第6話「紫電纏いし槍」

虫のようでありながら、無機質な機械音にも聞こえるそれは、縄張りに入った生き物に対しての警告という名の咆哮であった。

並大抵の生物は畏怖し、それだけで背を向けて逃げ去っていった。それからというもの、この空洞は生き物1匹として現れなかった。


しかし、今日は違った。目の前に黒い鎧を身に纏った男が現れたのだ。


この男は、畏怖するどころか敵意と殺意を全身から溢れんばかりに放出していた。

この白銀蠍にとって、こんな体験はしたことがなかった。今までもこれからも、一度たりとも「人類」が足を踏み入れたことはなかったし、こんな感情が自分にあったのかということが、何よりの発見であった。


そのおかげで、長年感じることのなかった高揚感と緊張感が甲殻中を体液のように走り巡っている。今のいままで「狩る側」だった白銀蠍は今日この時「狩られる側」に立たされてしまったのかもしれないのだから————。



イングラムと甲虫はお互いを睥睨し合っているだけで、一歩も動いていない。

先に動いた方が不利になると理解している。

サソリが動けばその口を一太刀の元に両断され、騎士が動けば高速を越えた毒針が鎧を貫き命を奪い去るだろう。

故に一人と一匹は動かない。


ぽつりと、水の一雫が水面に吸い寄せられるように沈んだ。

イングラムは構えを変えて、鋒を己の方へと向ける。

白銀蠍は即座にその身を後退させて、自身の身体の一部である得物を突き出す。


「ふんっ!」


愚直なまでの突きの攻撃を槍で受け流し、軌道をそらしてみせる。突き出された尻尾の先端、その側面に移動して中枢へと駆ける。


サソリの赤い双眸はイングラムを逃さない

6本の脚を器用に動かしては死角に近寄らせないように対処している。


「ふん、なるほど。

知恵が働く分、少し手間がかかりそうだな」


一対の触肢でイングラムを挟み千切ろうと

カチカチと音を鳴らして、片方の触肢を手前に突き出した。

イングラムは前方に跳躍し、元いた場所を目で見る。先程まで立っていた地面は、触肢がぶつかったせいで破壊された。


水面下の明かりが巨影により隠れてしまう。何かの行動を起こすのだろう。

そう予測したイングラムは白銀蠍を再び睥睨する。


予感は的中した。

あの怪物は中腰になりながら、尾を前方に

突き出して、毒針を何発も放射してきた。

赤紫色の毒々しく細い針がいくつも遅れて飛んでくる。


「甘いっ!紫電!」


空いている左腕を突き伸ばして

掌を思い切り開き、叫ぶ。


飛んでくる針を迎撃するように、紫色の電撃が掌から放出される。


中間距離で激突したそれは

電撃によって呆気なく焼き焦がされて

地面に落ちていく。


しかしそれで終わる怪物ではない。

1対の触肢を使い再度掴み取ろうと迫ってくる。


「芸のないっ————!」


右手に持った槍で天井付近にあったクリスタルを切断する。

支柱を折られたクリスタルは回転しながら

イングラムの目の前に落ちてきた。


「白銀の水晶よ、我が身に宿りし電撃を

纏い、迫りくる魔の手を退けよ!」


マナを付与した言霊をクリスタルに云う。

すると、白銀に煌めいていた水晶は

妖しく輝く紫色を宿す。その中で電撃が迸り、より一層強い光を放ちはじめた。


「頼むぞ!」


その意思に応えるように、一欠片の紫水晶は

触肢に向けて直線状へと飛んでいき、電気を撒き散らしながら頭上で爆発した。

サソリの方へ放射するように飛び散ったせいか、痙攣するように全身をひくつかせている。


いくら鎧の如き頑丈な白銀サソリであろうとも、それを容易く貫通してしまう電撃が相手では部が悪いのだろう。イングラムは手にしている槍をぐっと握りしめて、痺れが収まらないうちにサソリの背中へと降り立った。


「その触肢、面倒なので切り落とさせてもらうぞ」


槍の先端が刃こぼれを起こしていた。

それも当然だろう、相手はステンレスより固い怪物。むしろよく持ってくれたと褒めてやりたいところだ。


欠如している部分を、怪物の身体に付着していた質の良い白銀のクリスタルで研いで補い、柔らかそうな肉質の部位めがけて刺突する。

速度と強度を得た槍は、ハサミの肉を断ち切るような音を立てながら、真っ二つに折れてしまった。切っ先はあの煩わしい両挟と共に

水面へ落ちていき、柄はクリスタルに深々と突き刺さった。


麻痺が抜けた白銀サソリは憤怒し、両目を赤く輝かせた。


「貴様の目など、このクリスタルたちの足元にも及ばん」


イングラムの背中、斜め状に電撃が走った。

ゆっくりとその電撃は、彼の利き腕に移動しやがて形を成した。

特殊な絶縁体で覆われた柄、そして銛の様に鋭利な鋒からは、紫電が迸っている。


「一撃で、決めさせてもらおうか」


くるりと身体を一回転させて眼前に着地、突きの構えをとりながら、顔を上げ巨大な白銀サソリを見据える。

白銀サソリも、最後に残った毒の尾を前方にゆっくりと下ろし、いつでも貫けるという姿勢をみせる。


静寂がこの大空洞を支配する。

最初と同じように、睥睨し合うだけの時が訪れることはなかった。


先制を仕掛けたのは、未だ激昂している

白銀サソリである。

赤紫色に染まった毒針が目下のイングラムを貫かんと突き刺しにかかってくる。


紫電を纏う槍に、大空洞中のマナを即座に集約し、白銀サソリを穿たんと弱点である口元へと突き刺す。





時が止まった。

イングラムは白銀サソリを穿ち

白銀サソリはイングラムを、貫けなかった。あと一息速ければ、恐らくはイングラムに致命傷を負わせられていただろう。弱々しくひくつきながら、6本の脚は体を支えきれなくなり、地面に突っ伏したまま、怪物は絶命した。


「……」


手にしていた槍を地面に突き刺し、手を離す。すると、バチバチとスパークして直線状の光を放つと槍はその姿を消した。


イングラムは一呼吸置くと、白銀蠍の口の中にある白銀精草を大量に採取して洞窟を後にした。


帰宅すると早速、自身の執務室へと移動して

使い魔たちから回収したプロミネンス草と

自身の採取した白銀精草の入った小さなカプセルを取り出して、空中に投げる。

するとカプセルは大きく光出してベールに包まれた2種類の薬草が大量に作業用のテーブルへ置かれた。

このおかげで外気の影響を受けずに

鮮度を保ったまま調合を行うことができるのだ。


2種類とも単品のまま使っても効くかもしれないが、調合することでより一層効果の強い薬品が誕生する可能性がある。

それに、苦味の少ないものにできるのであれば、それを作ることに越したことはない。


「さて、始めるか」


プロミネンス草と白銀精草を同じすり鉢に

投入し、すりこぎで念入りに擦り込んでいく。すると、徐々にリンゴのほのかな香りと牛乳に似た香りがふんわりと漂ってきた。

やがてそれは混ざり合って鼻腔を刺激してくる。とても良い香りだ。


そして、15分後


電子媒体が自動的に起動し、調合アプリへ強制移行。作り上げた物を赤外線スキャンして

リストアップ、耳に馴染んだ効果音が鳴る。

これは、調合が完了した合図だ。

イングラムは目線で完成したものを見てみる。


ミップル丸薬


白銀精草とプロミネンス草の2つを調合して完成したもの。薄桜色の粉状になっている。

カルシウムやMBPだけではなく、ビタミンDを体内で自動生成する効果を持つ。腸に吸収され、効き目は1時間で効果が現れる。効果は一つにつき、一週間続く。味は林檎牛乳に近く、子供から老人まで幅広く飲用できる。


実物代のホログラフ出現し、ゆっくりと回転しながら電子音声が説明してくれる。

これならば、あの寝たきりの祖母は助かるだろう。これを錠剤に入れて、ケースに小分けにして入れて早速持っていくことにした。





そして、リルルの自宅へと足を運ぶ。


「失礼します」


玄関の扉を叩いて、声をかける。

すると、廊下を一直線に駆けてくる少女が

視界に映った。


「あ、騎士様!お帰りなさい!」


「あぁ、ただいまリルル。

お婆ちゃんの様子はどうだい?」


待ってましたと言わんばかりに

少女リルルが出迎える。

イングラムは微笑みながら家に上がり、

寝室へと足を運ぶ。


「あのね、お婆ちゃんは大丈夫!

ちょっと足が痛いだけなんだって!」


「うん、そうか。

なら早く痛くないようにしてあげないといけないな」


朽ちかけている扉を開くと、咳き込みながら

苦しげな表情を浮かべる祖母が見えた。


「お婆ちゃん!」


「失礼します」


イングラムは駆け寄って、身体を支えながら上体をゆっくり起こしてやる。


「貴方が、騎士様ですか?」


肯定するようにゆっくりと首を縦に振る。

祖母は驚き、頭をゆっくりとさげた。


「ありがとうございます。

こんな老いぼれのために……」


咳き込みながら、感謝の意を伝える。


「いえ、貴女が気にすることではありませんよ。さあ、このお薬を飲んでください。」


懐にしまっていたミップル丸薬を取り出して

1つだけ、飲ませてやる。


ごくり、と飲み込む音を確認すると

祖母の身体は淡く光りはじめ、症状は

収まり、それと同時に光も静かに消え去った。


「これは……」


日光の光を充分に浴びたように、表情はとても明るいものにもなっていた。


「効いたようですね」


「ほんと!?騎士様!」


目を輝かせ、歓喜の声をあげながら

リルルはぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「よしリルルや、騎士様にお茶を出しておやり。場所はわかるね?」


「うん、取ってくるね!」


足音を立てながら、リルルは

お茶の道具を取りに行く。

それと同時に、寝室に静けさが訪れた。


「騎士様、老い先短い私の話を

どうか聞いてください」


「………?」


イングラムは祖母の目線に合わせるように

腰を下ろして、その表情を伺った。

孫と会話をする明るい時とは反対に、

今の表情はどこか虚しげだった。


「私には、娘がいました。

リルルの、孫の母親“だった女”です。

娘は、とても強い子でした。


この国の王がまだ今の国政を発令する以前から、差別主義を傷ましく思っている優しい子でした。あの子は傷ついた人々をケアして回る看護士のようにボランティアをしていたんです。でもある時、自分が見ている患者をある貴族達が蔑ろにしていました。


娘はそれが我慢ならなかったんでしょう。

強く反発して、そこから貴族たちから軽蔑の目で見られ挙げ句の果てには身体を弄ばれて、病を患いました。

医師からは子供の命か、自分の命のどちらかしか選べないと宣告されましたが、

娘はリルルを産むと言って治療を拒みました。

そして、リルルが産まれたその日

娘は笑顔を浮かべながら、天へと昇っていきました」


「…………」


「リルルは、娘の顔を知りません。

母親の愛を知らないのです。

それでも私たち夫婦と息子は必死にリルルを育ててきました。

でももう、身体が言うことを聞かないのです。夫ももう、歩くことがやっとなのです。騎士様、どうかお願いです。

私達家族の身に何かがあった時、リルルだけは守って下さい」


「それは————」


“それは出来ない”と、出かけていた言葉が喉に詰まった。

何かを伝えたいのに、言葉が出てこないまま時は過ぎ、リルルがお茶とお菓子を持って戻ってきた。

孫娘の懸命な働きを見た祖母は、先ほどむ 向けていた笑顔を再び浮かべたのだった。

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