第7話「密命」

薬草の採取から3日後の早朝。

まだ空が薄暗い午前5時頃に

イングラムは城にいるソルヴィア国王に呼び出された。なんでも、国の命運を左右する重要な話らしい。


(周囲に煩わしい視線は感じない)


貴族たちは今回も姿が見えない。

自宅待機を命じられているのか、はたまた

下民層の人々を嘲笑っているのか。

それはわからないが、どちらにしても民達にとってはいい気分ではないだろう。


謁見の場に足を踏み入れると、イングラムは跪いて頭を垂れ王の言葉を待つ。


「王よ、イングラム・ハーウェイ

ただいま馳せ参じました。」


「うむ、きてくれたことに感謝しよう。

この3日間はゆっくりと休めたか?」


いつもは厳格な表情を浮かべている国王は

イングラムを気遣うように穏やかな顔を浮かべてそう聞いてくる。


「えぇ、いただいた休暇は有意義に過ごさせていただきました」


「ならば良い、此度の頼みはちと時間を費やす故、問うてしまったことを許してほしい」


今日はやけに下手に出てくる。

よほど難題な王命なのだろうか。


「いえ、王の仰せのままに」


しかしこのソルヴィア国王は

インペリアルガード最強の騎士を心底信頼している。

それはイングラムも待遇や言動から理解していた。


「すまぬ、今回はお前を危険な目に合わせてしまうかも知れんが、そうなってしまったらば私を恨んでくれて構わん」


「一体何を————」


命を受けぬまま、思わず頭を上げてしまった。今の発言は強く優しい君主にしては

酷く弱々しかったから。


その顔を見やる。

悲壮に満ちた表情で、どこか落胆しているようだ

王は一呼吸置いて、最強の騎士へ命を下す。


「イングラム・ハーウェイ。

我が国民を他国へと移住するために

他国へ同盟を結んでくるのだ。

国民たちを守るため、これは密命である」


(同盟……?)


ソルヴィア王国改名以来繁栄と無血を

両立している珍しい国だ。

しかし、差別主義を撤廃してまだ日が浅いために亜人や獣人たちから「また差別されるのでは」という恐怖から敵対意識を持っている民あちも少なくない。


このソルヴィアに匹敵するほどの領土を持つ国と同盟を組み、すべての民を移住させる。危惧と悲しげな表情にはそんな事情があったとは初耳だ。

しかし、なぜ今そんな命令を下したのかが

騎士にはわからなかった。


「承りました」


「うむ、では早速行くのだ。

他の者どもに気付かれぬように発ってくれ。」


深々と頭を下げると

イングラムは颯爽と露見の間を去った。


(イングラム…お前は我が誇りぞ)


先程の表情とは真逆の、穏やかな笑みを浮かべたソルヴィア国王は最強の騎士の背中が

見えなくなるまで目を離さない。

それにイングラムが気付くことはなかった。






「————」


イングラムは腕を組み顎に片手を当てながらどこへ向かおうか思慮している。

というのも、電子媒体に候補国のデータが四つほど送られていたのだ。

時間になった時に受信するように王が使用したのだろう。

彼はもう一度、情報を見てみる。



北方に位置する砂漠の帝国スフィリアは

国周辺を囲う美しいオアシスと

神帝ペーネウスの神の如き力と王に相応しき善政、仁徳の影響で2ヶ月足らずで周囲の10諸国をスフィリア領土に変えたとされる。

領土はソルヴィアを大きく越えるだろう。


南方にある極寒の国コンラはかつて独裁国家だったが、最近「貴族殺し」や「蒼髪」と呼ばれる人物の介入の影響で良い国、住みやすい国になっているらしい。青い絶海の中心に数千キロに渡り領土が存在し、遊泳しているのだとか。


西方にある亜人と獣人の国スアーガ国。

百獣の王が治める国だ。

人間に対して興味を持っているそうだし

国の領土もソルヴィアと同等だと聞く。

試してみる価値はあるだろう。

しかし、野生の本能が色濃い故か、純血の人間と衝突が絶えないとか……


東方にあるのは緑豊かな王国ファクシー。

その国を収めるのは皇女のハーフエルフ。

森の中、丘の上に存在する国で、入った人間は二度と帰れないという。迷いの森で有名。しかし、彼女の方針でエルフ族は人間と友好的関係を築こうと亜人族の中に人間として化け、どのような生活をしているのかを調べているらしい。魔術に長けた者達が多く、皆穏やかな性格のエルフが多いのだそうだ。

領地もソルヴィアに匹敵しうる。


「ふむ————」


電子媒体に載せられている情報を

閲覧し、どれが良いのか視野を巡らせていると————


「あれ…?騎士様!?

どこかへお出かけするの?」


リルルが声をかけてきた。

こんな早朝に、たったひとりで————


「……あぁ、私はこれからしばらくこの国を離れなくちゃいけないんだ。

だから、ちょっとの間会えなくなる。」


イングラムは腰を下ろして、リルルと目線を合わせてやる。

こんな時間に、なぜひとりでいるのかなんて野暮なことは聞かない。

彼女には彼女なりの行動理由があるのだ。


「そう、なの……?

どれくらいいなくなっちゃう?」


「早くて一週間はかかるかな」


「危ないところへ行くの?」


「……かもしれない」


不安げな表情をリルルは浮かべる。

大丈夫だ、と頭を撫でてやるといつもの笑顔を見せてくれる。


「あのね、あのね……騎士様にね、リルルが作った御守りあげる!」


「うん?」


ポケットから御守りが取り出された。

一生懸命に編んだのだろう。その中に小さな翡翠色の石が埋め込まれていた。

ところどころほつれているものの、懸命な気持ちが詰まっているように思う。


「あのね、私は、文字が書けないから

小さな石を入れておいたの。

騎士様の眼みたいに、綺麗な石。」


「そうか、ありがとうリルル。

大事にするよ」


両手で、どうぞ!と渡してくるリルルの御守りを、その手で優しく掴み、頭を撫でてやった。


「えへへ……」


「これで私は頑張ることができる。

何かあった時はこれを見てリルルを思い出すよ。」


「うん!」


リルルはイングラムがポケットに御守りにしまい込んだのを見ると、また笑顔を浮かべる。


「……私はもう行かなくてはいけない。

ひとりで帰れるかい?」


いくら周囲に人がいないとはいえ

まだ空は明るいとは言い難い。

リルルが無事に帰れるかどうかが気がかりだった。だけど


「大丈夫!」


リルルはイングラムの不安を拭うように、

純粋無垢な笑顔を浮かべてみせた。


「それと、あのね騎士様……」


「うん?」


「お爺ちゃんがね、お婆ちゃんのことで

お礼がしたいんだって!

だからね、騎士様が帰ってきたらね、私のお家にまた来て欲しいの!」


「うん、わかった。

お仕事がひと段落したら、必ず会いに行くよ」


約束だ。と、イングラムは小指を立てて

リルルに近づけた。

その行動に、リルルは首を傾げる。


「私と同じようにしてご覧。これは、約束の印なんだ」


こくりと首を縦に振るリルルは

言われた通りに小指を立てて、イングラムの小指と交差するように重ね合わせた。


「よし、約束だ」


ぎゅっ、と強く小指に力を入れて

小さく上下に動かして

優しく小指を離してやる。


「さぁ、お爺ちゃんたちが心配するといけない。俺が家まで送ろう」


「ううん、大丈夫だよ!

騎士様は自分のお仕事しなくっちゃ!」


リルルは駆け出した。

憧れの騎士に向けて大きく手を振っている。イングラムも、その手を高く挙げて手を振った。


(あのような子供達が健やかに、穏やかに過ごせる国に……)


彼女の背を見送りながら、イングラムの頭の中では構想が形になりかけていた。




他の貴族達が感付き始める前に

イングラムは身支度を済ませ、既に正門の前に辿り着いていた。

門番の兵士2人は、王の通達があったのか、既に開門してくれていたし、見送りのための敬礼もしてくれた。


「ハーウェイ卿、道中お気をつけ下さい」


「あぁ、ありがとう。

君たちも、貴族連中には気を付けておけ」


2人は疑問符を浮かべたが

すぐに了承し、イングラムが外側に出ると

正門は静かに閉じられた。


(向かうか、エルフの王国

ファクシーへ————)


イングラムは事前にファクシーへ向かうことを伝えるために、遙か西にかつてオオタカに変身させた使い魔を空へ飛ばす。

電子媒体を通して返信があれば迷いの森も

なんなく移動できるはずだ。

返信がもしない場合は、その時に動くことにしよう。

イングラムはひたすらに西を目指し、真っ直ぐ進んで行った。





草木がまだ眠る深い緑の森の中で

1人のエルフが跪き、玉座にいる王に報告する。


「皇女様、かのインペリアルガードが

我が国に向け移動し始めたようです」


それを聞くエルフの王は、口角を僅かに上にあげ、声を漏らした。

その瞳には、宙に浮いたホログラフの

中にいるソルヴィア最強の騎士が映っていた。


「報告ありがとう。それにしても、いい判断をしたわねイングラム」


足を組みながら、片手を顎に添えて

姿しか見えぬ騎士に思わず称賛を送る。


「会えるのが楽しみね……

戦士としても、また1人の女としても…ふふふ」


玉座で脚を組み直した皇女は「下がっていいわよ」と命令を下し、手で下がるように施す。深く頷いたエルフはその場を去った。


「ねぇ、イングラム?

あなたが私たちエルフ一族と同盟を組むに値するかどうか、確かめさせて?」


笑みを常に絶やさないまま

エルフの王はくっくっと口元に手を近づけて来たるべき来訪者を待ち受けるのだった。

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