第13話「エルフの森の皇女」

「見つけぞ、ビッグフット!」


木から木へと飛び移りながら、イングラムは案内人をようやく見つけ出した。

あれから彼は足跡を電子媒体で記録し、同じものや似たものがあると光って教えてくれるように設定した。それが功を奏した。


森の案内役、ビッグフットと呼ばれている

生物はのっそりとした動きで歩いている。

友に妨害されたとはいえ、彼には申し訳ないことをしてしまった。


ここは同じ地を踏みしめながら謝罪を述べなければならない。

イングラムはキリの良いところで木から降りて声をかけた。


「やぁ、ビッグフット。

申し訳ないことをしてしまった」


隣へ立って言葉を述べてみる。

言葉が通じるのかはわからないが、謝罪もしないで後ろへついていくよりはマシだろう。チラリと顔を見やる。何か反応を示すかと思っていたが、無愛想に前を向いて歩いているだけだった。やはり野生の生き物だからか、人語は理解できないのだろうと、そんなことを思った矢先──


〈気にしないで頂戴、あんなことが起これば止めようと行動するのも無理ないわ?〉


見た目からは想像も出来ないほどの

可憐な声がビッグフットから発せられた。

一瞬驚くイングラムだが、同時にこの声がビッグフット本来の物ではないということも理解した。


「……推測ですが、その声はエルフの王であるという認識ででよろしいでしょうか?」


ビッグフットはまるで聞こえていないようでのそりのそりと真っ直ぐに歩き続けている。


〈ええそうよ、私がこの国の皇女。名前は対面した時に教えてあげるわ〉


こちらに振り向いて何かしぐさをする。

というわけではないらしい。この肉体の持ち主はビッグフットのものということか。

そして、イングラムはビッグフットの喉の辺りの違和感に気付いた。モゾモゾと小さく動いていたのだ。


「声帯虫を喉に住まわせているのですね。

直に話しているのとまるで変わらない。

これがこの国の技術というわけですか」



〈ふふ、つくずく驚かされるわね?

僅かな変化に気付くだなんて、やっぱりあなた、見どころがあるわね〉


小さくふむふむという声が聞こえる。

そんなに珍しいことなのだろうか?


声帯虫とは人工的に作り出された虫の一種

喉に住まわせることで、例え声が出なくなっても【声紋】を記録しておくことによって脳内で思考された【言葉】を代わりに発言してくれる画期的な発明なのである。


「すでに完成していたとは驚きです」


この声帯虫、実はまだ世界中で臨床実験の段階なのだが、停滞している国が多く、まだ多くの危険性が孕んでいると噂なのだか


〈えぇ、もちろんこれさえあれば、離れていても言葉が交わせるもの、今の私とあなたがいい例ね?〉


なるほど、と腕を組みながら納得する。

人智を越えた存在であれば、こういったものを作り出すのは容易いのだろう。


〈そういえば、もうすぐ貴方のお友達が来るわよ、どうやら上手く抑えたみたいね〉


「そんなことまでわかるものなのですか?

その声帯虫は」


声はクスクスと笑っているようだ。

恐らく声帯虫にはそこまでの力はないのだろう。だとすれば、それがわかるのは彼女の持つ力だとわかる。


「おーい!」


上空からルークの声が響いた。

しん、としていた森も彼が来た影響なのか

柔らかな風が吹き始める。


イングラムとビッグフットの目の前に降り立ち、「お待たせ」と手で軽く合図をする。


「ルーク、無事で何よりだ。

すまなかったな、お前ひとりで戦わせてしまって」


「気にしないで、イングラムくんは皇女様と会って話さなきゃいけなかったんだし、あれが最善だったんだよ」


申し訳なさそうに言葉を紡ぐイングラムに反して、ルークは清々しく応えた。

確かに、彼が足止めでもしなければ今頃ビッグフットに追いつくことが出来なかったかもしれない。


「そうか……そうだな。ところでユーゼフはどうしたんだ?」


その言葉に一瞬ビクつくルーク。

少し頬をポリポリと掻いたあとそっぽを向いてぽつりと零した。


「えぇっとね、空に投げ飛ばした」


「はい?」


「だから、空に投げ飛ばした」


「なんで?」


「いや、あのまま気絶させてたら

目が覚めてまたここで暴れるかもしれないでしょ?だから、この森のマナを借りて

投げ飛ばした。出来れば何もない荒野に落ちてるか、海に着水してればいいかなって」


イングラムは心底難しそうな表情を浮かべたあと、「仕方ないか」と諦めたように

言葉を呟いた。


〈あなたがルークね?さつまきはありがとう。あのユーゼフがこの森へ迷ってきた時は吊るし上げるしかなかったけれど、それも時間の問題だと危惧していたの。助かったわ〉


ビッグフットから可憐な声が出たことに

ルークは驚いたが、遠いところから話していると仮定し、納得した。


「おほ、素敵なおこ……ごほ、お気になさらず。あぁするしかなかったのは今でも悔やまれますが、まああいつならきっとまたどこかで生きてるでしょう……」


それまで気絶していてくれればこちらとしても胃に負担がかからなくて済む。

そうであって欲しいとそっと心の中で

両手を合わせて願うのだった。


〈さあ、着いたわ。ここが国の入り口よ〉


左右に均一に生えた大樹のその中央に、大きな穴のようなものがあった。

そこは酷く歪んでいるようで、波打っている。


「……なるほど、結界ですね。

誰かが万が一ここまで辿り着いたとしても、結界が弾いてくれる」


〈そうよ、この国のエルフでなければ

入ることすら叶わないわ。膨大な魔力でもない限り、ね〉


そもそも迷いの森からして、人や他の生物が来るのを拒んでいるように見える。自由に行き来できるというのなら、こんな迷路のような“魔術”は使用しないはずだ。


「俺たちがすんなりこれたのは、きっと

このビッグフットと迷いの魔術を解いてくれたおかげなんですね」


〈その通りよ、本来であれば迷いの森に入ることすらできないの〉


ユーゼフはどうやって入ったのだろう。

ふたりは瞬時、頭の中でそんな疑問が浮かび上がった。なので、聞いてみる


「あの、ユーゼフはどうやってここに?」


〈———〉


皇女が口を閉じた。

いや、説明し難いがゆえ思考しているのかもしれない。

言葉が来るのを待ってみた。


〈信じられないかもしれないけれど、あの子、地面を掘り進んできたのよ〉


「「え?」」


〈ユーゼフという暴食者はね、ビッグフットの使った“移動用の穴”偶然発見して、さっきの場所まで掘り進んできたの。流石にここの入り口までは見つけられなかったようだけれど……あれは、本当に焦ったわね〉


恐らく筋肉を膨張、肥大化させる薬でも使ったのだろうか、それにしても恐ろしい男である。皇女の吊し上げの策が成っていなければ今頃どうなっていたことが、想像に苦しくない。単純な罠に引っかかるユーゼフもユーゼフだが


「食に対してはひと100倍熱心な男です。

遅かれ早かれ罠は破壊されていたでしょう」


魔帝都でも当時の全生徒約50000人分の食糧を1人で半分近く平らげていた男だ。あの時レオンが止めなければイングラムたちも飢死していたところだろう。


「ほんと、間に合ってよかったです」


〈ええ、本当にありがとう

後ほどお礼はさせてもらうわ〉


柔らかな言葉がふたりの緊張を穏やかなものにしてくれた。


ビッグフットが僅かに唸りを上げると

歪んでいた入り口から尖った耳が特徴的なエルフがやってきた。

5人組で、いつでも迎撃できるように武装しているが敵意は感じられない。


「イングラム様とルーク様ですね。

お待ちしておりました。どうぞお入りください、皇女が玉座にてお待ちです。」


施されるように国へと案内される。

後ろのビッグフットは、バイバイと小さく手を振っているように見えた。イングラムとルークもそれに応えて手を振り返す。


「UMAに道中案内してもらうって

なんだか貴重だったなぁ……」


「そうだな、また会いたいものだ。」


同感しながらも、ふたりは先導者の後へ続いていく。時折心地よい風と、無数の葉が舞うように散っていくのが遠くから見てもハッキリとわかった。


「さぁ、こちらです」


そうエルフが言うと、緑色の強い光が2人の視界を奪った。

反射的に腕で目を顔をガードする。




何分経っただろう。

強烈な光の効力は既に消え、瞼に突き刺さったような感覚は緩やかに落ち着いていった。


「う……ん?」


腕を顔から離して、改めてその目で

外の風景を見る。


森に囲まれているのは依然変わりないが

その中央に大きく立っている大樹の緑の下で赤だったり緑だったり、色とりどりの光が舞うように宙を浮遊している。

そして、それを追いかける小さな妖精たち。


まるで子供達が野を駆け回っているような

楽しげな声が聞こえてくる。大樹の下には独自に発展したであろう街が広がっていた。


「すごい、まるで異世界だね……!」


「ふむ、これはなかなか……」


イングラムが興味深げに観察していると

ふたりの足元の葉っぱが浮かび上がる。

それは円のような形を成すと人一人が乗れるくらいの大きさに変化した。


「うおっ!?」


ふたりの足元のそれはふわりと浮遊して、

凄まじいスピードで一直線に進んでいく。

そしてそれは、大樹の目の前で急停止し

急上昇していく。


「あの樹の頂上が皇女のいる王室です」


並行しているエルフが指を指して教えてくれた。確かにあそこなら全てを見通すことができるだろうし、さぞ絶景だろう。

そんなことを思っていると、足元のそれは

上昇して、頂上よりも高く浮かび上がった。ここから一気に急降下するのだろう。


「口を開かぬようお願いします。舌を噛みますゆえ」


エルフの忠告を聞きながら、歯を閉じ舌を奥に引っ込める。それと同時に、ギュインと音がして目の前の風景が一気に落ちていく感覚に襲われた。

落ちていると、理解していたはずなのに

時間を要してしまった。


「お疲れ様でした。もう大丈夫です」


エルフの言葉が何処か遠くからのものに聞こえた。ぼやける視界と思考を正すために

頭を横にブルブルと振る。


「ここがそうか」


目の前に広がるのは大樹の城。

それを守るように重なるように生い茂る草木と、10人隊列で高みの見物をしている親衛隊であろうエルフたちがいる。


「この方々は皇女に用がある。通してもらおう」


並行していたエルフの一言を聞き、ひとりのエルフが片手を上げた。それを合図として、入り口を覆っていた木が避けていく。


「皇女様!お連れしました。イングラム様とルーク様です!」


戦士たちの名をエルフが叫ぶと、足元に魔法陣が出現し、そこから光が放たれ視界は白に染まった。




「……」


視界を再びクリアにして、周囲を観察する。目の前には大きな玉座があり、それにひとりの女性が座っていた。

二人を見据えるようなその瞳は

どこか吸い込まれるような感覚に陥る。


肩まで伸びた碧色の髪と瞳、僅かにはみ出たエルフ耳に神々しささえ感じさせる衣装はまさにエルフの王と言えるにふさわしい。


「初めまして、かしらね。イングラム、それにルーク。さっきはユーゼフを止めてくれてありがとう」


玉座から立ち上がり、深々と頭を下げる。

それに対して、イングラムとルークは

跪くように頭を下げた。


「皇女殿下、お初にお目にかかります。

改めまして、私はイングラム・ハーウェイ。ソルヴィアの騎士であり、インペリアルガードです」


「友人のルーク・アーノルドです。お見知り置きください」


「ふふ、ご丁寧にどうもありがとう。

そうね、私も名乗らなければならないわね」


頭を下げたままそう言葉を紡ぐと

皇女は顔を上げて僅かに微笑み————


「私の名はスクルド。ここファクシーを治めるハーフエルフの王。ついでにもうひとつの名があるのだけれど、イングラムなら知っているはずよね?」


イングラムの記憶の中で、その答えはすぐに見つかった。驚愕の後に、興奮したように声が溢れた。


「まさか、まさかあなたはあの北欧神話の戦乙女なんですか!?」

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