第15話「槍と槍」

空中で散った合図の光が完全に消え去ると同時に、イングラムとフィルは各々獲物をぶつけ合った。小柄な身では有り余るほどの巨大な槍を、彼はまるで体の一部のように自在に操っている。


「えいやぁっ!」


無邪気な重い槍の一撃が垂直に振るわれる。イングラムはそれを自身の槍で防いでみせる。しかしその時、突如として視界が激しく揺らいだ。身体の感覚全てが正常に機能しない。


(一体どういう原理だ、これは……)


攻撃を防いだ瞬間、無色透明な波紋のようなものをイングラムの双眸は捉えた。

それは全身を伝ってすぐあとに、骨や脳にも到達し、全身の感覚を鈍らせていく。


今足を踏んでいるこの大地が揺れているわけでもないのに、そう思い込んでしまう錯覚が起こってしまうのは、目前に迫るこの巨大な槍にあるとイングラムは踏んだ。


その原理を追求するべく、フィルの繰り出す攻撃の軌道を見て、身を包んでいる鎧でわざと一撃を受けた。そして、かん、と金属同士がぶつかり合う音が響いた。


「っ————!」


それと同時に、不愉快な感覚がまた襲ってきた。この地震にも似た“揺れ”の現象は金属と共鳴する性質を持っているようだ。威力が増せば増すほど、それはより強大になる。下手をすればイングラムの全身の気管が機能不全に陥ってしまうだろう。


「イングラム様、リタイアなされますか?

顔色が悪いですよ!」


言動は気遣っているようだが、今は戦いの最中、それは彼もわかっている。だから攻めの手を止めない。


「ご忠告感謝しよう、だが、ここで引くわけにはいかん」


槍の柄を握り、振り下ろされる相手の槍を見据える。軌道は垂直か、弧を描くか、それとも別の何かか……あらゆる可能性を思考し、それを防ぐ手立てを頭の中で練り上げる。


(重く速い一撃、ルークならば余裕で躱せる……が、俺では間一髪だろうな。だが、俺だからこそできる何かがあるはずだ)


ならば、どうするか。イングラムは一呼吸のうちに思考を練り上げる。

目で観る、耳で聴く。


戦闘中も情報を拾い上げてくれる五感のうちふたつを、味覚と触覚を鈍くして鋭くする。鷹の如き視力、蝙蝠の如き聴力を持ってして相対する。


(感覚強化……!)


人類が積み上げてきた科学の結晶。

彼らの使う電子媒体には、五感のうちひとつの感覚を削ぎ落とすことにより、その他の感覚が向上するのだ。その証拠に。イングラムの目と耳に淡い紫の光が宿る。その影響で、フィルの次の一手を先読みする。


(躱し、そして獲物を落とす!)


ぶん、と弧を描くように振るわれた巨大な槍をイングラムは紙一重で躱す。


「これは、感覚強化……西暦より進化し続けた人間が辿り着いた境地のひとつ、ですか。それを見るのは初めてですね。どうしてあのとき、キメラとの戦いで使わなかったのです?」


「なに、答えは簡単だ。背中を預けられる戦友がそばにいた、だから使わなかった。それだけだよ」


「なるほど……!」


フィルは槍の柄を棒のように地面に突き刺して、それを巧みに使い鉄棒選手のようにぐるぐると回り、イングラムの槍に蹴りを放つ。それに対して、繰り出された足を掴み取って地面に思い切り叩き落とした。


「槍ではなく、肉体による一撃であれば

あの妙な錯覚は起こらん、と踏んでいるが、どうかな?」


「さぁ、どうでしょうね……!」


フィルは口元を拭い、大きく呼吸をする。


「ハイパワーボイス!」


不協和音にも似たとてつもない声量が至近距離から発せられ、イングラムの強化された聴覚を追い詰めていく。


「ぐぅっ……!?」


5キロ離れている針の音でさえ拾うことができる今のイングラムには、至近距離で黒板を引っ掻いている音を聞いているようなもの。彼の鼓膜はその音に耐えきれずに血を吹き出した。


「ちぃっ……!」


両手で耳を塞いだ。しかし、急激な吐き気が襲ってきてイングラムは膝をつかざるを

えなくなってしまった。


「これは僕のみの特殊体質なんです。なかなか厄介でしょう?えいやっと!」


片側に置いていたイングラムの槍に自身の槍をぶつけ、共鳴させる。

離さずに握っていたことが災いし、更なる追撃が襲う。感覚が敏感な今の彼には、充分すぎる一撃だった。


再び視界が揺らぎ、吐き気が胃から

上へ上へとマグマのように押し上げてくる。


(電子媒体の機能で感覚を鈍らせれば、“音”と“振動に似た錯覚”は防げるだろうだが、攻撃を防げなければ意味はない。喰らってしまえば、また不愉快な気分になるのは目に見えているからな)


ここで倒れ、敗北しまってはせっかくの機会が失われてしまう。リルルやリルルの父、祖父母や同じ境遇の人々の暮らしを健やかで安らかなものであるように、そうできるように王と約束した。騎士の誓いは破れない。破ってはならない。


「……なるほど確かに厄介だ。だが俺には負けられない理由がある。それを今から証明してみせよう」


自身の拳で肉体を殴りつけ、湧き上がる衝動を抑えつけた。


「強引な方だ、無茶をすればいつ倒れるかわかったものでは————」


「無茶は慣れっこだ。あの時からな」


心の底から闘志を沸かせる。地面に突き刺していた槍を握りしめてそれを支えに立ち上がる。口元を腕で拭い、嗤う。


イングラムの視界に映るのはフィルだけではなかった。ぼやける輪郭の中で、はっきりと記憶の中のレオンの姿が浮かぶ。ふと、自然に笑みが溢れた。


「な、おかしくなったんですか?

唐突に笑うだなんて!」


「お前のおかげで、いいものが見れたよ」


手の血管がはち切れそうになるほどに力強くを握りしめる。クリアになる視界でフィルを睥睨する。そして————


ゴウッ、と耳を塞ぎたくなるほどの音が轟いた。それは天から降り注ぐ紫紺の雷鳴だった。フィルは思わず気を取られて、空を仰ぐ。


「騒音には騒音だ、打ち消せるかどうか、これは私の“音”だ。

聴き慣れているおかげで楽になったぞ」


紫色の落雷が無数に地面に直撃する。

イングラムとフィルの周辺で落雷が落ち続ける。そして、より大きな雷が、イングラムとフィルを遮るように降り注いだ。


「なんて、荒々しいんだろう……!

滾ってきましたよ!」


畏怖するどころか笑みを浮かべるフィル。

エルフにも戦闘に飢えた者はいるらしい。


「それは何よりだ」


にやりと口角を上げて笑う。両戦士は再びお互いの得物を構え合うと──


「チェックメイトだ、フィル」


「な、なにを!?」


その一言は、フィルを油断させるのには充分だった。周囲に落ち続ける雷は、距離が近いほど振動にも似た錯覚を覚え、轟音が耳を劈くものだ。それ故に、フィルの足元に向かって突き進んでいたそれを、彼は気付くことができなかったのだ。


「終わりだ、轟潜雷槍!」




無数の雷はただ落ちていたわけではない。

雷が地面に着弾すれば、その破壊力から穴を作り出し、第二波、第三波と次に落ちてくる雷はその形と威力を保ったまま地面の中を掘り進んでいたのだ。電子媒体を用いて彼の体温や呼吸を登録させることで、マナに追尾機能が発現し、追従を開始したのである。


「さて、どう避ける?」


フィルは理解した、天から降り注ぐ雷は

自らを貫く雷槍であると。

数千年生き、経験してきたもの、そのどれにも当てはまらない攻撃はは、彼にとっては未知のものだった。


彼の足元とその周囲には今さっき出来上がった無数の大穴。そこから溢れ出す紫色の光。フィルは無意識に自身の槍を構える。

頭の中では、手にしている槍が雷を誘導することを理解しているというのに。


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


得体のしれない恐怖が襲ってきた。

巨大な螺旋を描きながら左右の地面から姿を見せた雷、天空から降り注がれる槍の形をした雷、それをがむしゃらに迎撃しようと構えた瞬間————


「あ、がぁ……!」


眩き閃光がフィルを包み込んでいった。

言葉にすらできない爆音が、彼を中心として驚いた。


「……ふ、危なかったな」


力が抜けたのか、イングラムは地面に腰を据える。それと同時に、フィルは膝を着いた。全身に雷の跡が刻まれているものの、

どうやら死んではいないらしい。


「完敗です。イングラム様。

あなたの策、お見事でした」


不愉快な音を聞き慣れた音で掻き消し

相手の視線をそれに集中させ、追尾できる落雷をマナとして操り、そして倒す。イングラムにとっては一か八かの賭けだったが、運は彼に向いたようだった。


「ありがとう、そちらの槍も人間の身としてキツかったよ」


金属同士を振動させ、装着者の肉体を

錯覚させる特異な槍。そして不協和音を自在に操る特異な体質。このふたつの合体は脅威だった。


もしあのまま何も閃かないままであったのなら、敗北は必須だっただろう。

自身の特性とマナの扱い方を熟知していたがゆえ、そしてあのフィルの攻撃と槍の能力を見抜くことが出来る洞察力があったがゆえ、勝利を手にすることができたのだ。


(……イングラム様に対して、僕は加減抜きで不協和音を発生させた。普通なら死んでもおかしくないはずなのに…、彼にはマナ以外にも何か————)


フィルが考察をしているのをよそに

イングラムはルークの戦いをその目で見つめる。風の如き戦士は、如何にして大剣を扱う戦士を倒すのだろうか

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