第14話 「試練」

「えぇ、その通り。流石、神話に詳しいわね?イングラム」


イングラムの驚愕と興奮はまだ冷めなかった。スクルドと言えば北欧神話に登場する半神半人の、運命を司る女神である。また彼女はワルキューレの人柱とも呼ばれていて魂の選別を行なっていたという。


「ふふ、北欧神話といえば、オーディン様の方が有名だけれど、こうして自分のことを知られているのはなんだかこそばゆいわ」


スクルドが口に手を当ててクスクスと微笑する。どうやらイングラムが自分のことを詳しく知っているとは思わなかったようで、その微笑に混ざって、頬が赤らんでいた。


「えぇ、貴女のことは神話の史書で学びました。ですがまさか、当の本人と会うことができるとは、感激以外の言葉が出ませんね」


感慨深そうな表情を浮かべてイングラムはスクルドを見やる。彼女はハーフエルフの身ではあれど、その身体からは確かに神秘性を感じとれる。


「……ふふ、良かったらサインを書いてあげるけど、いる?」


すっ、とサイン色紙のような葉っぱとペンを持ってふたりの様子を伺う。

知られていたのがよほど心地よかったのだと見える。気分が良さそうだった。


「もちろんいただきます。せっかくの機会ですから!」


「OK、ルークはどう?」


「こんな美しい方のサインは地球規模の宝になるでしょう、ぜひくださいませませ」


スクルドはふたりの言葉を聞き終えると

鼻歌を歌いながらサインを入れている。

しかし、すぐに手を止めてしまった。

その視線はちらりとイングラムとルークの方へ向けられている。


「……あの————」


「「?????」」


「貴方たちの名前、入れる?

それとも私のだけでいいかしら?」


お互いに顔を見合わせる。ここはどうしたら正解なのか、表情を見て決める。


(……どうする?)


(図々しすぎてもいかんしな……ここはスクルド様の名前だけでいいだろう。レオンさんにもいい土産になるだろうし)


(じゃあ、俺たちの分は自分の名前とスクルド様の名前を入れてもらって、レオンくん用にスクルドさんの名前だけのやつを貰うことにしよう)


こくりとイングラムが頷き、ふたりは再びスクルドの方へ顔を向けた。彼女の顔は実に穏やかで、その上ワクワクしているように見える。サインをねだる人物があまりいないせいだろうか。


「僭越ではありますが、俺の先輩の分も

書いてもらっていいでしょうか?

先輩の分は、スクルド様の名前だけでお願いします」


「えぇ、もちろいいわよ」


スラスラと迷いなく色紙にサインを書いていく。時折筆を留めながら、うーんと考えながら再び筆をしならせる。


「はい、どうぞ」


ふたりの手元には自身とスクルドの氏名が書かれたものが舞い降りてきえ、、レオン用にクルドの名前のみが書かれたものがイングラムに渡された。


「サインなんて初めての経験ね、北欧文字なのだけれど読める?」


ふたりは文字を凝視して顔を色紙に近づける。北欧文字は習ったことがないのでわからない。しかしせっかくなので貰っていくことにした。


「はいスクルド様!」


「なあにルーク?」


「読めません!」


「素直でよろしい、でも持っておいてね?」


「ありがとうございます。ところで皇女様、私たちが今日ここに来たのはお願いがあってやって来たのです。」


「知っているわ、ソルヴィアの他国同盟のことね?」


イングラムは驚きの表情を浮かべる。

皇女はまるで見据えているように言葉を紡いだ。


「この地球の至る所に草木一つあれば

私たちの国に情報が伝達されるのよ、あなたたちの考えや独り言もぜーんぶこちらに筒抜けというわけ」


ルークはまずいという表情で気まずそうに

俯いた。どうしてなのかは、ご想像にお任せしよう。


「そうでしたか。では、使い魔を飛ばす必要もなかったわけですね」


「えぇ、でも礼儀としては正解よ。

穴を掘って結界破って来客する大喰らいな子よりは全然マシ」


「「確かに」」


声が揃うほどにふたりの意見は合致していたようだ。まさか地面の下から掘り進んでくるだなんて、新種の大型モグラか何かなのか。彼は恐ろしい男だ


「じゃあ、その話題に変えましょうか。

同盟を組むにあたって、あなたが私たちの国に最初の目星をつけたのは高評価ね」


だが、それだけでは組むには値しない。

今の言葉でそれが理解できた。


「……それで、他に何が足りないと言うのでしょうか?」


スクルドはすぅ、と大きく呼吸をし、

そして吐き出すように、満面の笑みで叫んだ。


「それは、実力よ!!!!!」


言葉と共に強い風がふたりの頬を殴りつける。しかし微動だにせず、視線は皇女へ向けたままにして、言葉を紡ぐ。


「……実力、ですか」


「そうよ、ワルキューレの私を護衛する精鋭ふたりと戦ってもらうわ!」


「ユーゼフ撃退だけでは足りないと?」


ルークの言葉に対して、彼女はうんうんと頭を縦に振る。確かに彼女【ワルキューレ】は魂の選定者である。強き者か、弱き者か、それを見定める宿命がある。

神代から永き時が経った今でも、それは変わらないのだろう。


「ユーゼフ進撃を阻止した時点で、あなたたちは既に同盟を結ぶ権利を得たも同然なのよ。あとは、その実力を直に見せてちょうだい。満足させてくれればあなたの国の民たちをここへ移住させ、永劫に安定した生活を送らせると約束します」


玉座けらむくりと立ち上がり、演説でもするかの如く両手を広げ、声を上げる。この王室中に響き渡るそれは、エルフたちの心を昂らせるのには充分だった。


「承知しました。そちらがその気であるのなら、こちらも相応の意を以って応じましょう」


「エルフと剣を交えるのは初めてかもしれない。怪我しても怒らないように伝えてもらえると、嬉しいです?」


穏やかな口調のふたりではあるが彼らも戦士である。片やソルヴィア王国最強のインペリアルガード。片や己の剣技のみで数多の怪物を討ち倒してきた剣士。そして目の前には、エルフという人類にとっては未知の存在がいる。これ以上ない機会に、ふたりは高揚を隠せずにいた。


「皇女様、この者たちのやる気は眼を見張るものがあるようです」


エルフの戦闘員のひとりが呟くと皇女スクルドはにやりと口角をあげる。


「ふふふ、やはりね、ユーゼフの戦いを

遠巻きで見てはいたけれど、直で浴びるのは初めてよ……滾ってくるわね」


「お目に叶うといいのですがね」


余裕げな口調でそう呟きながらも

警戒を解かない。背中の目に見えぬ槍も既に顕現している。戦闘に移る準備は万端だ。ルークも既に、腰の鞘に手を伸ばしている。居合斬りの要領で素早い斬撃を繰り出す用意は既に終えているようだ。


「あっ、待って!」


戦意に満ち満ちたこの空間を皇女の一言がかき消した。エルフたちは驚いて、思わず皇女の方へと顔を向ける。


「こ、皇女様!?」


「あ、いや、大したことじゃないのよ。

貴方たちは先程ユーゼフと戦ったばかりでしょ?だから、これに触れてちょうだい」


スクルドの掌の上に緑色の球体が出現し

それが彼らに向かって飛んでいく。

それは、例えるならばまるで人魂のようで、なんの抵抗もなく、すっと体の中に入っていくのがわかった。しかし、拒絶反応は起こらない。


「……これは一体なんですか?」


ルークの疑問に対して、皇女は簡潔に答える。


「回復球よ、あなたたちの体調を万全にさせてもらったわ。ここに来るまでの苦労に加えて、ユーゼフの阻止をしてくれたんだもの、そのまま戦わせるなんてフェアじゃないわ」


先程の移動の際、激しく上下した時の動悸やら、ユーゼフとの戦闘で受けた傷がみるみるうちに回復していくのがわかった。


「急に止めてしまってごめんなさい。

それでは、我が精鋭たちよ。それに対する戦士たちよ。私をワクワクさせてちょうだい!それこそ、全盛期の頃を思い出させてくれたら100点満点だけれど————」


彼女はそう言って、改めて戦闘開始の合図をする。


「人間とエルフの戦いの儀を、今ここに開催するわ!」


皇女は精鋭指をパチン、と鳴らして

戦闘用のフィールドへ対象の人物たちを瞬間移動させた。





目の前に広がるのは、この国の平原

妖精の子供達や精霊になりたての光が

ふたりの戦士を歓声で出迎えてくれる。

この穏やかな場所で、今、ふたりのエルフがイングラムとルークの前に現れた。


〈いい?その二人は槍と剣の使い手よ。

決して油断しないようになさい!

あと手を抜かないこと!〉


「へい!皇女様!」


3メートル近くある大柄のエルフ見た目によらずに軽装で、赤い髪をしている。彼は大剣に近しい形状の武器を手に持ちルークに対し挑発をかける。


「よぉ坊主、お前強いやつと戦ってきたんだって?実にくだらねえが付き合ってやる。ついでに同盟を結ぶべき相手かどうか見極めてやるぜ!」


「………」


ルークは目の前に立ちはだかるエルフよりもその後方、木に寄りかかり両腕を組んでいる片耳のエルフに視線を飛ばした。

彼は武器など何ひとつ持っていない、緑色のフードを深く被っているせいで表情は伺うことができないが……


(あいつ、強いぞ)


「おいガキ!無視してんじゃねえよ!」


ぶん、と大剣を片手で振り下ろす。

ルークのいる地面がグシャリと抉れ、土煙を撒き散らしながらくつくつと嗤う。


大剣を地面から持ち上げようとする。

しかし、何かがおかしい。

どれだけ力を入れても持ち上がらないのだ。


「やだなあ、まだ試合は始まってないよ」


大剣が声を発した。否、大剣の上から

ルークの声がしたのだ。


「皇女様の合図でスタートなんでしょ?

そう殺気立つなよ、俺は逃げやしないからさ」


「へっ、そうこなくっちゃ、なぁ!」


柄を思い切り踏みつけて、大剣は思い切り斜め上へと向きを変える。

それと同時に、ルークは後方へ跳躍して、回転しながら地面に着地する。


「俺様はブルッグ!エルフいちの大剣使いといえばこの俺よ!がはははは」


「やれやれ、血気盛んなことで…」


ポリポリと頭を掻きながら、がはははと嗤う。これからの闘争を待ちわびているブルッグをルークは見据えるのだった。



「…ふむ、あなたが俺の相手か」


イングラムの目の前には、2メートル近くあるであろう巨槍を手にする青い髪の小柄なエルフがいた。人間で換算すれば、7歳くらいの見た目をしている。


「お初にお目にかかります。イングラム。

あなたのこれまでの戦いは皇女様を通して見ておりました。卓越したマナと槍の使い手であるとか……ぜひ、お相手くださいますようお頼み申し上げます」


礼儀正しく、彼は槍を支柱にしながら

頭を深々と下げると、彼は近づいていき手を差し伸べてきた。


「あ、そうそう……僕の名前はフィル!

よろしくお願いしますね!」


「あぁ、こちらこそ」


優しく握り返すと、彼は優しく微笑んだ。


〈みんなちゃんと挨拶は済ませたかしら?

では改めまして、バトルスタートよ!〉


その瞬間、信号弾のようなものが煙を吐き出しながらこちらへ飛んできて頭上で爆発した。


双方の陣営は互いに距離を取って、己の得物を手に取り、それぞれ構えた。

勝つのは果たして————

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