるなぁ~」


 お姉さんは世間の広さを思い知ったのだった。







 屋台からしばらく歩いたのち、人の気配のない階段にハロルとシルヴィは腰かけていた。


「多分、撒けた」


 どうやらマシャの追跡をまくような道どりをしていたようだ。


「君と付き合って大変なことばっかだよ」


「それも楽しい」


「落ち着いた生活を送りたいんだ」


 タピオカ抹茶ラテを飲みながらハロルは愚痴をこぼす。


「それは許さない。私の着替えを見た責任は取ってもらう」


「うぅ、それはごめん。君が満足するまで偽彼氏はやらしてもらうよ」


「本当、煩わしくてしょうがない。告白してくる奴らも。お見合いを急かしてくるお母様も」


 シルヴィは空になったプラスチックのコップを握りつぶす。


「そういえば今日の部活での剣筋が荒かったけど何かあったのか?」


「最近、今まで以上にしつこい奴が出てきた」


「それは、うん」


「ベルフってやつなんだけどこいつがオオカミ商会の会長なの。そいつがしつこくてしつこくて」


 触れずらい話を断ち切ろうとしたハロルを無視してシルヴィは話を続ける。話していいんだと思ったハロルは気になったことを口に出す。


「オオカミ商会って?」


「この国の宝石商の一つ。最近名を上げている商会」


「へー。ベリルって人はどんな人物なの?」


「無駄に顔がよくて、無駄にさわやかで人当たりの良い金持ち」


「シルヴィが本当に嫌ってることはひしひしと伝わってきたよ。聞く限りいい人っぽい気がするけど」


「あぁいう人は嫌い。なんか仮面をかぶってそうで気持ち悪い」


「ひねくれてるね」


「そう。だから強くなりたいの。こんなひねくれものでも自由に生きていけるように」


「僕に勝てないようじゃ夢のまた夢だね」


「わかってる、だからまずはあなたを超えて、そして学園の頂点になってから飛び立つことにする」


 そう言ってシルヴィが立ち上がり、伸びをする。


「今日はここまでにしよう。じゃあね」


 茜色だった空がクロに染まりつつある頃、二人は別方向へと歩き出した。




「なるほどね」


 誰もいないと思っていた階段の上、茶色のロングコートの男と黒猫が姿を現した。


「クロは王女様ね。僕はハロルに付くから」


「にゃー」


 こちらの一匹と一人も別方向へと歩みを進めた。

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