SIED 彼女はちょっと面白い
ホルは名もなき世界と、地球がある世界、二つの世界の調停を行ってきた。
事務的なその作業に意味を見出せなくて、サボったことが何度もある。その度に生意気な餓鬼に叱られた。あの若造にはいつか痛い目みせると意気込んでも、圧倒的数を誇る亜人たちの神であるあいつには敵わず今のところ全敗。
ホルは意気消沈しながらも、友人である万作の話を聞いた。
『実はね、亜人を守るのに最適な人が見つかったんだ』
「へぇ。まあ亜人はこの世界に必要だけど、その仕事はマンサクがやればいいんじゃないの?」
拗ねたように言うホルに、万作はやれやれといった風にため息を吐いた。
『私が忙しいのは知っているだろう』
「チヨと一緒にこちらに来ればいいだろ」
『千世ちゃんは日本が好きだから無理』
「相変わらずの愛妻家だな。マンサクは私の世界が好きなのに」
『別に、日本も同じくらい好きなだけだよ』
万作はそう言うと、その人間をどうにか説得してこちらに連れてくると言った。
もちろん日本に帰れるという条件で、と言った万作にうんざりする。確かにできないことはないがそれはとても、とても面倒なのだ。それでも万作に甘いホルはしぶしぶながらも受け入れた。
その話から暫くして、神としての仕事を全うしていたホルの元に万作から連絡が入った。
『ホルさんに頼んだ結界だけど、緩んでいたらしい』
「ん? そんなことはない! 私は確かに不備なく張った」
なにせようやく話を受けてくれた地球人だからな、と言い張る。
ホルの言葉に万作は半信半疑だったが、千世に呼んでと言われていたのでその旨を伝えた。
「わざわざ私が赴くのか?」
『あーほら、一目見ておいた方がいいだろう』
「私は別にマンサクが選んだ人間なら構わな………」
『いやいやいや、構う構う。それは夏瓜さんが可哀想だから』
今更ながら、ホルの世界に来ていた人物は夏瓜と言うらしいことを知った。
ホルはうーんと唸りながらも、やっぱり万作に甘いので二つ返事でOKと言った。それから数十分した後に向かったホルは、そこで面白い人間と出会う。
日本人らしい黒髪。猫のような瞳は少しだけ
「ボンジュール? マドモアゼル」
フランス語を使うなんて、気まぐれだった。
それでも彼女を驚かせるつもりで使ったから、彼女が目を丸くしたすぐあとにはじめまして、と言ってくれたことにはこちらが驚いた。「はじめまして」だ。そんな事を言われたのは万作と万作の祖父だけだったので、柄にもなく嬉しくなってしまった。
それから魅了するかのようにサービスたっぷりで話しかける。彼女はその分返してくれた。万作の次に面白い。まだ少ししか知らないのに、ホルはすべてを知ったような気になった。
それから万作と千世に呼び捨てで言うように言って、いつものように断られた。恒例行事みたいなものなのでホルも気にしない。
「まず、私の結界が緩んでいたようだね。本当に申し訳ない。不備はないと思っていたんだが」
ホルがそう喋りかけると、彼女はそんなことないと言った。なので「そうか? そうだな。そういうことにしよう」と言って話を切り上げる。そのまま帰ってもよかったが、久しぶりに下々の食べ物を食べたかったので肉を出せと要求。万作は嫌々と、千世は嬉々として仕度をしに行った。
それを機にちょっと夏瓜にちょっかいをかけようと思ったのだが、ホルよりも先に彼女から話しかけられた。それが面白いのなんの。
嬉しくって余計なことまで喋ってしまった。あの餓鬼のことなんて話すつもりはなかったんだがな。
二人が用意してくれた肉はやっぱり美味しいものだった。
バーベキュー、焼き肉、どちらでもいいが万作のログハウスでは恒例のように行われている。
今回も美味しいなと言ってやると市販の肉だけどね、と笑われた。それでも日本の肉は美味しいと言っていたし、ホルはそんなもんかと頷く。
「まぁ異世界の肉の方が美味しいんだけどね」
「そうなんですか?」
「魔物肉、美味しいよ? 私も少ししか食べたことないけどねぇ」
「マンサクはこっちにばっかり居るからな」
ホルが睨むように言ってやると、万作は笑った。
「ふん。でもこれからはナツリが居るから、私は大丈夫だ」
「強がって」
「うるさい。ああそうだ、ナツリ、君にも特別に呼び捨てで呼んでいい権利を与えよう」
「え、要らないです」
「ん? なんて言った?」
「いや、要らな………」
「要るよね」
圧をかけて言う。結局、夏瓜は千世に説得されて「ホル……」と呼んでくれた。
「大変結構! 私の事を呼び捨てで呼んだのは君で五人目だ」
「それは名誉な……」
疲れたように口にした夏瓜に笑うと、ホルは焼き肉を満喫した。
それから夏瓜はログハウスに泊まっていくことになって、千世と共に眠りについた。ホルは万作と二人きりになると少しだけ感傷に浸ったように話す。
「マンサクはなんでナツリを選んだんだ?」
「ん? 単純に知り合いの娘だったから、かな。あと動物にやさしい」
「知り合いなのか」
「彼女のお母さんがね。お父さんとも会ったことがあったな」
あのときは人の嫁を誑かすなとうるさかったっけ、と思い出し笑いした万作。
ホルは少しだけ考えるようなそぶりをすると、暫くして口を開く。
「見たところあの結界に不備はなかった」
「見たのかい?」
「覗く程度だがな。それでも異常はなし。ナツリは何と言ってたんだ?」
「突然、地図がぽつんと点一つになったって。たぶんダンジョンの構造的にどこかに飛んだんだと思うよ」
「そうだとしたら結界が作用しなかったのはおかしい」
「ああそれだけど、千世ちゃんに〝箱庭に閉じ込めたの〟って怒られちゃったよ」
「……何が悪い」
「ホルさんの提案だけど、やっぱり良くなかったらしい」
万作もそこら辺の感性は少しだけ歪んでいるのでよく分からないようだった。まあそれはどうでもいいとして、結界が作用しなかったのは問題だ。
「あまりよくない傾向だ。よし、私がたまに覗きに行ってやろう」
「そう言って構ってほしいだけでしょ。私が構わないから」
「そそそ、そんなことない!」
冷や汗を流しながら言うホルに、万作は笑った。
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